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75話 変質

 八十階層の守護者ガーディアンベヒーモス。

 アカムは伝説の存在だったベヒーモスと膨大な魔力の撃ち合いをした。

 そして最後の最後、互いに出せる全力を持って撃ち出した魔力が片方の魔力を貫いて、相手の肉体を蒸発させたことでその戦いの決着はついた。


「オオオォォォォォォォ!!!!」


 決着がつきしばしの静寂が流れたそのエリアで勝者――アカムは思わず天へと叫んでいた。

 何せ相手は子供の頃に憧れた英雄の物語にでてきた伝説の存在だ。

 そんな伝説の存在に打ち勝ったということは物語の英雄と肩を並べたようなもの。

 それを実感してアカムは興奮し、歓喜し、湧き上がる想いの丈を空へと吐き出したのである。


「―――シャァアア! あの伝説のベヒーモスに俺は勝った!」

「それほど興奮するのは珍しいですね、マスター」

「ああ! そりゃ相手は英雄の物語に出てくる伝説の存在だぞ? これが興奮せずにいられるか!」


 アカムは子供のように笑いながらアイシスの言葉に応える。

 むしろ思いのままにはしゃいで意味もなく笑うその姿は子供そのものだ。

 そんなアカムの様子を微笑ましい物でも見るような目で見つつアイシスは先ほどの攻防を思い出していた。




 互いに全力で撃ち出した最後の一撃。

 正直なところそれまでのブレス五発分の魔力が込められたベヒーモスのブレスは想像以上の威力を秘めており、両腕の魔力収束砲を同時に使用したとしても撃ち負けるのではとアイシスは考えていてこっそりとアカムを退避させる準備をしていた。

 アイシスがそう考えるのも無理はないだろう。

 そもそも通常の一発で、機械因子オートファクターとアカムの魔力から打ち出される魔力収束砲を相殺させていたのだから単純に考えて威力は同等であり、相手が五発分であるのに対しこちらは結局のところ二発分の魔力を撃ち出したにすぎないのだから。


 にもかかわらずアカムの放った魔力収束砲はほとんど抵抗なくベヒーモスの渾身のブレスをあっさりと貫いた。

 これが取り込まれたのならばついにベヒーモスの魔力をも取り込めるようになったのかと逆に納得できるのだが、アカムの放った魔力収束砲は文字通りベヒーモスのブレスを貫いて消し去ったのだ。


 それはつまり、それだけ威力の差があったということになる。

 たとえば山を転がる大岩に小石を投げ当てても止めることは愚か大岩の軌道を変えることもできない。

 それも当然だろう。重い大岩が転がればそれだけ大きなエネルギーを生み出されていて、そんな大岩に小石を投げたところで対抗するためのエネルギーが圧倒的に不足しているのだから。


 先ほどのアカムの魔力収束砲とベヒーモスのブレスの衝突したときの現象も同じだ。

 魔力収束砲のエネルギーが大きすぎて、ベヒーモスのブレスでは相手にならなかった。

 言ってみればそれだけの事であるがなぜ魔力収束砲の威力がそこまで上がったのか、その理由を不可解なままにしておくには不安があり、正確に状況分析をすることができなくなる。

