92話 力の昇華
太陽樹システム。
マキナがそう呼ぶ広範囲攻撃をなんとか躱したアカムであったが、すぐに第二射目が放たれる。
『なっ!?』
しかも一射目では光線を軸に周囲全てへとばら撒かれていたが、二射目はアカムの居る方向へだけと放たれたのだった。
方向が限定された分、光線の密度は一射目とは比べるまでもなく避ける分の隙間などありはしない。
『ッ―――らああああっ!!!』
避けられないならばとアカムは苦し紛れに剣を振り、生じた魔力の刃がその光線を少し弾いたのを確認し、そのまま連続で剣を振るった。
斜めに振りおろし、すぐさま切り返し、流れるようにやや上に流れる横薙ぎへと繋ぎ、さらに切り返して最初とは逆の方向へと斜めに振り下ろす。
その一連の流れを一瞬の間に、淀みなく何度も繰り返す。
一振り一振り、振られる速度は目に見えないほどで、精確な斬撃。
さらに剣を振ってから別の方向へと振るまでにぎこちなさは一切なく、流れるように次の斬撃へと繋げられたその連撃はまさに縦横無尽であり、その剣閃に沿うように魔力の刃が幾層にも重なりあうように発生していた。
魔力の刃が光線を斬って、弾いて消えてもそのすぐ後ろに存在する別の魔力の刃が光線を斬り飛ばしていく。
もはや無数の斬撃と言っても過言ではないそれはアカムの技術と機械因子の力があってこそのものだ。
『しっ!』
そして無数の光線と無数の斬撃がぶつかり合った結果。
アカムはただの一つも漏らすことなく迫る光線を弾き防ぎきることに成功したのだった。
そうして防がれたというのにマキナはどこか感心しているようだ。
マキナの身体は全て機械の身体であり表情などありもしないのだが、なんとなくアカムは感じ取っている。
『ちっ……防がれても余裕綽々か』
「まあ、アレですべての手札を使い切ったなんてことも無いのでしょうし当然でしょうね」
苛立たしげな様子のアカムに、肩を竦めながらアイシスが相槌を打つ。
一方、光線を避けられ、防がれたマキナは左腕を肘の先から切り離したかと思えば、それを右腕に連結したようである。
それにより上下左右を囲むような砲身の形となり、その砲身が回転すると共に再びその中心にエネルギーが集まっていく。
ただ、連結しただけではないのか集まるエネルギーは先ほどよりもずっと大きい。
そのエネルギーの充填にどれほど時間が掛かるかも分からない。
その集められたエネルギーが放たれたらどのような威力になるかも分からない。
そんな状況でアカムは左腕を真っ直ぐ伸ばしながら地面へと降りてきていた。
その左腕は前腕部が傘のように開いており、肘と肩の関節部分は固定され、足裏からスパイク代わりに撃ち出されたパイルバンカーの杭が何もない不思議な白い空間の地面に突き刺さりアカムの身体をその場に固定している。
そして真っ直ぐ、マキナへ向かって伸ばされたその左腕には尋常ならざる量の魔力が集つめられていた。
それは機械因子の機能で最大の火力を誇る最終兵器。
加えて、それはアカムの魔力の影響を濃く受けてより高い威力のものへと変質した魔力収束砲。
アカムはその魔力収束砲でマキナが放ってくるであろうエネルギーの塊を迎え撃つつもりなのである。
『魔力収束砲、発射ァ!』
そして魔力の充填とエネルギーの充填、それは同時に完了し同じタイミングで放たれ、空中で衝突する。
片や通常では考えられないほどの、それだけで周囲の環境にすら影響を及ぼしかねない膨大な魔力量を高密度に凝縮した魔力収束砲。
片や魔力ではない何かしらのエネルギーの塊で、空間を震わし、歪めるほど高いエネルギーを秘めた光線。
どちらも膨大な破壊的エネルギーを秘めている点では同一のものだが、それを構成する力は別の物で、そんな異なる力が衝突したのだ。
それこそ大爆発なんてレベルじゃない爆発があっても不思議ではない。
『な……んだ……これは……!』
「解析不能……です……」
そしてそれは確かに大爆発なんていうレベルではなかったが、爆発ですらもなかった。
膨大な破壊的エネルギーは衝突し、互いに互いを相殺しようと絡み合った。
そして本来交わるはずのないソレは、尋常ならざるエネルギー量であったがために強引に混ざり合ってさらなる力へと昇華してしまった。
その力は大きすぎてアカムにもマキナにも影響を与えない。
それは網目の広い網に小さな魚が掛からないのと同じだ。
その力にとって、アカムもマキナも取るに足らない存在になっていた。
その力とは世界を揺るがすものだった。
比喩などでなく文字通り世界を揺らし、破壊する力。
