79話 空中戦
アカムと神竜のゴドラは同時に空へと飛びたった。
アカムはいつの間にかエアマスクも装着して高速飛行モードへ移行しており、翼の推進装置だけでなく脚の推進装置もフルに使っての飛行速度はかなりのもので音を遥か後方へと置き去りにしている。
それだけの速度で飛べば空気は壁となり、衝突により衝撃波を巻き散らかすが、空気が衝突するのはアカムの展開している風圧防護壁であり、綺麗な円錐型の衝撃波を一つ発生させるだけでその衝撃波がアカムに影響を与えることはない。
一方ゴドラも負けてない。 翼膜から魔力を噴出してその巨体を持ち上げるばかりか、アカムに並ぶ速度で空を飛ぶ。
ただこちらはアカムとは違い身体を魔力などで覆ったりはしていない。
翼の端から反対の端まで軽く100mを超えており、それだけ空気と衝突する面が多いにも関わらずアカムと同等の速度、すなわち音速以上の速度で飛んでいるのだから特に防護壁を纏っているわけでもないゴドラの周囲では衝撃波が乱発生していた。
おまけにゴドラの全身を覆う竜鱗が空気を裂き、より複雑な衝撃波を産み出しているばかりか、周囲の気流を激しく乱し、まるで嵐そのものを纏っているかの如き様相で先のアカムを追いかけていた。
そう、今アカムは背を向けて飛びそれをゴドラが追いかけているのだ。
これはアカムが一旦距離を取ろうと動いたのを見たゴドラがそれを阻止するために動いたからで、それがそのまま追いかけっこに繋がったのだ。
図らずも両者の戦いはまず機動力の戦いとなったのである。
そしてその戦いは両者に全くダメージを与えないが、地上は衝撃波によりこれでもかと言うほどに荒れていく。
『振りきれんな』
「敵、ゴドラのあれは機械因子の推進装置と似た原理のようですからね。」
ゴドラがぴったりついてきて離れないのを見てアカムとアイシスが話し合う。
最初はなんだかんだであの巨体相手なら距離を取ることは容易だろうと考えていたのだが、その考えが即座に間違いであったことを気付かされて二人は軽く驚いていた。
もっともアカムはまだ余力を残しており、推進装置で使う魔力を増やせば速度をさらに上げることはできるが、それはゴドラも同じであろうという予感があった。
そのためアカムは単純に速度を上げることは選択せず別の手段で状況を変えることにして、早速行動を取ろうとする。
『っ!?』
「魔力障壁展開、どうやらあちらの動きのほうが一歩早かったようですね」
だがアカムが動くよりも先にゴドラが灼熱のブレスを放ったことで防御することを強いられ、アイシスが感心するように呟く。
しかしそのブレスが魔力障壁を破ることはなくやがて視界が開けると相変わらず追いかけて来ているゴドラの姿と、先のブレスが降り注いで焦土と化した地上が目に入った。
『結構な威力のブレスだな』
「ただ放射状に放っている分、威力が分散しますから問題なく防げます」
その光景に思わず呟いたアカムだがその表情には余裕が感じられた。
アイシスも落ち着いた様子で今の攻撃を正確に把握して問題が無いこと分析する。
そうして余裕を見せる二人にゴドラが再びブレスを放つ。
そのブレスは話を聞いていたわけではないのだろうが、先ほどのような放射状に拡散するものではなく一直線にアカムを貫こうと集約されたものだった。
凝縮されたそれはアカムの魔力障壁を貫くほどの威力を秘めていたが、凝縮された分、範囲が限られたそれをあっさりと螺旋を描くように回転しつつ横にずれることで回避した。
『今のは威力は十分だが』
「避けるのは容易いですね」
ブレスが来る瞬間、膨大な魔力が感じられるため察知もしやすくアカム達の余裕は崩れない。
もっとも今はどちらも様子見の段階、油断することなどできるわけもなく余裕の表情の裏では油断なく警戒しているのだが。
