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85話 習慣

 アカムが九十階層の守護者ガーディアンである神竜デウスドラゴンのゴドラと戦い始めたのはまだ朝も早い時間で、戦闘時間は一時間も無かった。

 結局大きなダメージを追うことなく倒したアカムだったが、ゴドラの攻撃は当たれば即座に命を失うほどの威力を秘めていた。

 そんな攻撃が絶え間なく放たれ、それをひたすらに避け続けていたからか、肉体的な余裕はあっても精神的な疲労はそれなりに大きく、アカムはアイシスと先の戦闘について振り返りながらも大広間の中で少しゆっくりと時間を取って休憩してから石版を使い、九十階層の別のエリアに転移した。


 そしてそれからしばらくして太陽が真上に位置する丁度真昼時。

 アカムは九十階層の一つのエリアだけ攻略して早々に自身の転移部屋まで戻ってきていた。


守護者ガーディアン戦の後にあれはな……」

「別に大した相手ではなかったと思いますが。魔力障壁を貫いてくるわけでもないのですから」


 疲れたように呟くアカムの言葉に、アイシスは少し首を傾げつつそんなことを言う。


「分かってはいるが……さすがに守護者ガーディアンと接戦したあとでアレがあの数で出てくるってのは心臓に悪いぞ」


 アイシスの言葉にアカムもある程度納得した様子を見せつつも、首を振る。

 戦うことは嫌いではなく、むしろ大好物といってもいいアカムだが、流石に守護者ガーディアン戦の後、それも一歩間違えば死んでいたかもしれない戦いの後でさらに戦闘を重ねたいと思うほど戦闘狂でもなかった。


 とはいえただの魔物相手であったならばアカムもここまで疲れた様子は見せなかっただろう。

 問題は転移した先のエリア、周囲一帯障害物の無い平地が広がるそのエリアにいた魔物が、ただの魔物などではなかったということだ。

 転移した先でそのエリアの特徴や周囲の状況などよりもまずアカムはその魔物の姿を確認した。


 高さだけなら神竜デウスドラゴンにも迫る巨体を二本の足で支えて立つ巨人。

 その巨人の身体には無数の線が刻まれており、アカムはその姿を知っていた。


 それはキリングアイズ。

 遭遇式エンカウントタイプのエリアで極稀に現れる、出会うことは死ぬことだと冒険者の間で恐れられている存在。

 かつてのアカムも無理をして魔力収束砲を使わなければ倒すことが叶わなかった相手。

 それが、アカムの視界内に少なくとも十体ほどいたのだからアカムは思わず目を見開いた。


 もっとも、機械因子オートファクターで両腕だけが機械化していたころと違い、今のアカムは両脚も機械化され、翼も手に入れている。

 さらには魔力量とその回復量も格段に向上しているのだから、今更キリングアイズを相手にしても全く問題はない。

 

 実際、アカムがその光景に驚いて目を見開いたのとほぼ同時に視界内だけでなく後方にもいたキリングアイズたちが一斉に目を開いて光線を放ったが、その光線は全て魔力障壁によって防がれた。

 しかもキリングアイズの光線に込められた魔力などすでに取り込めるのだから障壁が破られるはずもない。


 故にキリングアイズはもはや敵にすらならない相手であるのだが、かつてはアカムも他の冒険者と同じように恐れていた存在だ。

 普段ならともかく守護者ガーディアン戦の直後となると複数のキリングアイズの光線が目の前で魔力障壁に防がれている様は非常に心臓に悪いものだった。


 結局、アカムはその光線が収まると同時にキリングアイズにある程度近寄り、ゴドラとの戦いで得た新しい武器である片手半剣バスタードソードで斬り裂いて倒すというのを繰り返し、特に苦労なく切り抜けてエリアを攻略したのだが、その道中、五十を超えるキリングアイズと出会い、無数の光線を受け続けた。


 それは守護者ガーディアン戦で激戦を繰り広げた後のアカムにはある程度の精神的疲労を与える程度の効果はあり、こうしてまだ昼時という早い時間にアカムを迷宮から帰還させることに成功したのだった。




 そんなわけでまだ日も高い中地上へ戻ってきたアカムはいつも通りに視線を集めつつギルドへと向かう。

 視線が集まるわりに人がアカムに近寄ってこないのは、その姿が発する威圧感と以前ギルドである程度説明したときに脅した効果もあるのだろうが、事ここに至っては抜き身の片手半剣バスタードソードを持ち歩いているのが主な理由だろう。


