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60話 子供

 あれからアカムは家へと帰ってから一時間ほど。

 その間アカムはアイシスと本日の迷宮でのことについて振り返りながら話して時間を潰していた。

 そうして結局のところ五十階層の魔物についてはほとんど話さず、ずっと守護者ガーディアンの話題で盛り上がっていたところでイルミアが帰ってきたのか扉を開ける音がする。


「おう、おかえり」

「おかえりです」

「ただいまー」

「おっじゃましまーす!」


 その音を聞いて声を掛ける二人だったが、返ってきたのはイルミアの声だけではなかった。

 程なくして居間までイルミアが来るとその背後から背中から翼を生やした小柄の少女、オルビアが姿を現した。


「やっほーアカムっち、お久しぶり……ってさらに変になってる!」

「変じゃねえ。むしろかっこいいだろ」

「相変わらずやかましい鳥娘です。機械因子オートファクターの良さが理解できないとは」

「ええー酷い言われ様……あ、アイシスちゃんも久しぶりってアイシスちゃんもなんか変になってる!」


 元気に笑ってアカムに声を掛けるオリビアだったが以前見た右腕だけでなく左腕も、さらには対象の能力などを見破るアーラの目によって今は人の脚に擬態している両脚も機械因子オートファクターになっていることを見抜く。

 それを指して思ったことをオリビアが口に出せば、アカムだけでなくアイシスまでがその言葉を強く否定する。


 まさかアカムではなくアイシスにそこまで言われるとは思ってなかったのか肩を落とすオリビアだったがすぐに気を取り直して今度はアイシスへと挨拶をする。

 アーラの目はそのアイシスの変化すらも見抜いて、その情報から今度はアイシスへ失礼な物言いをして騒ぎ始めた。


「よろしい、鳥娘。口を開けなさい」

「へ? こう? ……ング!?」


 その言葉に笑みを浮かべたアイシスがそう言えばオリビアは疑うことなく口を開く。

 そこにアイシスが勝手に機械因子オートファクターを操作して小さい何かを指でその口の中へと放り込んだ。


「噛み砕きなさい」

「で、でも、これって」

「噛み砕きなさい」


 口の中に入ったそれから感じる味にその正体に気付いたオリビアがやや涙目になるが、アイシスはただ笑顔を向けながら同じ言葉を繰り返す。

 オリビア自身には怒らせたような自覚は無いが、どうやらアイシスは怒っていて、おそらく自分の何かがまずかったのだろうとは察していたオリビアは吐き出すでもなく口に入れられたもの――高濃度高圧縮栄養剤ハイレーションを噛み砕いた。


