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86話 宣言

 あれから周囲の人々から奇異の目で見られていることに気付かぬままアカムはギルドへ行く前に武器屋へと来ていた。

 一応これからは転移部屋に武器を置いておくつもりではあるが、どちらにしても鞘はあった方がいいだろうという判断である。

 ちなみにやってきた武器屋は以前大鉈を買ったのと同じところだ。


「あれはもう処分されたのかね」

「ああ、あの扱いづらい武器というべきか篭手というべきか分からないあれですか。まあ飾ってあったこと自体がおかしな代物でしたからね」


 何か武器を買おうとしているわけではないがなんとなく店内に飾られている武器を眺め、以前見た指先から肩までを覆う篭手に三本の刃が爪のように伸びていた奇妙な武器が無くなっていることに気付く。


「いえ、売れたんですよ」

「あれが?」


 割と失礼なアカムの言葉を聞いたのか以前大鉈を買った時にもいた店員が苦笑しながらやってきて処分したのではなく売れたことを伝えてきた。

 それを聞いてアカムは思わず驚いた様子をみせるが、店員は気を悪くするわけでもなく肩を竦めるだけで売れたという発言を訂正することは無い。


「私が言うのもなんですが、あれが売れたのは正直驚きましたよ」

「まあ、あの見た目は嫌いじゃなかったがどうにも実用性に欠けるからな。ちなみにどんな奴が買っていったのか聞いてもいいか?」

「黒髪の青年でしたね。私も売る前に確認したんですが『実用性とかどうでもいい、面白そうだから買うんだ』なんて言ってましたよ」

「言っちゃあなんだが相当物好きだな。変わった武器の収集家とかか?」

「かもしれません」


 買った人物についての情報を聞いてアカムは少し呆れたような様子を見せ、店員も苦笑しつつ同感だとでも言うように肩を竦める。

 なお、この世界で個人情報の取り扱いについてはかなり緩い。

 そして様々な種族の人類が集まる異界迷宮都市ではその傾向がさらに強い。

 そもそも有翼種アーラにはその目で見られただけで能力など一層重要な情報がバレバレなのだから、どこで何を買ったとかそんな情報が漏れたとしても気にしてなどいられないのだ。

 もちろんよほど大事な情報を漏らすほどではないが、少なくとも容姿やちょっとした発言程度を漏らすのは何の問題にもならない。


「ああ、そうだ。これの鞘を用意してほしい」

「それはいいのですが……あの、以前買われた大鉈はどうされたのですか?」

「あー……壊れたんだ」

「えっ!?」


 アカムの言葉に目を見開いて店員は驚く。

 それもそうだろう、アカムが買った大鉈は呪い付き(カーズドアイテム)とはいえ《不壊》の魔法効果が付呪されていたのだから。

 読んで字の如く壊れないはずの魔法効果があるというのに壊れたというのだから店員が驚くのも無理はない。


「どうせすぐ広まることだから言ってしまうが、九十階層の守護者ガーディアン神竜デウスドラゴンでな。ブレスで魔法効果がかき消されてそのまま壊されてな」

神竜デウスドラゴンですか!? ……そう言えばアカム様はベヒーモスも倒してたおられましたね。となれば同じく伝説の存在がいてもおかしくはないですか……それにしても魔法効果ってかき消されることってあるんですね……」

「俺も驚いたよ。代わりにこれが手に入ったからよかったけどな」

「……黒鋼ブラックメタルではないようですが一体? それに代わりにというのは宝箱からですか?」


 神竜デウスドラゴンに壊されたのだと聞けば店員はひどく驚いた様子を見せるがそこはやはり商売人のプロなのだろう、すぐに落ち着きを取り戻し魔法効果が消されることがあるなどという新情報を頭に入れつつも渡された片手半剣バスタードソードをまじまじと見てふとした疑問を口にする。


「その辺りは詮索無用だ」

「……分かりました。形自体は奇抜なものでもないので鞘もすぐに用意できるでしょう。そうですね……明日の朝には必ず」

「おう、それでいい。その間これは預ける。解析できるもんなら好きにしてくれて構わんぞ」

「いいのですか……?」

「ああ、それぐらいはな。ただ、盗む、盗まれた、無くしたとか理由問わず紛失したらその時は……な?」

「も、もちろんです」


 どこから手に入れたのか、その辺りは堪えずに片手半剣バスタードソードを預け、ついでに脅しておく。

 その脅しに店員は顔を少し青くしながらもハッキリと答え、それを見て大丈夫そうだとアカムは判断して武器屋を後にする。

 店員としてはその気はなくとも全く笑えない脅しであり、しかもその相手が今話題のアカムであるのだからたまったものではなかったが最後まで顔を青くしながらも笑顔を作り続けたその店員はやはりプロであった。




