80話 熔解
アカムが一撃を入れたことで前哨戦は終わり、両者はしばし睨みあう。
睨みあう両者はどちらも楽しそうに笑みを浮かべていたが、そんな束の間の静かな時間もすぐに終わり、まるで打ち合わせていたかのように同時に動き出す。
アカムは先ほどと同じように速度を瞬間的にゼロにして、次の瞬間には最高速度で動く瞬間停止と瞬間加速を繰り返す高速軌道を取り、ゴドラはその動きを予測して壁にするようにブレスを放つ。
「マスター、避けてください」
『っ! そう簡単にはいかないか!』
そのブレスはアカムの魔力障壁を貫く程度の威力を維持したうえでできうる限り範囲を広げたもので、それを見抜いたアイシスが回避することを促す。
そのブレスを回避することには成功したが、最低限の威力を維持して効果範囲を広げられたそのブレスを回避するためにやや大きく動くことを強いられ、そのことにアカムは愚痴を零しながらも再びゴドラへ接近しようとする。
『くっ!』
「これだけの魔力を連続で消費しても減った様子がありませんね」
だが、ゴドラは今のブレスがある程度効果的であることを確認したのか、同じようなブレスを雨のように何発も連続で放ちそれを妨害してきた。
降り注ぐ灼熱のブレスをアカムは全て回避するがその代わりにゴドラへと近づくことができず、アカムは声を漏らし、アイシスはそれだけのブレスを連続で放っておきながら魔力がまるで減っていないことを感じ取ってそれを告げている。
それを聞いてアカムは苦笑いを浮かべる。
アカムは機械因子を手に入れる前から継戦能力で敵に負けたことは無かった。
それは身体強化の魔法がただ身体を強化するだけでなく体力の代わりに魔力を消耗する効果があるからだ。
アカムの場合魔力はいくらでも使えるが、普通はどれだけタフな相手でも最終的には魔力が枯渇してしまう。
伝説のベヒーモスすらも魔力を減らして最後には残った全魔力を注いだ攻撃をしなければならない状況へ持ち込めるほどにアカムの継戦能力は高い。
その能力は空腹などなければそれこそ永遠に戦い続けることができるほどだ。
だからこそ最終的には粘り勝ちもアカムは一応候補に入れていたのだが、ゴドラもまた無尽蔵の魔力を有していることを示す情報にそれが不可能であることを知り思わず苦笑いを浮かべてしまったのだ。
『まあ、話は単純になったか……とにかく勝つなら相手の攻撃を防ぎ躱して叩き潰せばいいだけってな!』
「そのためにまずは集中してブレスを避けてくださいね」
『言われなくてもっ!』
だが、それで折れることは無くアカムは一層気合いを入れて降り注ぐ雨のようなブレスを躱していく。
それも今まで以上に細かく複雑に方向転換することで的を絞らせないように動くことで徐々にゴドラとの距離を詰めることに成功していた。
『ちょこまかと!』
『当たるかよ!』
近づけば近づくほどゴドラはアカムを捉えることが難しくなりその分だけアカムが有利になっていき、ゴドラは悪態を吐く。
そしてついにゴドラはアカムを捉えきれなくなり視界からその姿が消える。
そうなると改めて視界にいれようとしてもアカムは死角から視覚へと異常な速度で飛び回り捕捉するのは極めて困難な状況となりゴドラは少し慌てキョロキョロと首を振るがアカムを捉えることはできなかった。
もっとも視覚だけが相手の位置を知る術ではない。
特にアカムは膨大な量の魔力を宿し、さらには常時魔力を放出しているのだからそれを探知することは容易だ。
少し落ち着きを取り戻したゴドラはそれを感じ取ろうと意識を集中させ、アカムの魔力を感じ取った。
だが、それは少し遅く、すでにアカムはゴドラの頭へと大鉈を振り下ろそうとしているところだった。
『なっ!?』
そして次の瞬間、驚愕に声を漏らしたのはアカムだった。
直撃するかと思えた大鉈が突然ゴドラの姿が消えたことで空を切ったのだ。
そして何が起きたのか把握するよりも先にアカムは鱗に覆われた人と同じぐらいの拳が迫っているのが目に入った。
『ぐあ!?』
咄嗟に左腕でそれを防ぐがその拳の一撃は想像以上に重いものでアカムは勢いよく後ろへと弾き飛ばされた。
急いで推進装置を使って体勢を整えたアカムが見たのは翼を生やした人のような姿の何かが巨大な竜へと変じた瞬間だった。
アカムはその光景に驚き固まる。
「マスター!」
『しまっ!?』
だが、それはこの状況で致命的な隙であり、そんな隙を晒したアカムに魔力障壁を容易く貫くだろう威力を秘めた凝縮されたブレスが放たれる。
反応が遅れたために避けきることができないところまでブレスは迫っていてそのまま直撃するかと思われたがアカムは咄嗟に大鉈でそれを防ごうと体の前に翳した。
アカムの持つ大鉈は《不壊》の魔法効果を持つ魔法付呪品だ。
