61話 恋心
あの後、アカムたちはオリビアも交えて夕食を摂った。
その際にイルミアの作るおいしい料理を食べて超高濃度高圧縮栄養剤のダメージを洗い流したのか、アイシスとオリビアは満足そうに笑みを浮かべて寛いでいる。
そんな二人をちらりと見て苦笑を一つ浮かべつつアカムはイルミアに話しかけた。
「なあ、イルミア。これなんだが」
「ん? あら、また見つけてきたのね。次は何? もう全部金属の身体になるの?」
話しかけると共にアカムが機械因子を取り出して机の上におけば、イルミアはそれを見て呆れたようにしながらそう聞いてくる。
それにアカムは首を振ってアイシスから受けた説明をそのまま伝えた。
「空を飛べる……ねえ、オリビア。空を飛ぶのってどんな感じ?」
「え、えっと気持ちいいかな? あまり風が強いと疲れちゃうけど。というか私今の話聞いちゃってよかったのかな?」
「別にオリビアなら問題ないだろ」
アカムに伝えられた情報にイルミアも真剣に考え、オリビアにも相談する。
尋ねられたオリビアはぽつりぽつりとそれに答えるが、どうやら今の話はあまり聞いてはいけない内容ではないかと不安になっているようだった。
そんなオリビアに首を傾げつつそれが当然のようにアカムがそう言った。
「というかどのみち翼なんてものを突然身に付けたら嫌でも目立つからな。今更情報を秘匿する必要もない」
「それもそっか……うん、でも一応このことは誰にも言わないでおくね」
「別にそんな宣言しなくてもオリビアが人の情報を誰彼かまわず話す奴じゃないって分かってるから気にすることないぞ」
「そ、そうかな?」
何気ないアカムの言葉に少し顔を赤らめて髪を軽く弄るオリビア。
もちろんその言葉通りオリビアは人の情報を漏らさないように気を付けるし、うっかり口を滑らすほど口が軽いわけでもなくむしろ他の人よりもずっと口が堅いが、流石に正面からそれを言われるとどうしても照れてしまう。
その二人のやり取りを見てイルミアは呆れたような笑みを浮かべて軽く首を振っていた。
「はあ……アカム、あんたホントに馬鹿ね」
「なんで?」
「別に。まあ、使うのには反対しないわよ。私も空を飛ぶのには興味あるからね」
ため息を吐いて言われた言葉にアカムは首を傾げるが、それを流してイルミアは機械因子の使用を許可した。
アカムの説明の中で、人を抱えて飛ぶことも可能であり、その時は当然イルミアを抱えて飛ぶつもりだと言われていたのでイルミア自身楽しみにしていたのだ。
イルミアからすればそれは自由に飛ぶとは微妙に違うことなのだろうが、それでも本来は有翼種の特権である空を飛ぶということに憧れのようなものがあるらしく、許可を出すイルミアは非常に楽しみなのか満面の笑みを浮かべていた。
「んじゃあ、早速使うか」
「はいはい、まあどんな風になるのか知らないけど、どうせ見ていて気持ちのいいものではないだろうし向こうの部屋に行ってるわ。さ、オリビアもいきましょ」
「え、あ、うん!」
イルミアの許可も得たところで早速とばかりに使おうとするアカムにイルミアがそう声を掛けるとオリビアの手を引いて部屋から出ていく。
正直なところあの小っちゃい球体がどう翼になるのか興味があったオリビアだったが、見られたくないこともあるだろうと素直に従った。
そして、そのまま隣の部屋にくるとイルミアが椅子を用意してそこへ二人腰かける。
「ねえ、オリビア。あなた、アカムの好きでしょう?」
「え? う、うんアカムっちも、それにイルミアさんも好きだよ?」
そしてイルミアに問われた言葉にオリビアは一瞬驚きながらもそれを一応肯定する。
それは友人としてという意味合いだということは明らかだった。
「そうじゃなくてね?」
「……うん、まあね。初めて出会ってから二年だけどずっと好きだったよ。笑っちゃうよね。初めて好きになったのがお嫁さんのいる人だなんてさ」
「別におかしくはないと思うわよ」
「うん、ありがと。でもどうして突然?」
優しい笑みを浮かべながら、そう言うことではないとイルミアが言えばオリビアは少し悩んだ様子を見せてからあっさりと肯定する。
だが、正直な気持ちを言葉に出すオリビアに悲しい様子はなく、すでに割り切っているようだった。
だから、どうして突然そんなことを聞いてきたのか分からずオリビアは首を傾げる。
「何か考えがあるわけじゃないわよ。ただ、私たちの間に子供ができたって聞いた時のオリビアが少し無理してるように感じたから」
「え? そう……かな? 私は本当に心から祝福したんだけど……でも、もしそう感じたのならそれは、実感しちゃったからだろうね」
イルミアのその言葉にオリビアはそんな風に見えただろうかと再び首を傾げる。
