81話 武器
人型になったゴドラの姿はアカムと同じぐらいの大きさで、腹の部分を除いて全て鱗で覆われていて、その姿は龍人族に翼と尻尾を付け足したような姿だった。
どうやらただ人型の形態では的が小さくなるだけでなくその姿そのものが竜体よりも小回りが効くようで回避能力に優れているらしいことを先ほど魔力収束砲を躱した動きからアカムとアイシスは察していた。
おまけに身体が小さくなった影響かどう考えても竜体時よりも遥かに移動速度が速いもので、人型のまま追われれば即座に追い付かれるのではと感じるほどだ。
だが、そうして姿を見ている合間にゴドラは元の竜の姿へと戻り再びブレスの雨を降らせてきた。
『なぜ回避の時だけしか人型にならない? あの状態でも俺を殺すだけの力はあるならより速く動ける人型のほうが有利なはずだ……手を抜いてる?』
「いえ手抜きというわけではないでしょう。確かに人型だと体積が小さくなるからかより速く動けるようですがその間魔力がかなりの勢いで減っていましたからおそらくはそのためですね」
『減っていた? あいつも魔力は無尽蔵なんじゃ……』
それを躱しつつ、アカムが姿を戻したことに首を傾げてブツブツと考える。
その言葉にアイシスが反応し、解析して得た情報から推測を述べるがそれは少し前の情報と違うことに疑問を持つ。
「ええ、竜体時には確かに無尽蔵です。が、人型になると魔力回復力がゼロに近いレベルで低くなるようですね。おまけに人型になるというのも魔力を大きく消費し続けるようですからあちらとしても人型にはあまりなりたくないようですね」
『なるほど……だからこそ回避のときかカウンターを狙うときぐらいしか使わないと。あの速さは少々厄介だから、あのままで攻められることは無いってのはこちら側に有利な情報だな』
「ただ、竜体と人型の形態変化に必要な時間は一瞬で竜体になりさえすれば減った魔力も即座に回復していますので何とも言えませんけどね」
首をひねるアカムにアイシスは詳しく説明し、その情報にアカムは少しだけ安堵する。
そんなアカムを戒めるように不安要素になる情報も伝えておく。
それを聞いたアカムも、アイシスが口にした情報の意図を把握して少し緩んだ気を引き締め直し、ひたすらブレスを放つゴドラを睨む。
現状ゴドラの放つブレスは全て避けることができているが、それだけで攻めに転じることができていない。
ただ魔力収束砲を撃っても容易に回避されるのだから考える必要がある。
例えば、人型になっている間は急速に魔力を消費するらしいことから一度人型にさせて竜体に戻らざるを得ない状況に追い込み、竜体に戻った直後に魔力収束砲を放てば当てられるかもしれない。
そのためにはやはり両腕で魔力収束砲を撃てればいいのだが、とアカムは考えチラリと自身の左腕を見る。
左腕には未だ大鉈を構成していた黒鋼が絡みつきその動きを制限している。
何度も剥がそうと左腕を曲げようとしたり、右手で砕こうとしているのだがどういうわけかビクともしない。
本来、機械因子の力であれば黒鋼程度はまるで障害にならないかのように砕くことができるはずなのだが、今左腕に絡みついている黒鋼に対しては全く歯が立たない。
『っ! 力で無理なら熱で溶かせばいいな』
「なるほど……では属性変換で魔力を炎にして纏わせますか」
どうにか外せないかあれこれと試しているときふとアカムが解決法を思いついてそれを口に出す。
それを聞いてアイシスもその考えに賛同し、早速属性変換機能を用いて左腕全体に炎を纏わせる。
風圧防護壁と同じように機械因子五つ分の制御能力により他の属性もまたかなり自由に操ることができるようになっているために、属性変換により生じた炎は周囲に移ることなく、左腕に絡みつく黒鋼に集中して纏わりつく。
ゴドラのブレスを避けながらの作業であるために幾分使える魔力量が少ないのだが、それは狭い範囲に炎を圧縮することでカバーすれば、その炎の温度はかなり高いものとなった。
『よし、大丈夫そうだな……後は任せた。俺は回避に集中する』
「……あ、はい。お任せください」
そして黒鋼が赤熱したのを見てようやく溶けるかとアカムは安心し、とりあえず全部溶けるまではアイシスに任せて自身はゴドラのブレスを回避することに専念し始める。
一方その横でアイシスが驚いたような、はたまた呆れたような表情をしていることにアカムは全く気付かなかった。
黒鋼が赤熱しているのは溶けだしているからではなかった。
そもそも赤熱した状態は金属が溶けているわけでもなく、それだけ温度が上がっているのを示しているだけなのだが、アカムはその辺りはよく知らないため赤熱したのを見て溶け始めたと勘違いしている。
もっとも、今左腕に絡みついている黒鋼の赤熱は温度が上がっているからですらないのだが。
いや、一応温度はある程度上がっているのは確かなのだがそれが主原因ではないと言った方が正しい。
