9話 義手の力
「多分、強すぎるってことなんだろうな……」
「強すぎるって……その右腕がか?」
ウルグの確認にアカムは頷いて、自らの右腕を見た。
よくよく思い返してみれば引っ張られる感覚があったのは左腕だけで右腕はなんともなかった。
アカムはとにかく全力で振るつもりで剣を振ったのだが、アカムが認識している全力よりも右腕の力があまりのも強かったのだろう。そのせいで左腕が剣を振る速度についていけず引っ張られ、剣はおそらく刃筋が乱れて腹で叩いた結果と思われた。
いや、腹で叩いたうえでロックリザードの身体をミンチにしたことを考えるとそれは相当な威力だったはずで、きちんと刃が通っていても業物というわけでもないアカムの剣はどのみち折れていたかもしれない。
取りあえずその推測が正しいか確かめるため一旦立ち上がる。
すでに左腕の痛みは引いていて、なんでもないように平然としている。
「左腕はもういいのか?」
「ん? ああ、そういえばもう痛みが引いてるな」
《こうなることは予想していましたので治癒能力を強化しておきました》
「はぁ!?」
ウルグの言葉にそういえばとアカムが左腕を回し問題ないことを確認すれば、アイシスが横から口を挟んできて、その言葉に驚いて素っ頓狂な声をあげる。
突然そんな声をあげたアカムに怪訝な目をしながらウルグがどうしたと問われ、一瞬誤魔化そうとするがそれをやめて、面倒に感じたように頭を掻きながら口を開く。
「あーアイシス。普通に話していい」
『そうですか。ではそのようにします』
「……もしかしてその腕か?」
『はい。マスターの機械因子に搭載されている擬似人格、アイシスと申します。以後お見知りおきを』
いちいち仲介して説明するのも面倒に感じたアカムは、アイシスの事を教えることにした。
突然聞こえてきた声に一瞬固まるウルグだったが直前のアカムの言葉もあって、すぐに腕の事なのだと思い当たる。
「なるほどな。ほんとにとんでもない物を手に入れたようだな」
「はは……で、アイシス。こうなることは分かっていたってどういうことだよ」
『言葉の通りです。機械因子のフルスペックでの動作に生身の肉体でついていけるはずがありません。それこそ導入時に耐久性を向上させていなければ今頃はマスターの左腕は引きちぎれていたでしょう』
その言葉を聞いてアカムは目を見開いて狼狽した。
まさか、ちょっとした確認のためにやったことがそれほどまでに危険なことだったとは思いもしなかった。もしそんなことになっていたらと思うと嫌な汗が背中を流れる。
「先に言えよ……」
『痛みを伴う教訓は何よりも覚えているものですので。ご安心ください、大事には至らないことは分かっていました』
「安心できねえ……」
とりあえず先にいってくれればと苦言を言うのだが、アイシスは気にもしない様子でバッサリと切り捨てる。
そんあアイシスにアカムは項垂れるのであった。
「なかなか妙な相棒ができたらしいな」
「まあ頼りにはしてるんだけどな、性格がきついわ」
二人と言ったらいいか分からないがとにかくアカムとアイシスのやり取りを見てウルグは軽く笑みを浮かべてそう言って、アカムもそれには同意する。
だが、マスタ―である自分にどこか厳しい相棒にため息をつかざるを得なかった。
とりあえず義手には非常識なパワーが備わっていることは分かったところでアカムは問題点に気づく。
「あれ、これに肉体がついていけないなら、義手の機能活かせないよな?」
『それについては大丈夫です。フルスペックで使ってもらっても大丈夫なようにある程度衝撃を吸収する機能がありますので』
「さっきと言ってることが違わないか? そもそも、さっき左腕めっちゃ痛かったんだが」
アカムの懸念に即座にアイシスが答えるが、先ほどの左腕に感じた痛みを思い出し顔を顰める。
『あれはマスターが両手で剣を振るうからです。腕の動作による衝撃は吸収できても直接左腕にかかる負荷を吸収できるわけがありません』
「あー確かに痛かったの左腕だけで他の身体の部分は痛くなかったな……」
「よかったなアカム。何とかなりそうじゃねえか」
アイシスの言葉になるほどと頷いて納得する様子を見せるアカムの背中を思いっきり叩いてウルグが激励する。
それに痛そうにしながらもアカム自身安心しているのか表情が緩んでいた。
「とりあえずあれだな。簡単にでもどれほどの力があるのか改めて確認してみるか」
「つってもどうやって?」
「これを投げるんだよ」
アカムは改めて義手の性能を確認するために意気込み、その辺に転がっていたアカムの頭ほどある石を右手で掴み上げる。
それを見て納得したのか、ウルグも同じような大きさの石を拾ってきた。
「じゃあまずは俺が投げてみるぞ。その方が分かりやすいだろ」
「そうだな、やってくれ」
それを持ち上げながらウルグがそういえばアカムも異存は無いようで頷く。
それを確認したウルグが気合いを入れて全身に力を込めるかのように体を少し丸めると、その体はさらに膨れ上がり、体中から毛が伸びてその体を覆っていく。やがて変化を終えたウルグの姿は巨狼がそのまま人の姿になって立っているかのようであった。