《不壊》魔法効果がある故に盾としても十分な効果が期待できるそれをやや傾けて構えると、ブレスが直撃して傾きに沿うように流れていく。
「ぎりぎりでしたね」
『ほぼ偶然……っ!?』
その様子にアイシスが難を逃れたことを口にして、アカムもそれに答えようとした時、パリンという何かが割れた音がした。
その音と同時に大鉈がブレスに呑み込まれ一瞬の間にドロドロに溶けそれを見たアカムはギョッとする。
それはつまりゴドラのブレスによって大鉈に掛かっていた魔法効果が破壊されたという事であり、そのブレスの威力がそれだけ強力なものだということを示していた。
ただ幸いにもアカムはブレスを防いでいる間も効果範囲外に逃げようとしていたために大鉈を溶かしたそのブレスががアカムに直撃することは無かった。
『クソがっ……っ!?』
「先ほど溶けたのが絡みついて!?」
悪態を吐きつつ両腕を動かそうとして左腕に予想外の抵抗を感じてアカムが驚き、アイシスがその原因を悟って声をあげる。
アカムの左腕には大鉈を構成していた黒鋼が左腕に絡みついて冷え固まっていて肘の辺りが固定されていたのだ。
アカムは溶けてすぐにしては固まるのが速すぎるとも思ったがそれよりもまずそれを解こうと力を入れて左腕を動かそうとする。
だがどういうわけか黒鋼は機械因子の力にビクともせず左腕の動きを制限したままだ。
『糞っ! 外せねえ!』
「っ! 推進装置起動!」
そのことに文句をいうアカムのことなど構わずにゴドラがブレスを放っていたためアイシスが制御を引き受けてそれを回避する。
アカムもその動きにゴドラの存在を思い出して集中して回避していく。
予想外の事態から左腕の動きが制限されたが動き自体に問題はなく、まずは目の前の攻撃を切り抜けようとアカムは激しく動き回った。
『腕のことはさておき、さっきアイツ人型になってなかったか?』
「ええ、確かに。マスターの攻撃が直撃する瞬間一瞬にして人型になり虚をついて拳の一撃を繰り出してきました」
『そうして吹き飛ばしたところに竜に戻って強烈なブレスか』
回避しながら、先ほど受けた攻撃が何だったのかを二人は整理していく。
アイシスはあの時何が起きたのか見ていてそれをアカムに伝えれば納得したように頷いた。
人型になっての回避。
そんな方法で回避してくるなんて予想しようがなくあまりにも忽然と消えたことにアカムは呆気にとられて隙を晒してしまった。
その結果が大鉈を失い、左腕に制限が掛かった現状なのだからアカムは苦い顔をして隙を晒したことを悔いていた。
だが、今は尚も戦闘中なのだからそんな思考もすぐに振り払いゴドラの放つブレスを回避することに集中しながら、どうすれば倒せるのかを考えていく。
『……まあ、これしかないよな』
アカムは己の右腕を見て呟く。
使おうとするのは機械因子の中でも最高の威力を誇る攻撃手段である魔力収束砲。
アカムは気づいていないがベヒーモスと戦っているときに魔力収束砲は進化を遂げてその威力を大幅に上げており、その威力は神竜であっても当たれば容易に倒すことができるだろう。
『じゃあ頼む』
「了解、魔力収束砲の発射準備を開始」
そうと決まれば早速とばかりに回避しながらもアカムは魔力収束砲を撃つ準備を始め、前腕部が傘のように開き、肘と肩が固定されると魔力のチャージが開始される。
これが魔力が増える前であれば魔力収束砲のチャージ時に飛行できなくなるところだが、魔力が大幅に増えた今のアカムであれば空を高速で飛行しながらでも十分にチャージすることが可能であった。
『させるか!』
『くぅ!』
「やらせません!」
もっともゴドラも黙って見ているわけはなく、魔力が異常に集められていることに気付いて阻止しようと今まで以上に苛烈にブレスを放ち始めた。
チャージしている関係でアカムの移動速度は少しばかり落ちており、回避は難しくなっていたのだが、そこはアイシスが回避運動の制御を引き受け機械因子の捕捉機能と情報処理能力を活かした超速反応によりそのブレスの尽くを回避する。
そして避けること十秒ほど。
魔力収束砲のチャージが完了していつでも発射できる状態となった。
『発射ァ!』
それを確認してアカムはすぐさまソレを放った。
膨大な量の魔力からなるその一撃は真っ直ぐゴドラへと向かう。
当たれば確実にゴドラを屠れるほどの威力を秘めたソレはかなり速くそうそう避けれるようなものではないはずだった。
だがしかし、その一撃はゴドラにあっさりと躱されてしまった。
『正面からただ撃っても駄目か……』
「あの姿はどうやら回避能力に優れているようですね」
魔力収束砲をあっさり回避されてもそこまで動揺した様子もなく二人はゴドラの姿を見据える。
二人の目に映るゴドラは巨大な竜ではなく、翼を大きく広げた人型の姿になっていた。