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66話 ルイン

 アカムが飛行能力を得ての初めての迷宮探索で五十一階層から五十七階層まで突破して、イルミアを大いに呆れさせた次の日、相も変わらず迷宮へと赴き、道中の敵に苦労することも無く再び尋常ではない速度で攻略を進めて六十階層へと辿りついていた。


「さて、久々の守護者ガーディアン戦」

「まだ二日しか経っていません」

「……まあ空を飛べる分階層間の移動が格段に速くなったししょうがないよな」


 とぼけたようなアカムの言葉を区切るようにアイシスが抑揚のない声で注釈を入れ、アカムは肩を竦めつつ言い訳のような事を言う。

 アカム自身二日前に五十階層の守護者ガーディアンと戦ったばかりだというのに早くも六十階層の守護者ガーディアンに挑もうとしているこの状況には違和感を覚えていて、それ故になんとなく誤魔化したい気持ちから出た言葉であり本気で久々などと感じていたわけではない。


 今日も今日とて五十七階層から五十九階層にいた魔物をものともせずに蹴散らして六十階層に辿りついたのはつい先ほどで時間はちょうど昼食時。

 アカムはバリバリと超高濃度高圧縮栄養剤ハイレーションを何粒も噛み砕いては呑み込んでいる。


「食うか?」

「いりません」


 アイシスが若干ノリが悪く手厳しいのはアカムだけが何かを食べていることに対する不満もあったりする。

 精霊になってから食事をとることが可能になったアイシスは、どうも食べること執着するようになっていた。

 別に食べなくても魔力体であるアイシスは食事をとる必要も無いが、食べたいという欲求は一際強いようであった。

 かといってそれを察したアカムが超高濃度高圧縮栄養剤ハイレーションを差し出しても、アイシスは当然断固拒否の体勢でそれを受け取ることはない。

 アイシスにとって超高濃度高圧縮栄養剤ハイレーションとはトラウマなのだ。


 実のところ、迷宮内で昼食を食べる時恨みがましい目でアカムを睨むのは精霊になってからずっと取られている行動であった。

 それだけ何度も同じ反応をされればアカムも、アイシスの食に対する執着が強いことは理解しており、超高濃度高圧縮栄養剤ハイレーションを拒否しておいて、自分だけ食べているということに恨めしそうにしているアイシスにアカムは苦笑して、別の革袋から綺麗に包装された物を取り出す。


「ほれ」

「これは……?」


 それは小さいアイシスが両手でしっかり掴める程度の大きさの白いブロック状のものだ。

 アイシスは渡されたそれを首を傾げて眺めるが、どういう物か気付いたらしく目を輝かせてアカムの方を見る。


「ありがとうございます!」

「へいへい」


 それからかなり喜んだ様子で礼を言ったアイシスに軽く返事を返すとアカムは再び超高濃度高圧縮栄養剤ハイレーションを食べ始めた。

 そのアカムの肩に座ってアイシスが白いブロック状のもの――角砂糖を少しずつ噛み崩して徐々にお腹に納めていく。

 食べている間幸せそうに頬を緩めるアイシスの姿は子供そのものでアカムは少しその姿に癒されていた。




 そうして食事を終えたところで改めてアカムは自身の状態を確かめ何度か軽くストレッチすると、大扉の前に立つ。

 その傍にはやたらと気合いの入ったアイシスの姿があった。

 アイシスは、アイシスでどんな状況であっても己のマスターであるアカムを守るために気を抜かないように集中している。


「さて、食事も摂ったし体調も万全。いくか」

「五十九階層までの魔物相手にはかなり余裕でしたがくれぐれもお気を付けを」

「分かってる」


 アイシスの忠告にそんなことを返しつつ、アカムは少し緩んでいた気を引き締めて指摘してくれたアイシスに心の中で感謝していた。

 すでに念話も慣れており、心の中で感謝しつつもその声をアイシスには届かせないよう注意していたので本当に心の中で感謝しただけで、アイシスも忠告した後は特にアカムの様子を探ったりすることもなく扉の先で待ち受ける戦闘に集中しているようだ。


