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87話 活力

 ギルドを出た後、アカムは真っ直ぐ自宅へと帰ったが、どうやら来客がいるようだった。


「ただいま……っと?」

「あら、おかえり」

「おっと、邪魔してるよ」


 部屋に入る際にイルミア以外の人影がいるのを見てアカムは少し首を傾げるが、その人物が振り返り軽く片手をあげて挨拶してきたのを見てその人影が誰なのかを把握して安心する。


「ああ、カミラか。またイルミアのこと見ていてくれたんだな。ありがとさん」

「別に礼なんて必要ないよ。私が勝手にやってることだからね」

「そう言われたら余計に礼を言いたくなるわよ? にしても随分と早かったわね」


 部屋にいたのはウルグの奥さんであるカミラで、どうやらイルミアのことを心配して見てくれていたらしい。

 妊娠し始めて二ヶ月になるかといったイルミアは、悪阻もだいぶ酷くなってきていてここ最近は特に酷く、寝込むことも多かった。

 そんなイルミアにアカムはあたふたするばかりだったが、時期的にそうなるのではと予想していたカミラが家まで来て、介抱してくれたため事なきを得たのだ。

 そして、それ以降もちょくちょくカミラは様子を見にきてくれている、というようなことをイルミアから話としては聞いていたのだが、こうして実際にカミラが来ているときに家に帰ってきたのは初めてであったためにアカムは最初イルミア以外の人がいることに首を傾げたのである。


 とにかくカミラがちょくちょく見てくれるおかげでアカムはある程度安心して迷宮に潜ることができるため心から礼を言うが、カミラは軽く手を振るだけで特に気にした様子はない。

 その様子に苦笑しつつイルミアはかなり早い帰りにどうしたのかと首を傾げた。


「ん、ああ。さすがに精神的に疲れたから早めに切り上げてきた」

「へえ? まあ、それも仕方ないかもね。お疲れ様」

「一体どんなのと戦えばお前さんが疲れるのか私も気になるねえ……教えておくれよ」


 基本的にアカムは迷宮に潜り戦っているときほど生き生きとしている。

 それは長年一緒に暮らしてきたイルミアはもちろんある程度の付き合いのあるカミラも知るところだ。

 だからといって常に戦いを求める人間ではないことくらいイルミアは当然理解しているし、精神的に疲れて早めに帰ってくることも今まで何度かあったのだからそこまで驚いてはいない。

 そもそも今日、アカムが九十階層の守護者ガーディアンに挑むことは知っていたのだからそれも当然だろうと納得する。

 ただ、アカムが精神的に疲れたなんて言うときは割と危ない場面があった時であることが多いためにその声にはアカムを労うような優しさが含まれていた。


 一方、そこまで深く関わっているわけではないカミラからすればアカムは旦那ウルグ以上の戦闘狂という認識で、そんな戦闘狂を精神的に追い込む相手がどんなものか気になって仕方ないようである。


「まあ、どうせすぐ広まる話だしな。とりあえず今日は九十階層の守護者ガーディアンに挑んできた」

「九十っ!?」

「で、それが神竜デウスドラゴンだったんだがこれを無事倒したわけだ。ただ結果的には無傷で勝ったわけだが、実際のところブレスとか当たっていたら傷がどうこうじゃなくて肉片残さず蒸発するぐらいのものをずっと避けて、防いでと凌いでたからなかなか肝が冷えてな」

「デ、デウ……」

「ベヒーモスの次は神竜デウスドラゴン……それは疲れてもしょうがないわね。本当にお疲れ様」


 すでにギルドでも倒したことをは話していることであり、知らない相手でもないのだから話すことを躊躇することはなく、アカムは素直に何と戦ってきたのかを伝える。

 ベヒーモスを倒したことだって驚くべきことであるのに、それを成してからわずか五日後には九十階層まで辿りついていたことにまずカミラは驚く。

 そして続けざまに守護者ガーディアンがなんであったのか告げられたカミラは驚くよりも放心してしまった。


 一方のイルミアといえば平然と受け止めて、少々呆れた表情をしつつも改めて労いの言葉をかけていた。

 カミラとは大きく違うその反応は、アカムとの生活でそう言った突拍子もないことには慣れていたというのもあるが、何よりも無事に自分の元まで帰ってきている以上は何と戦ったなどイルミアにとってはどうでもいい事であったからだ。

 イルミアにとって重要なのは今もこうして無事に一緒にアカムと居られることであり、その考えの前に伝説の存在などでは少しの動揺も彼女に与えることはできなかった。


「まあ、神竜デウスドラゴンを倒した直後はまだよかったんだ。むしろ倒したことで気持ち的には一層昂ってたと言っていい。ただ、その後転移した先のエリアがな……」

神竜デウスドラゴン以上にやばいことがあるのか!?」

「いや、格で言えば当然神竜デウスドラゴンのほうが上だが、転移した先にキリングアイズがいたんだ。それも一体や二体じゃなくて数十体。まあ、光線は問題なく防げたがさすがに数十体からの集中砲火は神竜デウスドラゴンの後だと心臓に悪いのなんのって」

