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77話 昂ぶり

 翌日、アカムは朝早く家を出ていつも通りに迷宮に向かう。

 そしてその道中、アカムは人に群がられることも無く、人が勝手に避けていくから行動が阻害されるどころかかなり自由に動くことができた。

 昨日ギルドで取ったアカムの行動も一応効果はあったらしい。


「アカムさん! 迷宮行くんだろ? うちの出す串焼きはおいしいよ! 力が出るぞ!」

「ばっかおめえ! そんなもん食わせたら腹を壊すだろうが! それよりもうちの野菜と肉のサンドをな」

「おお……! あれが八十階層まで辿りついた唯一の冒険者、『異形』のアカム……! もう見た目からして格の違いを思い知らされるなあ!」

「………………!」


「なんでだ……なんでこうなった……」

「よかったですね、マスター。嫌われることも無くむしろ大人気。それでいて行動は一切邪魔されてませんよ」


 だが、かといって何事も無いかといえばそうでもなく、遠巻きからアカムの姿をみて騒ぎ、屋台からは是非買ってくれと声がかけられ、中には尊敬の眼差しを向ける他の冒険者の姿もあった。

 そんな現状にアカムは大きく肩を落としアイシスはニヤニヤと笑って茶化してくる。


 それこそ群がられて歩けないようならばアカムもキレていただろうが、人々もそれをしたら不味いとは理解しているのか近寄らず遠巻きから騒ぎ立てるだけだ。

 店の呼びかけも、普通の仕事をしているだけでしつこく誘ってくるわけでもない。

 なにより騒がれていると言ってもどれも好意的な声であり、そんな歓声を受けておいてそれを邪険にしたり無意味にキレるほどアカムの気性は荒くない。


 かといってこれだけの人々に騒がれ、注目を集めて得意になったり調子に乗ったりするほど若くもなく、開き直れるほど老成もしていないアカムは努めて耳に入れず、反応しないようにするしかできなかった。


「っていうかなんだ『異形』って」

「察するに新しい二つ名でしょうか」

「ああそうか……まあ、普通に見たら確かに異形な姿だしな」


 ついでに耳に入った単語について取り上げればアイシスがおそらくは、とその意味するところを口にする。

 それを聞いてアカムも納得する。

 最近は二つ名について触れることも耳に入れることも無かったためすっかりそんなものがあることを忘れていたが、言われてみれば自身の姿は異形であり、潔癖から二つ名が変わってもおかしくないと思えた。


 そんな感じでアイシスと小声で話して意識を人々の歓声から逸らしながら歩いていると、不意に肩を叩かれた。


「よう! 随分人気者だな! まあそれも仕方ないだろうが」

「ウルグか。お前よくこの状態の俺に話しかけようって思ったな」

「お前と違って俺はそこそこ目立ちたがりなんだよ。俺の息子にもカッコいい父の姿ってもんを見せんといかんしな。……まあ、その息子は最近お前の事ばかりでよう……一応『とーちゃんもすげえけどな』ってフォローしてくれるがそれがまた悲しくてな……」

「あー……まあ、元気出せよ」


 声をかけてきたのは獣人族ビーストのウルグだった。

 よくもまあこんな視線集まるところに来ようと思ったなと、アカムはその肝っ玉に感心する。

 それをそのまま伝えれば、ウルグは自身の考えを述べるが、何とも言えない父の苦労話にアカムは絞り出すように励ましの言葉をかけることしかできなかった。


「まあ、それはいいんだ。とりあえず聞きたいことがあったんだよ」

「聞きたいこと? 一体なにをだ」

「お前、結局どこまでいくつもりなんだ?」


 一度首を振って少し暗くなった空気を霧散させてウルグが至極真面目な様子で問いかけてきた。

 どこまでいくつもりなのか。

 ウルグはただそれだけがどうしても気になりわざわざ目立つ中アカムに声をかけたのだ。


 アカムはその質問に軽く笑みを浮かべる。


「決まってんだろ。ここまで来たら異界迷宮を完全制覇! これしかねえ」

「おお……言い切りやがったな……ま、お前なら多分達成しちまうだろうな。っていうか達成しろよ」

「もちろんだ」


 自信満々に言い切ったアカムに感心した様子を見せながらウルグは拳を軽くアカムに突き出して激励の言葉を贈る。

 アカムはその拳に軽く自身の拳を当てて答えるとニッっと笑みを浮かべた。


「ん、じゃあな。用はそれだけだしもう迷宮前だしな」

「ああ。そう言えばウルグ、お前はどこまで来てんだ?」

「おっと言ってなかったな。五十五階層だ……ま、戦って感じる限り多分俺はこの辺りが限界だな。それと俺よりはるかに強い奴がいるからアレになるつもりはねえ。だからさっさと迷宮制覇してお前がなれよな」

