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71話 拡張

 アカムの代わりにアイシスが戦いを始めてから数分後。

 守護者ガーディアンのいた大広間には四つの魔石が無造作に転がり、広間の中心ではアイシスが満足したように満面の笑みを浮かべていた。

 アカムは広間の隅でアイシスの戦い……食事を見ていたが、あまりにも圧倒的で軽く引いていた。


「ふふふ……満足です」

「あー、おつかれ? 今回のはなんていうか相性が良すぎたな」


 引きながらも戦いが終わったのだから声をかけないわけにもいかないだろうと諦めて声をかければ、優しげな笑みを浮かべてアイシスは振り返る。


「ええ、そうですね……対魔力体においては敵なしのよう。そうそう、実はマスターでも属性変換を使えば彼らにダメージは与えられたんですよ」

「そうなのか? じゃあ、なんであんなことを?」


 アカムの言葉に振り返ったアイシスは魔力体に対しての攻撃手段について隠していたことを打ち明けた。

 それを聞いても気を悪くすることはなかったが、純粋になぜ隠したのか気になりアカムはそれを聞いた。


「だって、今後あるかもわからない私自身が直接動いて戦う機会、見逃せませんよ。……つまりは私のわがままですね。申し訳ありません」

「そっか。……まあ、いいんじゃないか? わがままの一つや二つあっても」

「まあ、マスターならそう言ってくれると分かってました。ありがとうございます……一応事実を隠していたお詫びにこれを受け取ってください」


 そしてその答えを聞いてアカムはあっけらかんとして肩を竦め、アイシスは想像通りの反応に笑みを深めながらも頭を下げ、それから手のひらに膨大な量の魔力の塊を生み出す。

 その塊の直径はアカムの身長とほぼ同等でその塊から感じる魔力は相当なものだ。


「それは……?」

「さっき取り込んだ精霊もどきたちを構成していた魔力です」

「大丈夫かそれ……そもそも魔力を渡されても困るんだが。俺には人の魔力をあれこれ取り込んだり操作する力なんてないぞ」

「すでに精霊もどきの意思はないためこれは純粋に魔力の塊でしかありませんので問題ないかと。あとマスターには食べた物を己の魔力回復力に変換する能力はあります。ですので……」


 いきなり魔力を受け取れと言われても、安全性やら、魔力をどう受け取るのかと問題がありアカムは苦言を零すが、その辺りは心得ているとばかりにアイシスは頷いてその手のひらにある膨大な魔力をどんどん小さく圧縮していく。

 この手の魔力操作はさすが精霊というべきかアイシスにとっては文字通りお手の物だ。


 そうして小さく圧縮された魔力は最後に一際強く輝いたかと思えば小さく圧縮された魔力は指の先程度の大きさで赤、青、緑、黄と色を変える宝石のような形になってアイシスの手の上に転がる。


「これは……」

「これは膨大な魔力を凝縮してできた魔力の結晶マナクリスタル。そうですね超高濃度高圧縮栄養剤ハイレーションの魔力版と言ったところでしょうか。さあ、どうぞ。不味いあちらとは違い味も無ければ噛む必要も無いので飲み込んでください」

「飲み込めって言われてもな……要するに宝石というか魔石食うようなもんだろ?」

「飲み込んでください」

「……分かったよ。ったくなんでお詫びなのに受け取るの強制なんだか……ゴクッ」


 興味深そうにそれを見るアカムにアイシスが説明を入れ、飲み込めと急かす。

 アイシスが言うのだから害はないのだろうが、それでもどう見ても食べ物ではないそれを飲み込むのは勇気のいることだった。

 だが、絶対に食べろと笑みを浮かべてジッといてくるアイシスに折れ、アカムはグチグチと文句を言いながらも魔力の結晶マナクリスタルを受け取り、飲み込んだ。


 飲み込んでしばらくは特に何も変わらなかったが魔力の結晶マナクリスタルが無事消化されたのか、アカムは自身の体内、アイシスが魔力炉と呼ぶ腹の奥底辺りに強い熱を感じた。

 それから普段魔力が留めていた空間の壁のようなものが砕けたような感覚と共に留めてあった魔力が霧散してアカムは魔力枯渇の状態に陥った。


「ぐっ!?」

「魔力炉及び貯蔵庫が崩壊……いえ、これは拡張ですね」


 唐突な魔力枯渇にアカムは酷い吐き気を感じ、その横ではアイシスが何やら不穏なことを呟いていたが、その声に焦りは見られず落ち着いたもので、その声を聞いてアカムは少しだけ安心した。