「獣化しての投石か」
「まあな。んじゃ行くぞ……っらぁ!」
その姿を見て一言つぶやくアカムに適当に返事をしながらウルグは石を投げようと構え、力の限り石を投げた。人の頭ほどある石をまるで小さい球を投げるかのように大振りで投げられたその石は少し山なりで相当な速度で飛んでいき、五十メートル先で地面にぶつかり深く抉っていった。
極端に重いわけではないがそれでもおおよそ十キログラムほどあっただろう石をそれだけ投げられるというのは驚異的であり、そもそもそんな重量の物を上投げで投げるなど下手すれば肩を壊しかねない。だが、獣人種であるウルグの身体能力をもってすれば造作もないことだった。
「おおーさすがだな。羨ましいぜその身体能力は。んじゃ次は俺が投げるからな」
「おう、投げろ投げろ」
飛んでいった石の速度と飛距離に感嘆の言葉を零し、今度は自分の番だと石を構える。
左肩を正面、右肩を後ろ側になるように立ち、右腕は肘を上向きに曲げて石を肩に乗せるような構えでどうやら手のひらで押し出す形で投げるつもりらしい。
「ふぅー……っせぃ!」
アカムは気合いの掛け声をあげると同時に一歩左足で踏み込み、上体を左にひねりつつ、全力で岩を押し出して投げた。
それはもはや投げたというよりも撃ち出されたといった方が正しく、ほぼ直線にウルグの投げた石の比ではない速度で飛んでいき、空気を斬り裂く音を鳴らし、徐々に空中で自壊していきながらも、弾道はほとんど下がることなく、最後には100m程先にあった大岩にぶつかり砕け散った。石がぶつかった大岩も大きなヒビが入っている。
『さすがはマスター。身体に負担のかからない素晴らしいフォームです』
「「……」」
その結果にアイシスは平坦な声でアカムの投げ方を褒めるが、それに反応することなくアカムもウルグも口を開けて固まっていた。
あまりにも常軌を逸している力にただただ絶句するほかなかった。
しばらくして二人は再起動してようやく反応を見せる。
「おいおいおいおい! すげーな、それ! なんだよ今の!」
「い、今のは俺が……この腕を使って俺がやったんだよな!? 実はお前が後ろから投げてたとかじゃねえよな!?」
「ったりめーだろ! いくら俺でもあんな風に石を投げれるか!」
やたらテンションをあげたウルグが大声をあげて褒め称えれば、アカムは自分の右腕と粉塵をあげている岩を何度か見比べて震えた声でブツブツとつぶやき、すぐに興奮した様子で騒ぎ立てはじめる。
それにすっかりテンションの上がったウルグも乗っかってしばらく二人は騒ぎ散らしていた。
『お楽しみのところ申し訳ありませんが敵性反応が一体、近づいて来ます。それなりに大きい相手のようです』
「っと! 興奮しすぎてここが迷宮なの忘れてた。どっちからだ?」
『右側です。まもなく見えます』
騒いでいた二人だったがアイシスの言葉にハッとなり、ここが迷宮であったことを思い出し反省する。
とはいえ、まずは魔物を処理することが重要だ。傍にあった大岩の陰に身を隠してから、アイシスに魔物の方向を聞き、言われた方向を見るとちょうど魔物が岩陰から姿を現すところだった。
「アレは……」
「ロックトータスだな。動きも鈍いし大した敵じゃねえが面倒な相手だな」
ロックトータスはその名の通り岩の甲羅を背負った亀である。
岩でできた甲羅はもちろん甲羅の中から伸びる手足も相応に固く、防御力が高いその魔物は鈍器持ちでもない冒険者ならほとんどが敬遠する魔物である。
幸い動きは鈍く、逃げようと思えば簡単に逃げられる相手なので遭遇したら逃げる冒険者も多い。
一方で戦闘することを選んだなら注意が必要で、ある程度近づくと口元から拳大の石を高速で撃ち出して攻撃してくる。
その速度はかなり早いもので当たれば骨を折られかねない威力を秘めている。
とはいえ、先ほどアカムが投げた石ほどではないのだが。
「どうする?」
「んー固いし、剣も無くなっちまったしなあ……アイシス、高い防御力相手にも通用する機能とかないのか?」
『ありますよ。そもそも機械因子そのものが非常に丈夫であり、武器に類する機能を多数搭載しているのですから本来、剣などの武器は必要としておりません』
ウルグがどちらを選ぶのかアカムに任せるが、ロックトータスは防御力が高く武器も失った今厳しいのではと少し考える。もしかしたらとアイシスに聞いてみれば対処法があるとのことだった。
その時のアイシスの声にはそもそも他に武器を扱うこと自体を少し不満に感じるような響きがこもっていた。
「そーかい。んじゃ戦闘ってことで」
「まあ、そもそもその腕の力なら普通に殴り殺せそうだけどな」
対処法があるならば問題ないだろうと、アカムはロックトータスと戦うことに決めた。
ウルグとしては先ほど見た義手の力を思い出せば機能も何もいらないのではないかと思うのだがアカムはその言葉を無視することにした。
それは、単純に扱っても強力な力を持つ機械因子が、さらに武器としての機能を使った場合どうなるのか非常に気になっていたからだった。




