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90話 迷宮の主

 アカムの行く手を阻んでいた障壁は、最初からそんなものは無かったかのごとくあっさりと砕け散った。

 それを成したのは得体のしれないレイという男で、自身ではどうにもできなかった障壁があっさりと砕かれる様を見て、アカムは何とも言えない気持ちになる。


「ほら、障壁は消したぞ。放っておくとまた戻るからさっさと行けって」

「……まあ、気にしてもしょうがないか」

「そうですね。確かに超常の存在というのは間違いなさそうです」


 だがそれも、障壁を消してもそれが何でもないかのように言うレイを見てどうでもよくなり軽くため息を吐きつつも思考から努めて追い出す。

 アイシスも相槌を打ち、レイの事も、本人が言うように超常の存在なのだと納得してそれ以上無駄な考察を重ねるのを放棄する。


「んじゃ、行くか」

「ええ、絶対に倒して生きて帰りましょう」

「もちろんだ」


 そして障壁で阻まれていた先、白い空間へとアカムは踏み出した。

 白い空間へと入った直後から完全に思考は戦闘態勢へ移り身体も適度に緊張した状態へと移行する。

 もっとも、今のアカムの身体の半分以上は機械の身体で、残る生身の部分も中身は度重なる補完で通常の人のものから大きく逸脱している。そんな身体で適度な緊張というのにどれほど意味があるのかはアカムにも、アイシスにも分からないことであるが。


「さて、本当に何もないが……なんとなく地面がどこにあるかとかは分かるな」

「どうにも今までの大広間とは空間そのものの仕組みが違うようです」


 それからアカムは辺りを見渡しながら感じたままに呟く。

 アイシスもすぐに解析を始めおぼろげながらもその空間が今まで守護者ガーディアンと戦ってきた空間と違うことを確認する。

 だが、しばらくそうして周りを見渡しても迷宮の主は姿を現さない。

 そのことに首を傾げつつ、このまま何も状況が変化しなければこの白い空間を適当に進み、探ることにして軽く雑談でもすることにした。

 もちろん雑談する間も周囲への注意は緩めない。


「にしても、あまりにも自然でいるから触れなかったが、あの奇怪な篭手を買ったのがあいつだったとはな」

「ええ、ですがある意味納得できてしまうのはなぜでしょうか? まだよく知らない相手であるはずなのに」

「さあな。それも超常の存在ってやつの成せる技なんだろ。……っていうか他の「黒髪の青年」が関わってたらしいあれこれも全部あいつか?」

「そう考えるのが妥当でしょうね」


 三本の刃が爪のように伸びている防具と呼ぶべきか武器と呼ぶべきか迷う奇怪な篭手。

 ふと、それをレイが装備していたことを思い出し、武器屋でも聞いた情報と合致していることから買った本人なのだろう。

 そしてそういった事実から、他にも噂で聞いた黒髪の青年というのはあの男、レイのことなのではないかと思える。


 アカムの腕が機械因子オートファクターになっていることが露見した時。

 あの時も「黒髪の青年」がなにやら演説をしていたらしく、それを聞いた人たちから同情的な視線を向けられるようになった。

 また翼を手に入れた直後の一時期は上の服を着れず、肉体が機械化している様を一層分かりやすく見えるようになっていた頃もどういうわけか興味こそあれ、忌み嫌うような視線を感じることは無かった。

 どう見ても通常の人の姿からかけ離れ忌避されてもおかしくはないというのに周囲の人々は一定の理解を示してくれていた。

 その時は別に黒髪の青年に関する噂が耳に入ることはなかったが、おそらくはその時も少しは関わっていただろう。

 もちろん腕の時とは状況が違い、すでに機械化した腕を(おおやけ)にしていたのだからすでに慣れていたということもあるのだろうが、流石に悪い反応が一つもないというのは不自然なのだから。


 そうしてこれまでの経験で感じた不自然さと、謎の男レイとの関係性を当てはめて色々と納得しながら辺りを警戒していたアカムたちの前についに迷宮の主が姿を現した。

 それはあまりにも突然で、アイシスの索敵にも現れるまで反応は一切なかった。

 そしてその存在を認識したのは視覚でもアイシスの索敵でもなく、身体が重くなったと錯覚するほどの圧倒的なまでの存在感によるプレッシャーを感じたからだった。


『隔離していたはずの世界に介入されたかと思えば……忌々しい――め』


 その声がした方へとアカムが向けば、迷宮の主が空に浮かんでいる姿が目に映り、その姿を見て思わず目を見開いた。

 大きさはアカムよりも一回りほど大きい程度の人型。

 だがその腕の肘から先が鋭く長く伸びていて、その腕はまるで剣のようだ。

 頭部はそれが兜なのかそれとも顔なのか分からないものになっていて、顔の中心には赤い光を放つ水晶のようなものが嵌めこまれているが、言葉やちょっとした動作に合わせて動くのを見るにそれは人で言う目の役割があるらしい。


