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93話 第二幕

 百階層の大広間。

 そこにはマキナが作り出していた白いだけで何もなくどこまでも広い空間があったのだがそれは力と力の衝突によって砕け、もとの百階層にある闘技場めいた大広間が姿を現していた。

 白いだけの空間よりは狭いがそれでもアカムとマキナが全力で戦うのに不足はない程度に広いその場所でいくつもの剣閃が描かれ、いくつもの剣閃がぶつかり合っている。

 それは互いに相手の命を刈り取ろうという剣戟ではあったが、煌めく刀身が描く軌道は流れるようにきれいで静かなもので、剣と剣がぶつかり合うその様は荒々しくとても力強い。

 一瞬の剣戟の中で瞬く間に静と動が入れ替わるその光景はどこか美しかった。


 一度中断を挟み仕切りなおしてからの戦いは図らずも剣による接近戦になった。

 そしてこの剣戟はかれこれ一時間に渡って繰り広げられている。


「シッ!」

『ククク……楽しい……楽しいなあ! アカム!!!』

「フゥー……」


 そしてまた剣閃がぶつかり、互いに弾かれたように下がる。

 楽しげに笑うマキナの声にアカムは言葉を返さず細く息を吐き目を少し細めるだけ。 だが、その動作はまるで肯定しているようにみえ、事実アカムもこの戦いをどこか楽しんでいた。


 それでも答えなかったのはほんの少しだけ乱れた息を整えていたからだ。

 身体が完全に機械で構成されているマキナとは違い、アカムには生身の肉体がある。

 身体強化と有り余る魔力によって継戦能力は異常に高いアカムではあるが、それでも生身の肉体を持つために呼吸は不可欠であり、一時間以上動き続け剣を振り、攻撃を避けていれば多少息が乱れるのも仕方のないことだった。


 だが、身体強化の魔法は体力の代わりに魔力を消費するために疲れは無い。

 乱れた呼吸も長年戦い続けてきた経験と、機械因子オートファクターの補完により少ない呼吸で多くの酸素を取り込めるようになっているから数秒もあればすぐに整う。

 だからこそ一時間以上も戦い続けることができているのだ。


 そして再び剣閃と剣閃がぶつかり合う剣戟が始まる。

 一時間以上も剣を重ね、どちらも一歩を引かない戦いをする両者の力は互角と言える。

 だが、ここまでの戦い。

 それは力と力のぶつかり合いでしかなかった。

 敵の攻撃を正面から受けて弾いて防ぐ。正面から力の限り剣を振り抜いたそれを受け止められ防がれる。

 もちろんその剣筋に技が無いわけではないが、それでもここまでの戦いは力の勝負と言って過言ではないものだった。


 なぜそうなったのかと聞かれてもその理由をアカムもマキナも答えることはできないだろう。

 ただ、なんとなく。

 仕切りなおして始められた時になんとなく剣で戦うことになり、なんとなく正面からのぶつかり合いになった。


 マキナはそうして互角の戦いを楽しんでいるようでありわざわざそれを破ることはしない。

 アカムとて力比べにも等しいこの戦いをどこか楽しんでいるのは否定できない。

 そしてそれは今も尚、変わっておらずこのまま力のぶつかり合いは続きそうである。

 だが、アカムの傍にはアイシスがいる。

 最初こそ機械因子オートファクターの力が負けるわけがないのだというプライドから、その戦いを黙って見ていたがそれでも元が機械因子オートファクターの補助人格であるためにある程度の攻防の情報から少なくとも力で圧倒できる相手ではないのだと判断し、その後はマキナの攻撃を見て情報を集め解析していた。


 情報は十分に集まり、長時間に渡る戦闘を続けたことでほんの少しだけ冷静になりつつある己のマスターの様子を見てアイシスは声に出さず念話で語り掛けることにした。


『マスター。いつまでバカ正直に戦っておられるのですか?』

『っ! 念話か!』


 ここ最近はめっきり減った頭の中に直接響くような念話に少し驚くが、すぐにその念話に応じる。


『力だけでどうにかなる相手ではないことは分かっているはず。マスターは戦うためにここに来たわけではなく、異界迷宮を制覇しけじめをつけるために来たのではなかったのですか?』

『っ! ……そうだっ……たな!』


 アイシスと念話で話しているときも、もちろんマキナとの戦闘は継続中であり、アイシスの言葉を理解するのに数秒かかり返事も戦闘が影響して口に出して言う必要のない念話だというのに途切れ途切れだった。