 このような状況であってもアイシスがいつも通りであれば問題ないとすぐに感じられるほどにアカムはアイシスを信頼していた。


「っ!? これはっ!?」

「魔力炉及び魔力貯蔵庫の再構築を確認。魔力出力、最大魔力貯蔵量、共に数倍の上昇を確認しました」


 そして、次の瞬間、枯渇していた魔力が一瞬で満たされる感覚とともに吐き気は消えた。

 しかも、ただ魔力が戻ったわけでなく、新しく満たされた魔力の量が今までよりもずっと多いものに感じてアカムは戸惑う。

 そんなアカムの状態をアイシスがチェックして、アカムの魔力回復量と貯蔵量が大幅に上昇していることを告げ、それを聞いたアカムは愕然としていた。


「さすがは純粋な魔力。普段の食糧を変換して得られる効果とは別格のものですね」

「……確かにすげえ効果だと思うが、俺の場合今更回復量とか最大貯蔵量とかが増えても関係なくないか?」

「いえいえ、色々壁を取っ払いましたからね。まあ、相変わらず放出はできませんけど、今までより身体強化はより効果の高い状態で使えるようになったと思われますし、魔力障壁もこれで常に展開しても魔力枯渇状態にならなくなりましたから十分意味はあります」


 感心したように頷くアイシスを横目に魔力が満たされたことで落ちついて思考することができるようなったアカムが顔を顰めて先ほどの事が必要だったのか疑問に思っていた。

 アイシスはそんなアカムの疑問を吹っ飛ばすように、魔力の結晶マナクリスタルを取り込んだことにより利点について説明し、それを聞いたアカムも意味があるのならまあいいかと納得した。


「なるほどな。こうなることが分かってたから魔力の結晶マナクリスタルを渡してきたのか」

「ああ、いえ。それは精霊としての勘が与えるべきと告げていたからで、こういった結果に繋がるとは私も思ってもいませんでした」

「おい」


 納得したアカムは感心するようにそんなことを言ったが、アイシスはその言葉を否定していた。

 それを聞いたアカムは態度を一転させ怖い顔でアイシスを睨むが、アイシスは少しも悪びれた様子を見せず満面の笑みを返した。


 しばらくにらみ合いが続いたが、やがてアカムのほうが折れて睨むのをやめた。

 時折、アイシスは無駄に苦しめてくるがもはやいつものこと。

 結果的には自身の強化に繋がったのだから今更文句を言ってもしょうがないと無理やり納得させて肩を落とした。


「はあー……先に進むか」

「そうしましょう」


 その後疲れた様子を見せながら広間に現れた石版へ向かう。

 拾い忘れていた守護者ガーディアンの魔石も回収してからアカムは大広間から転移した。





 あの後アカムはアイシスの言葉を信じて身体強化をして確かにその効果が上がっていることを確認した。

 とはいえもはや生身の肉体は胴体と頭だけ。

 今更効果が上がっても衝撃などにより耐えられるだけだと少し落胆したのだが、魔物が現れたために切り替えて、その状態のまま推進装置を使って接近しようとしたら今までよりも数段速く動くことが可能になっていた。

 アカムは想定外の速度で動いたことに一瞬慌てるが、それも過去何度か味わった感覚でありすぐに我に返りあっという間に魔物を倒して、思わぬ強化に笑みを浮かべた。

 どうやら効果の上昇した身体強化が影響を与えるのは生身の肉体だけではなかったようである。


 その後魔物を狩りつつ七十階層のエリアを三つ攻略してからアカムは地上へ戻りギルドへと向かった。

 道中声をかけてくる者も多かったが、アカムは目立ちたがり屋でもないため程ほどに構うだけでさっさとギルドまで歩いてきた。

 図らずもその行動はいきなり怒ったり邪険にされることもなく程ほどに反応を返してくれるように捉えられ、それが原因でアカムに声をかけるものが増える一方である理由だったがアカムはそんなこと知る由も無かった。


「今度は七十階層突破か……おいマジでギルドマスターやらないか?」

「やらねえっつってんだろうが」


 それからギルドで魔石を換金すると最近はやたらとうるさくギルドマスターにならないかと勧誘してくるエルマンドを無視してアカムは家へと帰る。

 ちなみにイルミアはお腹が少し出てきたのと、少しだけ体調を崩してきたので大事を取って長期休暇を貰っている。

 稼ぎ自体はアカムが大金を稼いでいるのでイルミアが働くこと自体は暇つぶしの側面が大きいのと冒険者ギルドが人数ギリギリで運営されている組織では無いことが長期休暇を取れた要因だ。


「あら、おかえり」

「おう、ただいま。無事七十階層突破だ」

「ただいまです」


 そうして帰ってきたアカムをイルミアが明るい声で迎える。

 体調を崩したと言っても病に伏せたわけではなく、悪阻つわりによるもので、むしろイルミアの場合はその症状も軽く元気な様子を見せていた。

 一度心配になったアカムが迷宮に行くのもやめて一日中寄り添っていたが、二、三回吐いただけで後はずっと元気で顔色もよかったのでアカムもある程度安心して迷宮へと潜っている。


 それでも如実に妊娠の症状が見られるようになってからアカムも子供ができたことを強く実感し、同時に不安を感じてしまう。

 無論、迷宮で戦っているときはそんな様子は見せないが、それでも内心ではイルミアが大丈夫か気にかけていた。

 だからか、家に帰ってきてイルミアの顔を確認するごとにアカムはひどく安心した様子を見せる。


 今日もまたイルミアの元気な姿を見て自然と浮かぶ笑みをそのままに食事の準備など積極的に手伝い始めるのだった。


食べた物を魔力回復量に変換うんぬんは21話で出てきたことです。


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