そして今度はアカムから動いた。
それはブレスが来る直前にしようとしていたことで、膠着した状況から脱するための手段だ。
ゴドラの先手によりすでに膠着は破られたと言えるのだか、だからといってその手段を取る意味が失われたわけではない。
それはこちらから攻勢にでるということなのだから。
『今度はこっちの番ってな!』
そんなことを叫びながらアカムはいったん背の推進装置を切って慣性だけで宙を飛びながら踵の推進装置を起動して体勢を変え、ゴドラを正面に見据え頭は下、地上へと向けた状態になる。
そのまましゃがむように身体を一度丸めると顔をあげ身体強化をかけられるだけ全力でかけ、一気に身体も脚も伸ばすと同時に推進装置を起動した。
魔力の結晶によってアカムの魔力貯蔵量と回復力は格段に向上し、相対的にアカムが意識的に使える魔力の量も増え、高い効果の身体強化を使えるようになった。
そしてその強化は機械因子にも及ぶのだ。
推進装置を起動したアカムは先ほどの比ではない速度で飛び出してあっという間に地上付近まで来ると再び転進、真上へと飛び上がる。
ただでさえ常軌を逸した速度による負荷は相当なものであるのに、その速度を瞬間的にゼロにする急制動、反転して直後には一瞬で最高速度まで急加速する動きを繰り返すその機動により生じる負荷は尋常なものではない。
だが機械因子によって補完され、さらに身体強化の魔法を使用しているアカムの身体はその負荷に悠々と耐えている。
その高速機動にゴドラも追いつけない。
単純な速度であればゴドラも負けてないのだが、その巨体はどうしても小回りが効かないのだ。
そしてゴドラの直下からアカムが迫る。
ゴドラはそれを迎え撃つために顔を向けて拡散するタイプのブレスを放った。
全てを覆い尽くすかのような灼熱のブレスが迫る。
だがそれを気にすることなくアカムはその中へと突っ込んだ。
魔力障壁はなく有るのは風圧防護壁のみの状態でだ。
だがその形は槍のように尖った形状になっていてその形によりブレスを流すことで魔力障壁よりも強度に劣る風圧防護壁であっても防ぐことに成功しブレスを突き抜けた。
ブレスを抜けて目に入るのは鋭く巨大な牙を見せるように口をあけ待ち構えるゴドラの姿。
どうやら噛みつこうとしているらしいがアカムは左腕の推進装置を起動して軌道を変えてゴドラの首横を通り抜けて回避して、さらに高度を上げてから再度転身すると流星の如く勢いで降下する。
『らぁああああああっ!』
気合いを入れる怒声と共に直前で足を下へと向けるように体勢を変えつつ両手に握った大鉈をタイミングを完璧に合わせて降りおろす。
―――キィン!
大鉈がゴドラの首へと直撃すると一瞬、金属同士が激しくぶつかったような音がしてアカムは激しい抵抗を大鉈を通して感じたが、振りおろされた大鉈が完全に止まることはなく竜鱗の一枚を砕きその内側へと刃が刺さるとそのまま一気にその身を抉りながらゴドラの下側まで抜けた。
『ぐぅ……!』
『まず一歩、俺がリードだな』
『……まさか、我の竜鱗がこうもあっさりと砕かれるとはな』
首から血が吹き出してゴドラは唸り声をあげ、アカムがゴドラの前方で静止して得意気に告げる。
それを受けたゴドラは首の傷を治しつつ楽しそうにして、アカムを賞賛するような言葉を口にした。
命を掛けた戦いであるはずなのに不思議と両者の間には険悪な空気はなく、純粋に戦闘を楽しむかのような空気が流れていた。
だが未だ両者ともに準備運動のようなものだ。
ゴドラも首を斬られたからといってその巨体の前には大した傷でもなく消耗は無いも同然だ。
そして準備運動は終わり、本格的な戦いはこれから始まるのだった。