 それでもアカムはアイシスの言った言葉を理解し、意固地に正面から戦い続けていたことを自覚して薄く笑みを浮かべ、左右から斜めに振り下ろされてきたマキナの剣を正面から受け止めるのではなく左から叩くようにして強引に右へと逸らした。


『む!?』

「悪く、思うなっ!」


 そしてアカムはその瞬間に左手を剣の柄から離してマキナの胸の辺りへと押し当てる。

 これまでの力とのぶつかり合いの戦いから突然剣を逸らされたことで隙を晒してしまい、さらにその隙を得て取った行動がただ手を押し当てるだけという行動にマキナは一瞬驚きと困惑の混じった表情を浮かべるがキィィィンと甲高い音がその左腕から聞こえることに気付き声をあげその場から急いで逃げようとした。

 だが、それは少々遅く弁解とも言える言葉をアカムが告げると同時に轟音が響いたかと思えば、そのすぐ後にマキナが大広間の壁へと凄まじい勢いで叩きつけられると壁が大きく壊れ瓦礫に埋もれてしまう。


 一方マキナを吹き飛ばしたアカムの左手首からは長く尖った杭が赤熱した状態で飛び出していた。

 それはパイルバンカーと呼ばれる杭を超高速で撃ち出す攻撃。

 予備動作も撃ち出すのに必要な時間も極めて小さいそれは瞬間的に高威力の物理攻撃を与えられる汎用性の高い攻撃だ。

 もっとも最近では使われることも無くせいぜいが足に付属しているほうのパイルバンカーをスパイク代わりに使う程度でしかなかったが。


「派手に吹き飛ばしたがどれほどのダメージになったかは疑問だな」

「吹き飛ばしたという事は杭が刺さらなかったということですからね」


 だが、そうしてマキナを派手に吹き飛ばしたにもかかわらずアカムの反応は悪く、アイシスも同様だった。

 超高速で撃ち出された杭の貫通力は極めて高く、貫いたのならば対象を吹き飛ばすような衝撃を与えられるはずがない。

 それでもマキナは吹き飛んだという事は、マキナの機械の身体はパイルバンカーの杭では貫けないほどに強硬だったということ。


「それになんというか少しずるいって感じちまうな」

『いや……今のがずるいなどあるわけがない。むしろ素晴らしく見事だった! 見事な攻撃だった! 長く続いた力の勝負を避ける判断をして即座にそれを行動に移したこと。生じた隙に対し、確実に私に傷を入れられるその剣に拘らず最速で放てる攻撃手段を選んだこと。その全てが素晴らしいぞ!』


 やはり、というべきかマキナが瓦礫を押しのけながら立ち上がりつつアカムの言葉に反応を返す。

 長く続いた力のぶつかり合いを避けられたことに不満など一切無いかのように、先ほどの攻撃は素晴らしかったと語る。


『いやはや、それにしても面白いのはその機械の手足! まさか、その剣でも、異常な魔力を放つアレでもない攻撃で、私の身体が損傷するとは思わなかったぞ……!』

「……完全に防がれたってわけでもないのか」

「とはいえほぼ無意味ですね。同じ場所にもう十回撃ち込めば貫けるかもしれませんが」

「んなのまず無理だな」


 それからさらに愉快気に自らの胸の辺りを示す。

 見れば、その胸の部分、パイルバンカーが直撃したその場所は3cmほど凹んでいるようだった。

 それを見て貫くとは言わずともわずかながらもある程度の効果はあったらしいと悟る。

 だが、だからと言って事実上ダメージは与えられていない。

 凹み具合から何度かパイルバンカーを当てられれば話は別かもしれないが不意打ちに近かったからこその一撃であり、再びパイルバンカーを、それも全く同じ場所に打ち込むなどまず不可能だ。


『さて、戦いはいよいよ第三幕と行ったところか。単純な力のぶつかり合いも楽しかったが勝つための手段を模索し、出し抜き全力で戦うというのはもっと楽しいもの。さあ私をもっと楽しませてくれ!』

「こいつは藪蛇だったかもな」


 おまけにアカムが力の勝負を避けたことで何かスイッチが入ったのか興奮した様子を見せるマキナは、その興奮した状態とは裏腹に静かに、そして自然なものに見える構えからは、それこそ一分の隙も見えない。

 これまで以上に攻撃を届かせるのは厳しそうだと思いつつも、アカムは片手半剣バスタードソードを両手に持ち、右脇へと構えた。

 打ちあっていた時よりもやや力を抜いた状態に見えるその構えはアカムが最も好む構えであり、アカムにとって最も自然な構えだった。


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