70話 アイシスのお食事
魔法陣から現れた四体の魔物。
それぞれの姿がそれぞれの属性を如実に表しているそれらは肉体があるように見えて、実際には全てが魔力で構成されている魔力体の持ち主。
アイシスは自身もまた魔力体であるからそれが分かった。
アカムは目の前の存在が魔力体だとは知らなくてもその姿を見て、その正体を思い浮かべた。
「四大精霊……って、精霊は魔物じゃねえだろうが」
「いえ……あれは……」
それを見て、その正体に思い当たったアカムがそう呟き、アイシスはそれを否定しようとする。
しかし、アイシスがそれを言うよりも先に四体の存在が話しはじめた。
『然り、精霊は魔物ではない』
『故に我らは精霊に非ず』
『精霊を模して造られた存在』
『だが存在は模倣だとしても我らの力は本物である』
アカムの呟きを聞いていたのだろう、その四体の魔物が次々に言葉を重ねる。
精霊ではなく精霊を模した魔物。
模倣の存在だが、その力は本物と同等。
彼らはイミテートエレメンタル。
炎に包まれた者の姿はドラゴンが激しく燃え盛っているような様子で、模倣元は火の大精霊であるサラマンダー。
水で形作られた者は透き通るような綺麗な水で人間の女性のような姿を形作っていて、模倣元は水の大精霊であるウンディーネ。
風を纏う者の姿はどことなくエルフの姿に似ていているが顔の部分には目も鼻も口も無い姿で、その模倣元は風の大精霊であるシルフ。
岩に守られた者は翼の無いドラゴンの体表が分厚い岩で覆われた姿をしていて、その模倣元は土の大精霊であるノーム。
彼らは模倣ではあっても力は本物と変わらない。
故に彼らと戦うということは実際の四大精霊を相手にすることほぼ同義であった。
アカムはそれを聞いてまさか四大精霊と同等の存在と戦うことになり驚くと同時に楽しみで仕方なくなり自然と笑みがこぼれる。
アイシスはそんなアカムを見て呆れるがやることは変わらない。ただ己のマスターを守るために全力で補助をするのみ。
そう心に決めてイミテートエレメンタルを睨む。
そして、ついに戦いが始まった。
「っ!?」
先制してきたのは精霊側。
ノームが地面を操作してアカムの足元にぽっかりと穴を開けた。
突然足元の地面が無くなり、一瞬慌てるが背中の推進装置を使って脱しようとする。
「なっ」
『逃がしはせん』
しかし、その場から移動するよりも先に今度は足に絡みつくように地面から岩が伸びて、その場から逃げるのを妨害される。
この場に固定されて何をされるか分かったものではないため、アカムはより力を込めて足を動かせば岩の拘束など無意味とばかりにすぐに脱することはできた。
が、完全に脱する前にアカムの周囲を竜巻が覆う。
その竜巻にはガラスのような鋭利な結晶が紛れていてアカムの四肢に当たり弾ける音がする。
何時までも受けていられないと魔力障壁を展開したところで竜巻が赤く染まる。
「熱っ……!? 息が……」
竜巻に火が加わって火炎旋風となり、それ自体は魔力障壁で防げたが竜巻と大火によってアカムのいるあたりの空気が急速に無くなっていき苦しさを感じる。
呼吸し辛い苦しさを味わいつつシルフへと左腕を向け、翼の大剣を射出する。
射出された翼の大剣は火炎旋風を突き抜けてシルフへと真っ直ぐ向かうがシルフは反応できていないのか避けようともしない。
そしてそのまま翼の大剣はシルフの身体に当たるかとおもえばすり抜けた。
『我らは魔力体。故にそのような攻撃など無意味』
どこか得意気な様子で語るシルフの声が聞こえてきてアカムは苦い顔を見せるが、すぐに笑みを浮かべた。
それと同時に翼の大剣は軌道を変え、再び火炎旋風の中、アカムの元へと戻ってきた。
ただし、左腕には装着されず正規の場所、背中へと装着され、同時にアカムは高速飛行モードへと移行させる。
そうして呼吸するためのエアマスクが装着されたことでアカムは呼吸できない状況から脱することに成功した。
『ふー……呼吸さえできれば後は熱だけ。それもただ熱いだけなら我慢できるってもんだ』
「それにしてもこの火炎旋風は邪魔ですね……よいしょっと」
アカムが人心地ついている横でアイシスは周囲を取り囲む火炎旋風を見て呟き徐に近寄っていく。
そして無造作にそれに触れてしまう。
だが、それに触れたアイシスは少しもダメージを受けた様子は見せず、どころか火炎旋風を取り込んでいった。
「けふっ……なかなかおいしい魔力でした」
『馬鹿なっ! 一介の精霊如きに取り込まれるだと!?』
『しかも、複数の属性が混じった魔力を……』
そしてあっという間に火炎旋風を作り出していた魔力は全てアイシスに取り込まれて、先ほどまでアカムを囲っていた灼熱の竜巻はあっさりと消え去り、空中に静止しながら興味深いものでも見るように周囲を確認しているアカムの姿と、まるでおいしい物でも食べて満足したかのように軽くお腹をさすりながら微笑むアイシスの姿が現れる。