 以前の武器であった大鉈と片手半剣バスタードソードではその大きさも形も違いすぎて大鉈の時使っていた鞘が使えず、仕方なく抜き身のままで持ち歩いていて、威圧感よりも何よりも単純に近づくと普通に危険だからこそ人が寄りつかない。

 アカム自身は人通りが多かったり、ある程度近づいてくるようであれば多少目立つことは我慢してでも片手半剣バスタードソードを持った腕を飛ばして誰かに怪我をさせないよう配慮するつもりだったのだがそんなことは知らない人々に察しろというのは難しく、その結果予想以上の避けられ具合に少し居心地悪そうにしている。


「んーこれは先に武器屋言って鞘用意してもらった方がいいか」

「そもそもなぜマスターは武器を持ち歩くのですか?」

「武器が無いと戦えないだろ……まあ機械因子オートファクターだけでも確かに十分だが」


 突然言われたアイシスの問いにアカムは何を言っているのかと呆れながら返答するが、どうもアイシスは納得していないらしく首を振る。


「街中で剣などが必要なほどの問題が起こるでしょうか?」

「そんなのことはないだろうな。酔っ払った冒険者とかいて問題が起きても……武器を使うほどじゃないな。機械因子オートファクターもあるし」

「では持ち歩く必要などないでしょう。どうせ迷宮内でしか使わないのですから転移部屋にでも置いておけばいいのでは?」

「……その手があったか」


 剣を転移部屋に置いておけばいい。

 その提案を聞いてアカムは初めてその方法に気付きやや間抜けな顔を晒した。

 アイシスとしては何か転移部屋に置いておけない理由でもあるのだろうかと疑問に思いつつのなんとなくの提案だったのだが、アカムの反応にそうではないことを察して呆れた様子を見せる。


「盗まれるなどの理由からあえて置かないようにしていたとかじゃないようですね」

「……むしろ転移部屋に置いてある方が防犯上は安心だろうな。俺のギルドカードが無いと開けられないし」


 さらに詳しく聞いてみればむしろ転移部屋の方がある意味防犯上は優れているようで、アイシスはますます呆れた様子を見せる。

 そんなアイシスに苦笑するアカムだが、それは一概に自身が悪いとは言えないではと内心で言い訳をしていた。


 武器を持ち歩くのも街中で酔っ払った冒険者などに絡まれ辛くするための示威行為の一貫であり、武器を持って暴れるモノを取り押さえる手段でもあるのだと冒険者に成り立ての頃に先輩の冒険者から教わったことを機械因子オートファクターによって身体の多くを機械化した後も習慣として続けていただけなのだと。


 もっとも、三十階層まで一人で攻略していた時点でアカムの実力は冒険者の中でもそれなりに上位に位置しており、街中で暴れるような連中の実力は中位程度のものでしかないので素手で取り押さえることも可能だった。

 絡まれるのを防ぐ示威行為としての武器の携帯もアカムが『潔癖』の異名で認識され始めたころにはその存在自体が恐れられていたのでそちらの意味でも武器を携帯する必要性はなくなっていたのだが。


 あれこれと言い訳を考えているうちにその辺りにアカムも気づいたが、それは自らの名誉のために押し殺すことにして何もかも習慣が悪いのだと結論付けて頷いた。

 アイシスも別にこんなことで己のマスターを貶めたいわけでもなく、ちょっとした雑談程度に話を続けていただけであり、どうやら何かしらの答えを出したようだと頷くアカムを見て悟りこの話はそれ以上触れないことにして楽しそうに笑みを浮かべてその肩へと座る。


 尚、人が寄りつかないからといってアカムは今や異界迷宮一の有名人であり、注目されていないはずが無かった。

 いつもであればもっと気を付けているのだが、今回は守護者ガーディアンと激戦を繰り広げ、その後にはキリングアイズの集団と出くわして精神的にかなり疲れていたのか、何もない所へ向かって何かを話すアカムの様子や、突然苦笑したりと表情を変えるアカムの様子がハッキリと見られていて、それを見た多くの人が迷宮の深層に潜ったせいで精神をおかしくしたのではと心配していた。


 そんな噂がイルミアの耳にも入って呆れられるのは数日後のことである。


だいぶ遅くなりました

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