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7話 内緒話

 店を出て自分たちの家に帰宅した二人は取りあえず楽な服装になり寛いでいた。ギルドでやったようにアイシスが現れるかもしれないとアカムは右腕を机の上に投げ出した状態である。

 この家は借家などではなく紛れもない二人の持ち家だ。豪邸というほど大きな家ではないがそれなりに立派で、ゆったり寛げる居間に、動きやすい調理場があり、寝るための小部屋が四つほど備わっている。もっとも小部屋の内二つは物置として使われており、さらにはどちらかが具合が悪いということでもない限りは同じベッドで寝るために普段は一部屋しか使われないが。

 その自宅で何をするでもなくのんびりとした時間を満喫していた二人の前にアイシスが立体映像として現れ、口を開く。

 アイシスが姿を現すかもしれないというアカムの考えは正しかった。


『ところでマスター。店で「潔癖」とか「鉄拳」とか言われていましたが何の事ですか?』

「あー、俺らの二つ名……らしい」

「私たちがそう名乗ってるわけじゃないんだけどね」


 アイシスの質問に、少し苦い顔をしながら二人は答える。

 煮え切らない態度にアイシスは首を傾げるばかりであった。


「まあ、簡単に言うと俺は生活魔法の《クリーン》っていう体の汚れを落とす魔法を常にかけてるから潔癖」

「馬鹿な男に言い寄られたとき無言で殴って肋骨をバキバキに折ったから鉄拳。冒険者だった頃は剛剣とも呼ばれてたわね。まったくあれは相手が柔すぎただけだというのに……」

『イルミア様、それは当然だと思われます。それに比べてマスターの二つ名はいささか平和ですね?』


 二人がザックリと二つ名の理由を説明すればアイシスは呆れた様子でイルミアを見て、それに比べればアカムのものは平和な理由でどうして苦い顔をしたのか分からない。

 そんなアイシスに補足説明をしようとイルミアが口を開く。


「いや、常に《クリーン》をかけているのがばれた時の状況が、私に肋骨をバキバキにされた男が仕返しに来たところをこいつが引っ捕らえて、ひたすら男の顔を殴り続けてた時でね。それで返り血が降りかかる傍から《クリーン》の効果で血を弾いて小奇麗なままなわけ。どれだけ返り血を浴びても触れる前に弾きながら殴り続けて、相手だけが凄惨な姿になっていく様に畏怖されてついた二つ名よ」

『なるほど。自分だけ何でもないかのように説明するマスターは最低のクズ野郎ってことですね』

「なんか当たりが強くないか?」


 イルミアの補足説明により、アイシスの態度は一転して氷点下なものとなり冷たい目で己のマスターを見る。

 確か自分はアイシスのマスターだったはず。そう思いながらもアカムは肩をすくめる程度で反論することはできなかった。

 実際、イルミアの話は事実であるのだから。


『それにしてもその《クリーン》という魔法……汚れを落としてくれるのですよね? そのような便利な魔法を常に使うというのはさほどおかしいことではないと思うのですが』

「いやね、いくら生活魔法が一般人でも使える魔法って言っても魔法の素質のない一般人なら連続で五回も使えればいい方だし、魔法使いだってそんな無駄遣いしないわよ。使うにしても汚れた後に使うだけで汚れてもないのにかけ続けるのはこの馬鹿だけね」


 それからアイシスは生活魔法の《クリーン》について気になったようだった。それだけ便利なら他の人も使うのではないか、と。

 ただ、なぜかそれを尋ねる相手がアカムではなくイルミアだったことにアカムは首を傾げるが、これはイルミアに聞いた方が正確な返答が返ってくるのではという考えもあるが、これを機にイルミアとより良好な関係を築こうという配慮でもあった。

 実際すぐに詳しい答えが返ってきたのでそれは正解だったのだろう。


『なるほど。マスターの場合はいくらでも使えるから問題ないのですね。でもだからといってマスターはなぜ常にかけ続けるのですか?』

「いくらでも使える魔力があるというのに放出できる量が低いという自らの体質を努力によって改善できないかという前向きな考えだ。生活魔法でもなんでも使い続ければ魔力の出口みたいなものが拡がるんじゃないかっていうな。今じゃもうただの癖だが」

