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96話 約束

 壁際まで転がったアカムはそのまま動けず、胸元と脇腹の傷から大量の血を流して地面を赤く染めている。

 おまけにかなりの速さで転がったために一部は抉られたかのような有り様になっていた。


 そんな状態でも補完により骨が完全に別物なっていたがために、骨が折れたり砕けたりして肺や心臓などに刺さることが無く、おまけに脇腹はともかく肋骨に守られている胸元はその補完された骨がわずかにであるがマキナの斬撃の威力を減らし即死することはなかったのは不幸中の幸いと言えるかもしれない。

 だが、それでも。

 アカムのその傷は明らかに致命傷であり、即死しなかっただけでこのままでは死を避けることは不可能だ。

 アイシスが機械因子オートファクターの機能を用いて治癒力の強化もしているが、それも少しばかりの延命をするだけに留まっている。


 血を大量に流して既にアカムの意識は朦朧としていた。

 視界は酷くぼやけ、周囲の音はうまく聞き取れない。

 斬られて、地面を転がって肉体を抉られて痛いはずなのにその痛みももはや感じられない。

 それでも、そんな酷く朦朧とした意識の中でアカムは己の敗北を認識していた。


 手ごたえはあった。

 規格外の存在であるレイが言ったように勝てる可能性というのも確かに感じられた。

 それでも敵わなかった。

 マキナの動きに、その強さに追い付き追い抜こうとして生身の身体がそれに耐えられなかった。

 言ってみればそれだけだった。

 だが、それでも全力で戦うことができた。

 身体が壊れる直前まで、強大な敵であるマキナと互角に渡り合えていた。 


 だからだろうか。

 アカムは少々悔しさを感じながらもそれを上回る満足感を感じていた。

 そしてその満足感はアカムから生への執着を奪っていき、徐々に死へと向かわせていく。

 その最中、アカムの脳裏には過去の記憶が呼び起こされては消えていく。


 ただ強くなりたいという想いから冒険者になった記憶。

 一人で攻略する厳しさを体感しながらも鍛練に励んだ記憶。

 そんな記憶がアカムの脳裏に浮かんでは消えていく。


 ふと、やけにハッキリと浮かび上がる記憶があった。

 それはイルミアとの出会いの記憶。

 オークの異常種に追い詰められていたところを助けたが、その時はオークとは思えない強さに戦ってみたいと思ってイルミアを助けたのはついでだったなとアカムは思い出す。


 それから何度か食事に誘われたり逆に誘ったりという付き合いが増えた。

 最初は礼という事で、次はなんとなく自分から。

 そんな感じで一緒にいることが増え、次第にアカムはイルミアの事が気になりだしたのだ。


 そうして一年後にはイルミアに一緒にいたいと告げ、そのまま結婚することになる。

 そんな記憶がその時の感情と共に浮かび上がる。


 その後も別の記憶が浮かび上がるが、浮かび上がってくるのはどれもこれもイルミアの事ばかりだった。

 ただ、一緒に過ごしているだけの記憶。

 イルミアが冒険者を止めギルド職員になって驚きながらも笑って祝した時の記憶。

 迷宮帰りにギルドでイルミアと話し合う記憶。

 そして腕を失い代わりに機械の腕となったアカムの不安を努めて笑って吹き飛ばしてくれた記憶。

 左腕も機械の腕になったことに心配や不安をを表にだして涙を流し激昂したイルミアの記憶。

 常に支えてくれて、自分の事を想ってくれる優しくて、強いイルミアの記憶ばかりが浮かび上がる。


 そうした記憶がどんどん浮かびあがり、ついには百階層へと向かう直前。

 家を出る時の記憶が鮮明に浮かび上がった。






「ついに百階層……異界迷宮の完全制覇を目指すのよね」

「……ああ。本当は傍にいてやるべきなんだろうが」

「いいの。その方があなたらしい」


 朝食の時、ふいにイルミアが呟いた言葉にアカムは返事をしつつ申しわけなさげにする。

 だが、最後まで言わずにイルミアが首を振って微笑む。


「そんなだからこそ、私はあなたを好きになったわけだしね」

「ほんとイルミアと結婚できた俺は幸せ者だな……」

「ふん……本当に感謝しなさいよね」

「もちろんしてるさ」

「……」

「……」


 どこか呆れた様子でため息を吐き、それでも笑うイルミアを見てアカムがなんとなく思ったことを口にすれば、わざとらしくからかうように胸を張りつつも少しだけ視線を逸らすイルミア。