だが、それでもイルミアがそう感じたというのであればと少なからずそう見える要素があったのだろうと少し考えて、その理由について語りだす。
「二人は結婚しててもずっと子供を作ってこなかったでしょ? やっぱりさ。結婚したら子供を作るものだって思ってたから不思議だったんだ。だから二人の子供ができたって聞いたとき知らず知らずのうちに、二人が夫婦だってことを強く実感したんだと思う」
「……そっか。どうやらいらぬおせっかいだったようね」
「ううん、ありがと。でも、よかったあ」
「? 何がよかったの?」
それを語るオリビアに暗い様子はなく、むしろ晴れやかといった様子であり、それを見たイルミアが余計な心配だったようだと肩を竦める。
そんなイルミアに苦笑しながらもオリビアがなぜか安心した様子をみせて、イルミアはそれを見てどうしたのかと尋ねた。
「ほら、二人の子供ができたっての聞いてさ。真っ先におめでとうって言葉が出てきてよかったなって。何よりもまず二人の事を祝福できたことにすごく安心した。おかげで私は自分自身に嫌悪することなく胸を張っていられるもんね!」
「オリビア……あなた将来はすごくいい女になると思うわ。ううん今の時点でもそうね」
「そう? ありがと! イルミアさんがそう言うなら絶対だ! だって、イルミアさんほどのいい女なんてそうそういないもんね!」
互いにそんなことを言ってしばらく小さく笑みを浮かべて見合っていたが、やがてどちらからともなく吹きだして笑い始めた。
笑い始めたら止まらなくなってその後しばらく笑い続けていたが、やがてアカムから機械因子の導入を終えたという声がかかり、二人はなんとか笑うのをやめると仲良く部屋から出てアカムの様子を見ることにした。
「おう、終わったぞ。にしても何を笑ってたんだ?」
「それは内緒。にしてもそれが翼……?」
「アカムっちには関係のないことだよー。というか何それ?」
突然聞こえてきた笑い声がなんだったのか尋ねるアカムだが、二人とも誤魔化してアカムの背中にあるものを指して首を傾げる。
「まあ、これが翼……らしい」
「らしいって」
「だってこの見た目だぞ?」
その反応に、アカム自身感じていたのかやや煮え切らない様子で説明する。
それに呆れたようにツッコミを入れるイルミアにアカムは後ろを向いて見やすくしながらそう言う。
アカムの背中から腰、それから両肩と脇腹の辺りは四肢と同じように金属で構成され、さらにその背中には五角形の盾のようなものがくっ付いていて、その上部から管のようなものが、肩を回りアカムの首元まで伸びているせいでまるでリュックでも背負っているようにも見える。
その五角形の盾のような部分の下側は穴が開いていてさらにその穴を閉じるためなのか、蓋のようなものもついていて、アカムが何かしたのか青白い光がそこから漏れ出したり、その蓋のような部分がその穴を閉じたり開いたりと動く。
そしてその背中のソレの両側にはまるで巨大な刀身にも見える、おそらく翼なのだろうと思われるものが一対ついていて、肩の辺りから膝のあたりまで真下に伸びている。
たしかにそれは地上にいる時に翼を畳んでいるオリビアの状態と似てこそいるが、その翼に折り目はどこにもなく、またただただ無機物の真っ直ぐなものでイルミアやオリビアにはどうにも翼には見えないものだった。
「で、実際に飛ぶときは……この状態で飛ぶらしい」
「ふーん……まあ、一応……翼なのかしら?」
「それでどうやって羽ばたくの? どう見ても羽ばたけないと思うけどなー」
それからアカムがそれを動かし、翼を左右に広げて見せればまあまあ翼に見えなくはない。
だが相変わらずその翼には折り目は無く、オリビアはそんなんじゃ無理だと呆れた視線を向けていた。
「ああ、鳥とかのように羽ばたいて飛ぶんじゃなくて魔力を噴出させて飛ぶんだよ」
「魔力を?」
「うーんどういうこと?」
「そうだな……さっき青白い光が見えたろ? あれがつまり魔力なんだけど……そうだなゆっくり飛んでみるか」
どう説明していいか分からず、アカムはとりあえず実際に飛んでみることにした。
もちろん、一気に飛ぼうとすればどんな勢いで飛び上がるか分かったものではないため、徐々に魔力の噴出量をあげていく。
そうしてある程度、魔力の噴出量が上がったところでアカムの身体全体が上へと上昇していく。
そしてゆっくりゆっくり家の天井付近まで上昇すると今度は魔力の噴出量を徐々に下げることで降下していく。
空を飛べるということは間違いないようで、それを見たイルミアとオルビアの二人はまさか本当に飛ぶとはと驚いて大口を開けて固まっていた。
つまりジェットパック&主翼&推力偏向パドル