どういうわけか属性変換された炎の魔力が黒鋼へと取り込まれ、一時的に大量の火属性の魔力を内包している影響から黒鋼が赤く発光しているのだ。
一時的にというのは黒鋼へと流れ込んだ魔力が火属性から元の魔力へと戻っているからだ。
つまり、実際に黒鋼に内包されているのは火属性魔力ではなく、アカムの異常な性質の魔力である。
その動きを感じ取ったアイシスは黒鋼が魔力を取り入れているのではなくアカムの魔力が黒鋼へと流れ込んでいることを察していた。
そして心の内でまたか、と思いながら呆れていた。
考えてみればこの黒鋼は、今まで属性変換で雷を流すと言った形で散々アカムの魔力を流されてきた。
機械因子すらも浸食され、進化させられたのだから大鉈もまた同じように浸食されていてもおかしくはなかったのだ。
どうせここまで来たら勝手に進むだろうからとアイシスは炎を見かけだけ激しいようにして消費を抑え、その分属性変換をしない純粋な魔力を黒鋼へと流し込み始めれば、異常な魔力からなる精霊だからだろうか、黒鋼が少しずつ変質していくのがアイシスには分かった。
どのような結果が待つのかはまだ分からないがそれは恐らくアカムの力になることで、とても奇妙なことになるだろう。
その奇妙な光景にアカムも自身の魔力の異常性に気付くかもしれない。
だが、気づかせてはいけないのだ。
アカムの魔力は、アカムの意思を介さないからこそ異常性を発揮できるものなのだから。
その特性を知り変に意識してしまうと今までうまくいってたものが瓦解しかねない。
だからこそアイシスは呆れていた。
そしてもしかして自身が精霊として生み出されたのはこういった状況で誤魔化すためではないのかと思えてならなかった。
それはさておきだ。
とにかく今の内から言い訳を考えねばと思うと、アイシスは魔力体であるために感じるはずのない頭痛を感じたような気がして少しだけ顔を顰める。
アカムは未だ回避することに集中していて特に異常を感じていない。
どうもゴドラのブレスによる攻撃の苛烈さが増して一層集中して回避しているようだった。
それでもまだまだ余裕はあるようでアカムはその全てをあっさりと躱している。
その様子を確認してしばらくは考え込んでも大丈夫そうだとアイシスは言い訳を考え始めた。
それから少しして、魔力を流し込み続けた黒鋼に変化が起きた。
まずアイシスはその黒鋼が機械因子を構成するものと同じ素材に変化していることに気付く。
その金属は金剛鉄と呼ばれ、あらゆる衝撃や熱などに耐える、特殊な加工法のみで形を変えることができる最高の金属である。
魔導機械の技術の全てをつぎ込んでも膨大なコストをかけてようやく作り加工することができるソレがただ魔力による変質で造られてしまったその光景にアイシスは呆れかえっていた。
おそらくは今まで触れてきた機械因子から情報を得ていたのだろうが出鱈目もいいところである。
そして、ただ金剛鉄になっただけでなく左腕から剥がれて形を変えていく。
特殊な加工でしか形を変えられないはずのソレが魔力によって勝手に変形していく様は、本来の加工法を知っているアイシスからすれば信じられないものであるが、もはや呆れることすらなく全てを受け入れて、とりあえず左腕から完全に離れた金剛鉄にワイヤーをひっつけてどこかへ飛んでいかないようにして変化が終わるのを待った。
そして出来上がったのはその全てが金剛鉄で造られた、刃渡りがアカムの足元から胸ほどにまである一本の剣だった。
刃渡りがそれだけあるというのに刃幅は普通の長剣程度でしかなく、おまけにひどく薄くて鋭い代物だ。
さすがにそんなものができれば回避に集中しているアカムも気づく。
『……なんだそりゃ?』
「……えー、マスター、お待たせしました。無事左腕を固定していたものは取れ、ついでにそれを使って武器を作っておきました。機械因子の導入に使う資材がほんの僅かに余っていたのでそれを使って補強してありますのでまず壊れることはないでしょう」
『そんなこともできたんだな』
「ええ。まあ、もう資材も空なので次からは普通の武器しか作れませんけどね」
アイシスの言葉を聞いて納得してアカムがその剣を手に取る。
今まで扱ったことのない大きさの剣であるが握った感じは悪くなく、むしろこれ以上なくしっくりくるものだった。
改めてその剣をよく見てみれば肉薄の長剣の刃渡りをより長くしたもののようで、刃も柄も全てが同じ金属でできていて装飾など一切ない武骨な長剣だ。
見た目も握った感じも悪くない、とアカムは思ったが《不壊》の魔法効果があった大鉈が壊されたブレスを受ければどうなったか分かったものではなくそこが少し不安だった。
その不安が的中するかどうかを確かめるため、アカムはブレスを回避すると同時にその刀身を降り注ぐブレスへと突き入れたのだった。