「アレ? ……ああ、アレか。そうだな迷宮制覇したらそれもありかもな」


 別れ際にアカムはウルグがどこまで来ているのかを確認し、返ってきた答えに軽く驚く。

 そんなアカムを他所にウルグは話を続け、明確な言葉を避けながら何かを仄めかすことを言う。

 アカムは一瞬なんの事か分からなかったが五十階層を突破したものに与えられる権利のことを思い出して納得した様子を見せる。


 とりあえずある程度乗り気な反応が見れたからかウルグは満足してさっさと自分の転移部屋へと向かってしまったので頭の隅で権利――ギルドマスターになることについて考えつつアカムも自身の転移部屋へと向かった。


「ウルグにはああいったけど完全制覇か……」

「あら、マスター。まさか自信がないのですか?」


 それから自身の転移部屋の中へ入ったアカムは大鉈から鞘を下ろしつつそんなことを呟く。

 その言葉を聞いてアイシスは意外な様子でそんなことを言うが、アカムは笑って首を振る。


「いや、自信はある。だが今まではただ迷宮に潜りどこまで行けるかってことしか考えてなかったからな。あの場で思わずああ言ったが、考えてみればもう終わりが近いんだなって思ってな」

「終わりが近いとなると迷宮は百階層で終わりなのですか?」

「一般的にはそう言われてるな。少なくとも各種族国にある迷宮は百階層で終わりらしい」


 だから、とアカムは言葉を続ける。


「後たったの二十階層。正直なところ守護者ガーディアンでもなければ余裕だから完全制覇まで手を伸ばせば届くところまで来ていると思う」

「油断は禁物ですよ」

「ああ、そうだな。油断は禁物だ……まず目指すは九十階層、油断はせずに全力で間の階層は駆け抜けるぞ」

「その意気です」


 意気込みながらそう呟くアカムに、アイシスは笑いながら忠告をする。

 その忠告に苦笑しつつアカムはとりあえずの目標を立てて、その目標まで一気に進めようと力強く宣言し、アイシスも気合十分といった様子のアカムに満足したようで微笑んだ。


 それからアカムたちは迷宮の中、八十階層へと転移する。

 ウルグの言葉と、自分が言った言葉。

 はっきり口に出すことでより明確な目標となったことでアカムは燃えていた。


 道中の魔物はもはや相手にならず雑草のごとく狩られていく。

 少し前までは手ごたえの無さに不満を感じていたアカムだが、この日は笑いながら蹴散らしていった。

 そしれそれは次の日もまたその次の日も同じだった。


 そうしてアカムは驚異的な速さで迷宮を攻略していく。

 天井の無いエリアは高速で飛行しながら目につく魔物を全て狩り、洞窟であっても狭い通路を高速で飛行して出口を探した。




 そしてアカムが八十階層の守護者ガーディアンを倒した日から四日。

 アカムは間の階層、全てのエリアを攻略して九十階層――守護者ガーディアンの待つ大広間手前の小部屋まで辿りついた。


「またかなりの速さでここまで来ましたね」

「ああ、迷宮に潜るたびにどうしようもなく昂ったからな」


 アイシスの言葉にアカムは笑みを浮かべてそう返す。

 地上にいる間は基本イルミアと一緒にいるからか落ち着いていられるのだが、迷宮に入るとアカムはすぐに気持ちが昂ってその思いのままに迷宮を攻略していた。


 そして道中は完全に無傷で切り抜けているためアカムの体調は万全で装備にも不備は見られない。

 それを確認し、少しだけ身体を解すように動かすとアカムは一つ深呼吸する。


 さすがに守護者ガーディアン戦ともなると通常の魔物を相手にするようにはいかないと集中し、顔からも笑みは消えて鋭い眼光で大扉を睨む。

 何時になく真剣な様子のアカムは、それだけで普通の人は失神してしまうのではないかと思われるほどの威圧感を放っているのだが、この場には邪魔する者は誰もおらず、唯一傍にいるアイシスも真剣な顔をしているだけで堪えた様子は全くない。


 それからついに大扉に触れるとゆっくり押して開いていく。

 少し開いた隙間から光が漏れてそれはまるでアカムを祝福するようだった。


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