「それは酷いわね。というかキリングアイズって遭遇式エンカウントタイプのレアモンスターってわけじゃなくて元々は九十階層が活動区域なのね。そりゃ出会ったら死ぬだなんて言われるわけよね」

「まったくだ」


 さらに続けて実際に精神的な疲れを感じたところまでアカムが話すと、カミラはまだあるのかと身構える。

 そんなカミラなど気にすることなくイルミアがその話を聞いて何とも呑気な感想を漏らし、アカムもそれに同意しつつ二人は軽く笑いあう。


「いやいやいやいや! 何普通に二人とも笑っているんだい!? 神竜デウスドラゴンに数十体のキリングアイズだよ!?」

「とはいってもカミラさんも知っているでしょう? アカムがベヒーモスを倒したってこと。だったらさらに伝説の存在が出てきたって別に驚くことないわよ」

「それにこうして無事に帰ってきてるわけで、何の問題もないしな」

「いや、問題は……はぁ……あんたら馬鹿夫婦に言っても無駄か……」


 アカムの話はかなりとんでもないことであるはずなのに、当人とその嫁さんは呑気なもので何を言っても首を傾げるばかりだ。

 そんな二人に取り乱していたカミラも色々と諦めて落ち着いたようだ。


「ただいまーかーちゃん、頼まれたの買ってきたよ!」

「ん、あの声はキールか」


 と、そこで家の扉を開ける音と共に少年の声が聞こえる。

 その声には聞き覚えがあり、すぐに誰が来たのかを察してアカムは部屋の入口へと視線を移す。


「ほら! っと、アカムのにーちゃん、こんにちは! 帰ってきてたんだな!」

「おう、キール。こうして会うのは久しぶりか。随分おっきくなったな」

「うん! 毎日腹いっぱい食べてるからな! アカムのにーちゃんもなんていうかすげえ変わってるな!」

「怖いか?」

「ううん、かっけえ!」

「そうか」


 アカムたちのいる部屋まで来て買ってきた果物の入った籠を見せようとしたところでキールもアカムが帰ってきていることに気付き挨拶をしてきた。

 そんなキールにアカムは笑みを浮かべ以前見たキールよりも二回りほど大きくなっていることを指摘すれば、キールはどこか誇らしげな様子を見せた。

 それから今度はアカムの姿について会話し、怖がられるどころかカッコいいと褒められてアカムは満更でもないようで笑みを深める。


「……相変わらずあんたの旦那は子供には意外と優しいねえ」

「そう? ……確かにそうかもしれないわね」


 キールに構うアカムを見つつ、そんなことをカミラは呟く。

 その声にイルミアは一度首を傾げ、視線をアカムの傍へと向けて微笑み、同意する。

 イルミアの視線の先。

 そこには黙りこくったまま微笑みを浮かべて、アカムの動向を見守るアイシスの姿があった。


「ほら、キール! 先に果物をこっちに持ってきな!」

「あ、いっけね! すぐ行くよ、かーちゃん!」


 それからカミラがいつまでも部屋の入り口で話し込んでいるキールへと声をかける。

 しまったと言わんばかりの表情で慌ててアカムの脇を抜けてキールは己の母親の元まで駆けていく。


「いちいち元気だな」

「そうですね」


 そのキールの姿をみてアカムが呟いた言葉にアイシスも相槌を打つ。


「水分をたっぷり含んだ果物は食べやすいからね。きつい時はこれ食べて我慢しな。じゃ、うちらはこの辺で失礼するよ」

「えー……まあ仕方ねえよな。イルミアねーちゃんも大変な時だし」

「カミラもキールもありがとな」

「本当にありがとうね」


 それからカミラが帰るかと宣言し、キールもそれに多少不満を持ちつつも納得して部屋の出口の方へと歩いていく。

 そんな二人にアカムとイルミアは改めて礼を言ったがカミラは相変わらず片手を軽く振るだけで、キールも母親を真似してか手をぶんぶんと大きく振ってそのまま自らの家へと帰っていった。


「いいやつらだよな」

「本当に……そうそう、アイシスも遅れたけどおかえり」

「はい、ただいまです」


 優しい親子がいなくなった後で呟いたアカムの言葉にイルミアも相槌を打ちつつ、アイシスとも挨拶を交わす。

 そんな二人の様子を見てからふとアカムはイルミアの方へと向き直る。


「それにしても今日は随分と調子よさそうだな」

「まあね。これでもあなたが帰ってくる少し前は結構辛かったのよ?」

「そうは見えんけどな。なんかいい事でもあったのか?」

「さてどうでしょう。あなただって本当に疲れてたのってぐらい元気に見えるけどなぜかしら」

「さあ、なんでだろうな」


 どちらも問われたことには恍けつつ笑いあう。

 だが、アカムが帰ってきて互いに顔を合わせてから急激に両者の調子が良くなったのはいうまでも無いことだった。


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