『涙ぐましい努力、おつかれさまです』

「いってろ」


 今度は普通にアカムへ尋ね、返ってきた答えにわざとらしく目元をハンカチで拭う動作を見せながらアイシスが慰めの言葉を述べる。

 アイシスの今の姿は、所詮は作られた映像でしかないのに手の込んだことである。


 ところで普段は常に《クリーン》をかけ続けているアカムだが、流石に腕を失って痛みに耐えていた時は解除していた。というよりもかけ続けるように集中することができなかったと言ったほうが正しいだろう。

 もし、あの時も《クリーン》をかけ続けていれば、左手の血もきれいさっぱり落ちていただろうから、機械因子オートファクターは起動せず、今もアカムは腕を失ったままだっただろう。


 それから、アカムとイルミアの二人はおもむろに立ち上がり、一杯だけ水を飲むと寝室へと移動して、二人一緒にベッドに入り、互いにおやすみと言葉を交わしてから目を閉じた。

 やはり、顔には出さずとも疲れていたのだろう。横になり目をつぶるとすぐにアカムは夢の世界へ旅立った。

 それも当然のことだろう。アカムは今日腕を失っているのだから。その痛みは肉体だけでなく腕を失った喪失感で精神にも痛みを与えていただろう。本当に代わりの腕があってよかったと、そう思いながらイルミアは眠るアカムの頬を優しく撫でる。

 彼女の考えも間違いではないのだが、実際には機械因子オートファクターの導入過程の苦痛による体力の消費の方が大きかったりする。


 そしてアカムが寝静まってから少しして、イルミアは体を起こし彼の寝顔を覗き見る。


「……よく寝てるわね……まったく、腕失くして……こんな腕になって……心配しないわけないじゃない」


 その顔は憂いを帯びていて、けれど優しげな表情で頬を優しく撫でながらイルミアは呟く。


「まあ……言ってもやめないだろうし……そんなアカムだから私は好きになったんだしね……惚れた私の負けか」


 軽くため息を吐き、困ったように眉をあげながら薄く笑う。


「……どんなになってもアカムはアカムだから……だから、命だけは絶対に大事にしなさいよ」


 そう言って唇が触れる程度の軽い口付けをする。

 イルミアの顔にはもう憂いも悲哀もなく、吹っ切れたように優しい笑みが浮かんでいた。


「それから、さっきはこんな腕とか言っちゃったけどさ、感謝してるわ。おかげでアカムはアカムのままでいられた。ありがとう……こいつを守ってやって、アイシス」

『……はい、必ず。ですが一つ訂正を。私が居なくてもマスターはマスターのままで居られたでしょう。初めにも言いましたが、マスターの記憶を読み取った時、何よりも重要な記憶としてあなたの姿がありました。あなたがいる限りマスターはマスターのままで居ると思います』

「……ありがとう、アイシス。今日ここで聞いた話はアカムには内緒にしておいてね」

『了解しました』


 寝ているアカムに独白して気持ちの整理がついたイルミアはその時にアイシスに少々失礼な物言いをしていたことに気づき、誤解無いようにと言葉を重ね、自分の代わりにアカムを守ってくれるようにお願いをした。

 姿は見せず、声だけでアイシスは返事をし、同時にイルミアの言葉に誤りがあったことを指摘する。その時のアイシスの声は平坦なものではなく相手のことを想い、慈しむ響きが込められていた。

 アイシスの言葉は意外だったのかイルミアは一瞬固まるが、次の瞬間には嬉しそうに笑って礼を言った。






 翌日、アカムは背中に感じた鋭い痛みに目を覚ました。


「いっ!?」

「ほら! さっさと起きなさい!」


 痛みの理由は傍で腰に手を当てて立っているイルミアだった。

 彼女は寝ているアカムの背に思いっきり張り手をしたのである。


「いててて……これ絶対赤くなってるわ……」

「いいじゃない。愛の証よ」

「愛の証って痛いんだな……まあでも目は、はっきりと覚めたわ。あんがとさん」


 軽く痛みを訴えれば、アカムから見ても珍しいと思うほどに満面の笑顔でイルミアが答える。なんだか分からないが笑う彼女の姿は美しく、そして愛らしい。

 そんなイルミアの姿を見れたなら何でもいいかとアカムもニカッと笑って礼を言った。

 普段は悪人面のアカムであったが笑う姿は裏表のない明るい笑顔で相手に安心感を与えるものだった。

 イルミアはそんなアカムの笑顔が大好きだった。かつて助けてもらった時にその笑顔を見て安心して惚れたのだ。

 そんなことを言えば調子に乗ることは目に見えているので彼女は何も言わない。

 それは彼女だけの秘密である。

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