 アカムもそれを見てより集中してから扉に手を当てて開けていく。

 扉の向こうは相も変わらず円形状の大広間となっていて、ある程度高いとはいえ頭上5mほどの高さに天井があるのを見て取ると飛ぶのは無理そうか軽く首を振る。

 もっとも最初からそうだろうとは思っていたことなのでアカムは右手に大鉈、左腕に翼の大剣をそれぞれ装備した状態で部屋の中へと歩いていく。


 ある程度中心付近まで歩いたところで背後の扉が閉まり、目の前に魔法陣が浮かび上がる。

 それは守護者ガーディアンが登場する時のお馴染みの流れ。

 ただ、その次が少しだけ違った。

 今までと同じように魔法陣からは光の柱が天井まで伸びる。

 但し、その光は今までのようなものではなく漆黒の柱でむしろ光を呑み込まんとするものだった。


「なんだ?」

「魔力反応を感知。かなりの力の持ち主があの中にいるようです」


 その漆黒の柱が消え、その中からは直径1m程のどす黒い球体が現れた。

 それを見てアカムは眉を顰め、アイシスはその球体から感じる魔力に少しだけ驚いた様子を見せた。


 そして次の瞬間球体に大きくひびが入ったかと思えば、内側から破裂するように弾け中から何者かの姿が現れる。

 球体から現れたソレは人型だった。

 ただし、腕は四本あり、背には鷹のような大きな翼が三対ついている。

 肌は真っ黒であるが、その肌には燃えるように赤く輝く線が奇妙な模様を描き、その体つきはギルドマスターであり巨人種タイタンであるエルマンドにも引けを取らないほど筋骨隆々としている。

 四本の腕も一本一本が丸太のように太く、全ての手に一本ずつ蛇のように波打った刀身を持つ大剣が握られている。

 そして何よりもその身に宿る魔力の大きさから感じる存在感は相当なものだった。

 

 やがて、ソレは目を開き、正面にいたアカムと目が合う。

 魔物であるはずのソレの目には以外にも理性があるように見えて、アカムはそんなことを感じる自分に内心驚いていた。


「ふむ……ようやく挑戦者が現れたか」

「っ!? ……言葉が分かるのか」


 そしてその魔物がハッキリと言葉を話すのを聞いていよいよ目を見開いてアカムは驚いた。

 驚きからアカムは思わず言葉を返すが、言った直後に答えが返ってくるわけもないかと自嘲するように小さく笑みを浮かべる。


「ああ、分かるとも。私はそのように作られた存在だからな」

「マジで通じるのか……」

「さて長話はしないでおこう。私はルイン、この階層の守護を任された者、破滅を齎す者。そしてお前は迷宮に挑む者、障害に立ち向かう者だ。我らがここですることは会話ではなく殺し合いだ」


 だが、意外にも返事が返ってきて、本当に言葉が通じるのだと納得せざるを得ない。

 そんなアカムを他所にルインと名乗った目の前の存在は話をさっさと進めていく。

 言葉が通じるとはいえ戦うことには変わりないらしく、アカムもその言葉にやや前傾姿勢を取って構える。


 言葉が通じることこそ驚いたがルインから感じられる理性に苦戦を予想して、アカムは気分を高揚させていた。


「存外、お前も言葉よりは力で語る性質か。ますます楽しみだな」

「いくぞっ!」


 その様子にルインも楽しそうに口角を上げ笑みを見せ、アカムはそんな余裕そうなルインに声を出しながら背中の推進装置と脚の推進装置を一緒に使いながら地を蹴って、一瞬の間に距離を詰め、大鉈を振り下ろした。


「ぬぅ!?」

「らぁ!!」


 その速度はルインも予想していなかったのかその攻撃を避けることもできず、ただ咄嗟に四本の腕に持つ大剣で防御しようとする。

 しかし一瞬で接近した速度から生まれる力を乗せたアカムのその一撃は咄嗟の防御で防げるほど軽いものではなく、防御した大剣ごとルインの身体を大きく後ろに吹き飛ばし壁に叩きつけた。


「チッ」

「ほぼダメージは無しですか、侮れませんね」

「ぐぅ……なるほど……面白いなっ!」


 だが、アカムは大きく吹き飛ばしたにも関わらず、不満そうに舌打ちを打ちアイシスは注意深くルインの様子を観察していた。

 大鉈の一撃にルインは吹き飛ばされたが、それはただ単にその場に留まっていられなかっただけでルインは手に持つ大剣を落としたりはしていない。

 そしてそれを持つ腕も折れたり痛めたりといった様子もないのだから攻撃自体は完全に防がれたのだろうことが分かる。


 咄嗟の防御に関わらずそれでほぼ完全に防がれたという事実は少し屈辱的だった。

 だが、同時に湧き上がる想いもある。

 間の階層では苦戦することは全くなかった。

 だが、目の前のルイン相手だとそうはいかないだろう。


 強力な魔物を蹴散らすのも悪くはないが、やはりある程度ギリギリの戦いの方がより自身の力を実感できる。

 体勢を立て直し先ほどの自身に負けぬ速度で迫るルインを見て、アカムは獰猛な獣のように笑みを浮かべるのだった。


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