「……ベヒーモスの次は神竜デウスドラゴンか。おまけにキリングアイズの魔石が十体分……もう化物だな、お前」

「失礼な。普通の人間族ベーシスだぞ」


 武器屋を出た後、アカムはギルドで魔石を換金したのだが、その際、その鑑定結果を見たギルドマスターのエルマンドにほとほと呆れた様子でそんなことを言われる。

 実際に鑑定を担当したのはエルマンドではなくギルドの窓口を担当する普通の職員だったのだが、鑑定結果を見て大声をあげて驚くと共にそのまま固まって動かなくなってしまったため代わりとしてエルマンドが対応していた。

 ちなみにキリングアイズは十体以上倒していたが、それなり離れた位置からでも光線を放ってくるために回収もそこそこにさっさと先へと進んだために十個しか回収できなかった。

 また、以前倒した時は宝箱も付随して現れたが極々稀に出会うのと恒常的に出会うのは勝手が違うのか宝箱は一つも現れてはいない。


 職員の代わりに対応したエルマンドは普通の人間族ベーシスなどとのたまうアカムを見て心底呆れた視線を送るが、アカムはそれを努めて無視した。

 本当はアカム自身、もはや普通ではないことは理解しているのだが自分から完全に認めるのはそれこそ普通を止めるような気がしてならないので、普通なのだと言い張ることにしているのだ。


「で、まあここまできたら異界迷宮を最後まで攻略するんだろう?」

「ああ、ここまで来て途中でやめるとはさすがにないだろ。異界迷宮の完全制覇、やってやるよ」


 それからかけられた問いに、数日前にウルグにも言った宣言をアカムは再び宣言することで答える。

 前回はその声が聞こえる範囲に人はいなかったが、今回は静まったギルドの中での宣言だ。

 いくら真昼間で閑散としているとはいえ、迷宮に行かずに図鑑を読む冒険者も数人ではあるが存在し、何よりギルド職員は普通にギルドで業務を片付けていて、その宣言をハッキリと聞いていた。


 異界迷宮の完全制覇などという前代未聞の宣言。

 しかもアカムは実際に九十階層まで来ており、かなり現実味を帯びているのだからそれを聞いた人の、特に冒険者の反応はすごかった。


「ま、マジかよ! さすが異形のアカムさんだぜ!」

「完全制覇……それができたら世界中が驚くだろうな……」

「絶対達成してくれよ! その時を待ってるからな!」


 冒険者が口々に驚きの声をあげたり、激励の声を飛ばす。

 いや、それは冒険者だけではなかった。

 ギルド職員もまた高揚してそれぞれ騒ぎ立てて、ギルド内はあっという間に騒然とし始めていく。


「はっはっは! お前さんにしては珍しく場を盛り上げてくれるじゃねえか!」

「どうせ九十階層突破やらなんやらで騒がしくなるんだ。もうここまで来たら開き直って盛り上げるしかないだろう」


 すこし呆気にとられたような顔で黙っていたエルマンドもギルド内に響く声に我に返って大声で笑い、アカムを囃し立てる。

 そんなエルマンドにアカムは胸を張り、少し得意気な顔をする。


 エルマンドが呆気にとられたのはアカムの行動がらしくなかったからだが、その発言の理由は単なる開き直り。

 ベヒーモスを倒した時点で異界迷宮都市全体で大騒ぎになったのだ。

 であれば、九十階層の守護者ガーディアンである神竜デウスドラゴンを倒したとなればさらに大騒ぎになることは必至。

 そうなるともはやアカムがどう避けようとしても目立つのは不可避である。

 だったらもう開き直って盛り上げ、それを楽しんだ方がいいだろうという考えであった。


 それからアカムはイルミアの待つ自宅へと帰る。

 流石に家へと帰る途中で自ら吹聴することはなかったが、どうせ吹聴しなくてもギルドにいた連中が喜んで吹聴して明日には広まっているだろうからだからする必要もない。


「思い切りましたね」

「まあな。開き直ったってのもあるが、前にウルグもいってたろ。俺もそれに倣って、生まれてくる俺の子にカッコいい姿ってのを残しておかないとってな」

「なるほど。ですが、一つ忠告を。子に必要なのは名声ではなく傍にいて見守ってあげること。高い目標を目指すのはいいですが無理なら例え周りが何と言ってもやめて、生きて傍にいてあげるべきです」


 アカムの言葉に頷きつつも神妙な様子でそう忠告するアイシス。

 その顔を見て、アカムも真剣な様子で頷いた。


「そうだな、そのとおりだ。忠告ありがとう」

「はい。私もマスターが生きて帰れるように全力でサポートします。……私の弟か妹のためにも」

「ああ、よろしく頼む」


 そして開き直って少し浮いていた気持ちを引き締めつつ二人は互いに笑みを浮かべ合ったのだった。


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