 そして、全体的に金属鎧を全身に着込んでいるかのような姿と言えるのだが、金属鎧を装備しているわけではないのだとアカムには分かってしまう。

 なぜなら、ソレは自分の手足と酷く似ていたから。

 金属鎧を装備しているわけでも、リビングアーマーのように金属鎧だけで動いているわけでもない。

 金属鎧のように見えるソレが紛れもなく迷宮の主の身体であり、リビングアーマーのように中身が空っぽではないのだと理解してしまう。

 そう……仮にアカムに残された生身の部分が機械化すれば細部は違えども非常によく似た姿になるだろう。


 つまり、迷宮の主は全身が完全に機械化されている存在だったのだ。


『まだ勝てぬと分かっていたからこそ、こうして最小限の隔離に留め力を溜めていたというのに……だが、どうやらまだ運は私に味方しているらしい』

「っ!」


 そう言うと赤い水晶のような目が横へとスライドして今度はアカムの方へと向けられる。

 見られたことで一層プレッシャーが強まったが、それに屈することは無く、身体が重く感じるプレッシャーも苦しい感じることはなく、むしろ徐々に慣れ始めてもいた。


『なぜアレ自らが戦う前に人間を挑ませようと思ったのかは分からんが、まさかその人間が魔力の源泉を身に宿しているとは全く持って都合がいい』

「魔力の源泉……?」


 愉快そうに言われた言葉に思わずアカムは気になった単語を拾い上げ呟く。

 もっとも、語感からなんとなく何のことか察していたが。


『どうやら魔力の源泉という言葉は知らなくとも、それが何なのかは察しているらしい。貴様が考えている通りそれは魔力を無限に生み出すシステムだ。それがどういうわけで貴様の中に宿っているのか知らんがこの私の前まで来たこと、感謝してやろう。なにせ本来なら魔力の源泉などは世界に固定され手出しできぬものだというのに、世界に固定されてない源泉をわざわざ私のところまで運んできてくれたのだからな』

「なるほどな……」


 なんだか愉快そうな声で魔力の源泉が何なのか説明する迷宮の主に、アカムはなぜ無尽蔵に魔力が溢れてくるのか理解して呟く。

 もっとも今度はなぜそんなものが宿っているのかという疑問が浮かび上がってくるがそれは考えても仕方のないこととして考えないようにし、少し笑みを浮かべて迷宮の主に片手半剣バスタードソードを向ける。


「だが、残念だったな。お前に渡すつもりはない。俺がお前を倒してそれで終わりだ」

『もとより譲ってもらおうなどとは思っていない。欲しいものは奪うまでだ』


 そう言って、一瞬で接近してきた迷宮の主は剣となっている右腕を鋭く振るう。

 だが、アカムにはその動きは見えていてその剣を片手半剣バスタードソードで受け止める。


『ほう……先ほどからその機械の手足は気にはなっていたが、私とはまた別の技術によるものか。私の剣を苦も無く受け止めるとはなかなか力があるな。それにその剣も素晴らしい』

「そりゃどうもっ!」


 受け止められても余裕を崩さない様子の迷宮の主に声を荒げつつ、さらに力を込めて弾き飛ばす。

 おそらくはわざと力を抜いて弾き飛ばされたのだろう、簡単に弾かれた迷宮の主は余裕を持って少し離れた所へ着地する。


『さて……アレは動きを見せないか。どうやら本当にお前との戦いが終わるまで黙っていてくれるらしい。何のつもりか知らないがありがたい。おまけにお前自身との戦いもなかなか楽しめそうと来ている』

「それは評価してくれてると思っていいのかね」

『もちろんだとも。初めこそ所詮は人間だと思ったが、手を抜いていたとはいえ私の剣を容易く受け止めることができる相手を侮れるはずもない。できれば名を聞いておきたいものだ』


 どこかこちらへ一定の敬意を払っているようにも感じるその言葉にアカムは少し考え、自身の名を告げることにした。


「俺はアカムだ。アカム・デボルテ」

『なるほどいい名だ。そちらの精霊はずっとだんまりだが名も教えてくれないのか?』

「……アイシスです」

『なるほどなるほど、アカムとアイシスか。では私も名乗ろう……と言いたいところだが私は唯一の存在故に名が無くてな……ふむ、そうだな。マキナとでも名乗らせてもらおうか』


 名を聞いてどこか愉快気に頷き、さらに迷宮の主――マキナはそう名乗ると共に剣となった右腕を突き出してアカムへと向ける。

 アカムもそれに堪えて片手半剣バスタードソードを脇に構え、さらに翼を大剣形態へと変えて左腕につけ構えを取った。


 そうして、両者の戦いが本格的に始まろうとしていた。


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