 そんな姿に軽く見惚れつつ、少し真面目な調子で感謝していることを告げる。

 それから二人はどちらも真剣な表情になり黙り込んだまま向き合う。


「……ねえ、アカム」

「ん?」

「必ず……帰ってきなさいよ?」

「……当然だ」


 真剣な表情で、かつどこか不安気な様子のイルミアの言葉にアカムも極めて真剣な表情で答える。

 それでもイルミアの不安が晴れることはないようだったが、それでもイルミアは努めて笑顔を作りつつ、アカムの身体にそっと抱き付く。


「約束して。どんなになっても、どんな姿になっても必ず生きて帰ってくると」

「……ああ、約束する。必ず帰ってくるから少しだけ待っててくれ!」


 抱き付いてきたイルミアの身体は震えていて、それでも迷宮へ行くことを止めはせず帰ってくることだけを望む彼女をアカムは強く抱き返しながら答える。

 迷宮へ挑むだけではだめだ。

 絶対に勝ち、生きてイルミアの元に帰ってくるのだとアカムは誓いながら迷宮へと向かった。






 アカムが過去の記憶を追体験していたのは感じていたよりもずっと短い時間だった。

 一分にも満たない時間で過去の記憶を振り返り、その間アカムは目を閉じ静かに死へと向かっていた。


 そんなアカムの目が突如見開かれた。

 視界はぼやけるが何も見えないということはない。

 先ほどまで何も感じなかったというのに胸元と脇腹が激痛を訴える。


「っ――――!」

「マスター!?」


 声にならない叫びをあげながらも痛みからアカムが大きく動く。

 先ほどまで全く反応がなく、死を受け入れているようにも感じられたアカムが動いたことでアイシスは慌てた様子で声をかける。

 マキナも少し離れたところに佇んで興味深げに成り行きを見守っている。


「帰ら……ないと……っ! ぅ……て……」

「マスター! 今動いたら傷がっ!」


 痛みを堪え、何かを呟きながらもアカムは無理やり立ち上がろうとする。

 例え、どんな重傷であろうとも生きていて、意識があれば機械因子オートファクターである手足は動くので力が入らないなんてことはない。

 それにより一層傷から出血し、それを見てアイシスが悲痛な様子で叫ぶ。

 だが、アカムはそれに反応することなく立ちあがった。


 その声がアカムに聞こえていないわけではなかった。

 心配されているのが分かり、少しだけ嬉しくも思っていた。

 だが動かないわけには、立ち上がらないわけにはいかなかった。

 そしてアカムの両腕を炎が纏う。

 それはアカムの魔力を各属性の魔力へと変換する機能によるもの。


「ぐ、っああ――ァ!!!」

「っ!? なんて無茶を!?」

『焼いて塞ごうというわけか……思い切ったことをする』


 アカムはその腕を胸元と脇腹の傷に押し当て、筆舌し難い苦しみに獣のような叫び声をあげる。

 暴挙とも言えるその所業にアイシスは驚愕し、マキナはどこか感心した様子を見せた。


「フーッ! フーッ……! ……俺は……生きて帰らなければ……どんなになっても! 絶対に生きて、帰る!!」

『その意気は見事。だが……』


 ボロボロの姿で立ち上がりそう宣言するアカムを見てマキナも感心した様子を見せる。

 だが、それも無駄であると示すように高速でアカムへと迫り剣を振るう。

 一応その姿をアカムは認識しており、剣でそれを防ごうとする。

 だが、いかに気合いで立ち上がろうともアカムは既に満身創痍であり、マキナの剣を耐えることなど不可能だった。

 

 アカムがどれだけ気合いをいれようと、マキナの剣を受けた衝撃に身体は悲鳴を上げ意識が飛びそうになるほどの激痛を訴える。

 その痛みに踏ん張ることなどできずアカムは後ろへと吹き飛ばされすぐ後ろの壁へと叩きつけられた。

 それでもアカムはなんとか生きていて、意識もあった。

 ギリギリで耐えられたのはマキナの剣をただ受けたのではなく何とか受け流すことができたからだ。


 だが、それでもダメージはあった。

 そのダメージは既に瀕死のアカムにとっては致命的なもの。

 いくら気合いを入れようと、痛みを無視しようともアカムの肉体がこれ以上動くことを拒む。


 壁に背を預けて座った状態から動こうとしてもその際に走る痛みがアカムの思考を揺らして機械因子オートファクターの制御もできなくなる。

 それでもアカムは生にしがみ付き、生きて帰るために立とうとする。

 全てはイルミアのところへと戻るため。

 だが、いくら諦めなかろうとも死が目の前にまで迫っていて、死の淵でふいにアカムは想像してしまう。


 アカムが迷宮から帰らず、涙を流すイルミアの姿を。


「ッ――!!」


 それを想像した瞬間、何かが壊れたかのような感覚とともにアカムはイルミアの名を叫んだ。

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