 そのためアイシスははしゃぐアカムを横目にずっとアカムの身体の状態をチェックしたり、機械因子オートファクターのシステムに何か異常は生じてないかチェックしていた。


 そしてアイシスは両腕、特に右腕に異常があることに気付く。

 異常とはいっても機械因子オートファクターが故障しているだとか、変形しているだとか性能が落ちているという事は全くない。

 むしろ性能が著しく向上しているようだった。

 そして特にその性能が向上しているのが魔力収束砲に必要な機関だった。


 いつの間にか魔力収束砲は魔力を集めて放つだけでなく、集めた魔力からより効率よくエネルギーを生み出して格段に威力を増幅するように造りかえられていたのである。

 そして左腕もまた少しだけだが同じように威力が少しだけ増幅するようになっている。


 この左右の差は何かと考えれば魔力収束砲を使った回数の差だろうとアイシスは考える。

 その回数の差によって異常の進行度が違うということはつまり、またもや原因はアカムの魔力ということだ。

 それが分かったところでアイシスに驚きはない。

 半ば予想していたことであるからだ。


 状況に適応し、変質し、自動で最適化する異常な魔力。

 魔力収束砲はそんな異常な魔力を一時的にとはいえ膨大な量を集めてしまう。

 それが一度だけなら大した影響はないかもしれない。

 だが、今回は数十発魔力収束砲を放ち、その数だけ膨大な魔力を集めた。

 しかも一発撃ったら即チャージしていたために、戦闘中ずっと膨大な魔力が集められていたようなものであった。

 それによって徐々に機械因子オートファクターは異常な魔力に浸食され変質していったのだろう。


 そしてその変質が完成したのはおそらく最後の一撃を放つ直前だと思われた。

 それまではずっと相殺し続けていたからだ。

 本当に最後の最後に完成していなければアカムは死んでいたかもしれないほどギリギリのタイミングであり、非常に運がよかったとも言えるだろう。


 だが、それすらも運ではなく必然だったのだとアイシスは思う。

 最後の瞬間、アカムは絶対に勝つと強く宣言し、そして強く思ったはずだ。

 アカムの魔力はアカムの意思を介せずに自動で最適化する魔力だ。

 自動的に最適化される異常性のせいかその魔力をアカムは自由に扱うことができない。

 それでも魔力は魔力であり、完全にアカムの意思の影響を受けないわけではない。


 最後にアカムが念じた強い意思。

 それが魔力の最適化とうまく適合した結果、土壇場で機械因子オートファクターを完全に変質させて魔力収束砲の威力を大きく向上させることに成功したのだろう。

 そして、右腕で何十発も魔力収束砲を撃っていたから先に出来上がったのが右腕であり、最後の一撃の直前右腕が完成した後はその情報を元に左腕にもフィードバックされたため左右で変質状態の差が生じたと思われる。


 アイシスは自身が考えたこの理論に間違いはないだろうと何となく感じていた。

 やはりそれは自身がその異常な魔力から生まれた精霊だからだろう。

 精霊とは与えられた魔力の役割に対するスペシャリストだ。

 その魔力について知るのではなく、最初から全て知っている存在、それが精霊だ。

 精霊になってからそれなりの時間が経過しているアイシスはそう結論を出している。


 知っているからといって理解しているわけではない。

 だからハッキリと理解するには考える必要がある。

 それはアカムが機械因子オートファクターの機能に対する知識を埋め込まれても最初はよく分かっておらず、アイシスの補助が必要だったのと同じである。


 もっともアイシスは精霊だ。

 理解していなくてもアイシスは感覚で分かる。

 だからこそ、それが自身に与えられた役割に関することであれば思考は横道に逸れることなくその答えに辿りつくことができる。

 今回も原因がアカムの魔力だったからすぐに答えに辿りつけた、それだけだ。


「……おーい……アイシス? また考え事か?」

「ん……? ああ、申し訳ありません。見るに堪えないはしゃぎ様でしたのでつい現実逃避を。それで、マスターは落ち着かれましたか?」

「見るに堪えないってお前……まあ、確かにそうかもしれんけどなあ……」


 そうして考えをまとめ終わった直後、アイシスは己のマスターが呼ぶ声に気付く。

 そして少しも慌てず悪びれた様子も見せずに毒舌を吐いて誤魔化した。

 意識こそ思考の海に沈んでいたが、アイシスは精霊になり始めの時に周囲の警戒を怠ったことを反省して頭の隅で常に索敵をしていて危険が無いことをしっかりと確認していたため少しも動じなかったのだ。むしろ得意気である。

 アカムはそんなアイシスの内心に気付くことなく帰ってきた言葉を否定しきれず肩を落とす。


 そんなアカムを見てアイシスは小さく笑みを浮かべ、次にアカムの四肢や背の機械因子オートファクターを見る。


 機械因子オートファクターは既に完成しているもの。

 機械因子オートファクターに搭載されていた補助AIを根源とするアイシスはそう信じていた。

 だが、アカムの魔力によって変質し、機械因子オートファクターは更なる進化を遂げた。

 精霊になっても機械因子オートファクターに対して並々ならぬ思い入れがあるアイシスにとってそれはとても喜ばしいものだった。

 まだまだ、機械因子オートファクターは進化の余地がある。

 ならばその進化を促すのが自身の役割だ。

 それはそのままマスターであるアカムの強化と安全に繋がるのだから躊躇する理由も無い。

 差し当たってアイシスは変質が不完全な左腕に魔力を集めていった。


「ん? なにしてんだ?」

「いえ、今回は魔力収束砲を多く使い、左右で同時使用しましたから少しチェックしているだけです……んー、異常は何もありませんね」

「ああ、なるほど。ありがとさん」


 アカムもその魔力の動きに気付いたのか、首を傾げるがアイシスは本当の意図を隠してそれっぽいことを言って左腕の変質が完了したところで供給を止めた。

 アカムはアイシスの言葉を疑うことなく納得し、礼を言うと大鉈を拾って歩き始めた。


 それからベヒーモスの魔石をアイシスが見つけ、それを回収するとアカムはそのまま八十階層の別のエリアへと転移したのだった。



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