一方、イミテートエレメンタル達はひどく驚いた様子を見せた。
先ほどの攻撃は様子見などではなく最初からアカムを倒すためのものでそれなりの威力が込められていた。
当然、威力に比例して込められた魔力も相当なものであったはずなのだが、それがいとも簡単に、一体の精霊に取り込まれたのだから無理もない。
そんなことができるのはそれこそ大精霊ぐらいのもの。
大精霊にしたって自身の司る属性の魔力でなければ厳しい、というより不可能と言っていいものだ。
それをいとも容易く、しかもわずかな時間で実行した目の前の精霊、アイシスにイミテートエレメンタルは大きく動揺すると共にふと浮かんだ可能性に恐怖を抱いた。
「魔法を取り込むとか流石精霊って感じか? にしてもアイシス、お前あいつらに酷く怯えられてないか?」
「ええ、そのようですが……ああ、なるほど」
容易く魔法を取り込んで見せたアイシスをアカムは手放しで称賛する。
かつて精霊魔法について調べたこともあるアカムだが、精霊自体に詳しいわけではなく、精霊ならば大概のことはできるだろうと思い込んでいるのでアイシスが簡単に魔法を取り込んでしまったことに対しても感心するだけで特に違和感を覚えることは無い。
そのためアカムは目の前の精霊もどきがなぜ怯えているのか分からず首を傾げている。
一方、アイシスはなぜ怯えられているのか最初は分からなかったがイミテートエレメンタルが思い浮かべた可能性と同じ答えに辿りつき納得したように頷いて見せる。
アイシスは間違いなく精霊である。
しかし、その身体を構成する魔力は極めて異常な性質を持つアカムの魔力だ。
以前、魔力収縮砲を使ったときもそうだが、アカムの魔力はその適応力から相手の魔法を取り込んでしまう。
それ以降は魔力障壁にもその効力が発揮されるようになったのだが、それだけでなくアカムの魔力から構成されているアイシスにもその効力が付加されていた。
これによりアイシスは魔力に対して異常に高い親和性を持つ精霊になっていた。
そしてその親和性の前には属性も魔力の量もその魔力が別の存在に制御されていようとも関係ない。
全ては魔力であり、アイシスにとっては片手間に取り込めてしまうエネルギーでしかない。
それに気づいてしまったからこそイミテートエレメンタルはアイシスを恐れたのだろう。
彼らは精霊を模倣した存在でありその身体は全て魔力によってできている。
ならばアイシスは彼らの身体を構成する魔力を取り込めるのではないだろうか。
そして、それができるかどうか考える。
相手は精霊のような存在だが精霊ではない。
それなら精霊の理にも反しない。
故に取り込むことは可能だと精霊としての勘が強く告げていた。
その直感にアイシスは嗜虐的な笑みを浮かべ、アカムへ向き直った。
「マスター、どうやら彼らにとって私は天敵のよう。どのみち魔力体相手では攻撃手段はないでしょうしここは私に任してもらえませんか?」
「ん、んー……まあ、攻撃が通じないなら仕方無いか。今更一人でやってきたとかとても言えないしな」
アカムは若干その笑みに引きつつもアイシスの提案に少し考えた様子をみせ、それを許諾する。
実際のところ魔力の伴った攻撃をすれば攻撃は通じる。
それこそ属性変換で大鉈に雷を流し込みながら攻撃すれば容易くダメージを与えられるだろう。
アイシスもそれに気づいていたが、今後あるかもわからない自分自身が動いて敵を倒すことができる機会。
元のシステムであればそのような『遊び』のために勝手なことを言うことは無かったが、今のアイシスは自由意志を持つ精霊であり、その機会を見す見す逃すなんて考えられなかった。
己のマスターの許可を得たアイシスはイミテートエレメンタルと向き合う。
その顔には嗜虐的な笑みが浮かび、イミテートエレメンタルは蛇に睨まれた蛙の如く固まった。
「行きますっ!」
『く、来るなぁ!』
『なぜこんな精霊が存在するのだ!?』
アイシスが小さくそう言うと超高速で空を飛び、イミテートエレメンタルへと迫る。
イミテートエレメンタルも負けじと高速で逃げ回りながら、魔法でアイシスを迎撃しようとしているがそのすべてがアイシスに取り込まれて何の障害にもならない。
そして機械因子の情報処理能力はアイシスとリンクしており、相手の動きを完全に捉えており、徐々に追い詰めていく。
そして魔法を構成していた魔力を取り込んだことでアイシスはより速く動けるようになり、イミテートエレメンタルの身体を構成する魔力を食い散らかすように取り込んでいく。
もはやイミテートエレメンタルに勝ち目は万に一つも無かった。