世界という枠組みを破壊してしまうあまりにも強大な力。
世界さえ壊れてしまえばその内にいる者など消えて無くなるだからその力が世界の内の者に直接影響を与えなくとも結果は滅びであることは変わりない。
だからこそ、その力により直接的な被害を受けることは無かった。
けれどその代わり世界が破壊されてしまい存在を維持できなくなる――
『ふ……ふふ……まさか人間との戦いでこのような力が生まれるとは思わなかったぞ……』
――はずだった。
その光景に呆然としていたマキナが不意に笑い、そんなことを吐き出すと同時。
白いだけで何もない空間に突然無数のヒビが入る。
この白い空間はマキナによって隔離されていた空間だ。
一体何から隔離されていたのか。
それはアカムが暮らしていた世界からだ。
隔離していたあの白い空間はいうなれば極小の世界。
だからこそ破壊の力によって破壊されたのは極小の世界だけで済み、あっという間に白い空間が砕け散ると周囲の景色は広々とした、けれどもこれまでの守護者と戦った大広間と同じように闘技場めいた大広間へと変貌し、それ以上の変化は訪れなかった。
当然アカムも、マキナもそこに存在したままだ。
『これは……』
「……普段の迷宮の空間に戻った?」
そのあまりの景色の変化にアカムもアイシスも呆然としている。
なんとなく分かるのは先ほどいた白い空間は形なく崩れ去ったということだけだ。
「おいおい、流石に今のは驚いたぞ。運よく隔離されてた部分だけで破壊が終わってよかったが一歩間違えば完全にこの世界終わってたな」
『私とて別に世界を壊そうなどとは思っていない。ただの事故だ』
「まあ確かにそうかもな。だが、結局お前が壊そうと思っていてもいなくても、お前の存在を放置してたら結局、世界は崩壊する。お前程度の手に世界は大きすぎるんだぜ」
『ふん、忌々しい。だが、まあ少なくともこの時点で世界を壊すなど私も望まないからな……おい人間、いやアカム』
呆然とするアカムを他所に、元の空間に戻ったことで障壁の外にいたレイとマキナを隔てるものはなくなり、世界が壊れるだの規模が大きすぎてアカムにはよく理解できない会話をしていた。
レイとの会話に苛立ちを隠さないマキナだが、それでもすぐにその場でやり合うという事は無いようでマキナはアカムへと声をかけた。
『なんだ?』
『どうやら先ほどのような私の力を凝縮したものとお前の力を凝縮したもの。あれだけの量と密度でぶつかり合うとある力が生まれて私たちの決着よりも先に世界がもたないらしい。そのようなつまらない終わりなど私が認めない。だから先ほどのような攻撃は無しにしようではないか』
アカムが返事をするとマキナは先ほどの攻撃、魔力収束砲や光線を使わないことを提案してきた。
あまりにも規模が大きすぎて理解しがたいものがあるが、それでも先ほど感じた力を思い出せば、それが相当危険な力であることは悟らざるを得ない。
『……分かった』
「仕方ないでしょうね」
そのためアカムはすんなりとそれを受け入れアイシスも頷いている。
魔力収束砲が使えず、相手も高エネルギーの光線を放つことができない。
そう思わせてだまし討ちしてくる可能性もあるがなんとなくそれは無いだろうと思えた。
だからアカムも魔力収束砲を使わないと口に出さずとも誓う。
アカムには他にも高い攻撃力を秘め、尚且つ魔力収束砲ほどの魔力を放つわけでもない使い勝手のいい攻撃手段はいくらかあり、何よりも片手半剣による斬撃が通用するのだからそこまで問題もない。
そしてそれはマキナも同じだろう。
マキナも高エネルギーをそのまま放つような攻撃でなくても他に攻撃手段はあるはずだ。
そして、マキナの基本形態である両腕の剣。
おそらくだがあの剣による斬撃は機械因子すらも斬ってくるとアカムは直感していた。
なら片手半剣は大丈夫なのかという話になるが、片手半剣には魔力の刃を形成する力のほかに切れ味や耐久性を強化する能力が備わっているので何気に機械因子よりも頑丈だから問題ない。
予想外の事態から戦いは中断されたが、それで集中が切れるようなアカムではない。
そしてそれはマキナも同じ。むしろ先ほど感じた自身と同等の力を思い出して闘志を滾らせている。
アカムはどこまでも広い白い空間から、ある程度エリアは広いとはいえ、天井はそれなりに低くなった大広間を見て高速飛行モードを解除しながら片手半剣を右脇に構える。
アカムの正面、少し離れた場所まで移動したマキナもその両腕を元の剣の形へと戻し構えを取った。
「さて」
『楽しい戦いの第二幕と行こう』
そして仕切りなおして再び戦いが始まった。