 その瞬間、オリビアは盛大に顔を顰めて、数粒の涙を流しながらも彼女はそれをしっかり噛み砕いてから呑み込んだ。

 それを確認してアイシスもとりあえず納得したのか、先ほどまで感じさせていた怒気を潜める。


「で、オリビア様、私がどうかしましたか?」

「うう……不味い……あ、んとね。前はほら姿を見せてたって言ってもなんていうか虚像みたいな感じだったけど、今日はなんていうかすごくはっきりしてるからさ」

「なるほど。確かに以前お会いした時は精霊になる前でしたからね……」


 改めてどういうつもりで自身を変だなどと言ったのかアイシスが問い詰めれば、まだ口の中に味が残っているのが顔を顰めているオリビアがそれに答える。

 説明が難しいのかややあやふやではあるが言いたいことはハッキリと分かる説明で、アイシスも納得する。


 横でそれを聞いていたアカムとイルミアは互いに目配せして頷き、イルミアが台所から一つ小皿を持ってくると机の上にコトンと置く。

 その音に気付いたアイシスとオリビア二人は首を傾げてイルミアを見るが彼女は何も言わない。


 そして今度はアカムが超高濃度高圧縮栄養剤ハイレーションを取り出して、それを見てオリビアはビクッと身体を震わせる。

 だが、それがオリビアに投げられることは無くアカムがそれを指で挟んで砕き、粉々になった超高濃度高圧縮栄養剤ハイレーションの粉末が小皿に盛られた。


「さて、オリビアからすれば確かにアイシスの変化というのは奇妙なものだろうと俺は思うのだが」

「ええ、私もそう感じたわ」

「だとすれば、オリビアが咄嗟にああいってしまうのも仕方がないことではないか」

「ええ、全く別の存在になっているのだから変になってるのは間違いないわね」


 それからどこかわざとらしい言いまわしで会話するアカムとイルミア。

 その会話にオリビアは首を傾げ、アイシスは顔を引き攣らせている。


「にも関わらず、超高濃度高圧縮栄養剤ハイレーションを食べさせられたというのは少しばかり理不尽ではないかと俺は思うのだが……なあ、アイシス」

「ね? アイシス」

「……いただきます」


 はっきりと最後まで言わず、目で訴えてくるアカムとイルミアの視線を受けたアイシスは数秒固まり、やがて諦めたように小皿の前に座ってそう呟く。

 そして数分後、情けない顔を晒しながらも小皿に盛られていた物を綺麗に片付け、今は力尽きたように机に伏せているアイシスの姿がそこにあった。


「さて、改めて久しぶりだな。俺のほうはまあ見ての通りだが元気だ」

「確かに元気っぽいね、あ、これお手紙!」


 そんなアイシスは放っておき、アカムは改めてオリビアと挨拶を交わす。

 それに答えつつ、オリビアは腰の鞄から手紙を取り出してそれをアカムに渡した。


「親父からか……えーと……うわ」

「なんて?」

「弟か妹か知らんが子供ができたってよ」

「あらまあ」


 受け取った手紙をすぐに開いて流し読みすると、そこには長々とどうでもいい事と新たに子供ができたという報告があった。

 それを見てアカムが呆れにも聞こえるような声をあげ、イルミアにもなんて書いてあったかを知らせれば驚いた様子を見せる。


「えっとおめでとう?」

「一応……な。にしても俺らの子供と同い年になる兄弟とかどうなんだ」

「ん……? え!? 二人の子供できたの!? おめでとう!」


 目の前で読まれたため意図せず手紙の内容を知ってしまいオリビアが微妙な様子で祝いの言葉を漏らす。

 そしてそのオリビアの言葉に返したアカムの言葉により、アカムとイルミアの間にも子供ができていることに気付いたオリビアが今度は正真正銘心から祝福して、自分のことのようにはしゃぎ始めた。


「ふふ、ありがとう」

「うん! それにしてもようやくかあ。二人が結婚したのってたしか五年前だったよね? アカムっちの甲斐性が無いからかな?」

「失礼な」


 オリビアの祝福にイルミアも嬉しそうに笑みを浮かべるが、ふとオリビアが言った言葉にアカムが軽くデコピンする。

 突然受けたデコピンにオリビアは痛そうに頭に手をやって頬を膨らましながらアカムを睨むが、アカムには効果は無いようでむしろ手でデコピンする形を見せれば、オリビアは慌ててイルミアの後ろに隠れた。


「それは私から言い出したことなのよ」

「え?」


 イルミアが苦笑しながら先ほどのオリビアの言葉に注釈を入れる。


 結婚して五年の間、二人の間に子供は作られなかった。

 それは作ろうとしてできなかったのではなく、そもそも作らないように二人がしていたからこそだ。

 だが、それは一般的な考えからは離れていることだ。


 冒険者、特に異界迷宮に潜る冒険者の死亡率はそれなりに高い。

 そのためか結婚したりすれば、自分の血を残すために誰もがすぐに子供を作ろうとする。

 それが一般的な考えである中でアカムとイルミアは子供を作ってこなかった。


 それはイルミアがそう願ったからこそに他ならない。

 アカムが自分がどこまで行けるかを知りたいから迷宮に潜っていることは知っていたイルミアが、負担にならないようにそう願ったのだ。

 それにアカムはそんな考えを持つわりにはかなり慎重な面があったため、今でなくとも十分時間はあるだろうという安心感があり、ただアカムと一緒にいられれば何も不満はなかったイルミアも積極的に子供が欲しいとは思わなかった。


 当時はそう思い、そして五年の間も寂しいとか子供が欲しいと思ったことは一度もなく自分は幸せだったのだと、当時の事を説明したイルミアは最後にそう締めくくった。


「イルミアさん……すごい……なんか、もうすごくカッコいい! でも、やっぱり問題はアカムっちだよ! アカムっちの甲斐性が無いのが悪い! 今の話を聞いてハッキリ分かった」

「ええ、これは確かにマスターが悪いです。そこはマスターが『そんなこと知るか』とでも言って迫るべきでしたね」

「うんうん! アイシスちゃんの言う通りだよ!」


 イルミアの話にすっかり聞きこんでいたオリビアがその話に感動したのか、キラキラとした目でイルミアを見つめて騒ぐ。

 それからビシッとアカムを指さしたかと思うとアカムが悪いのだと言って、さらにアイシスもそれに便乗した。


「ふふ……そうね。アカムが悪いのかもしれないわ」

「お前まで……はあ、分かった分かった、俺が悪かったな。これからは頑張るさ」


 二人の言い分に笑いながらイルミアにまでそう言われたアカムは呆れたようにしながらも、言い返すことはせず、自分の非を認めこれからはもっと頑張ると宣言した。


「では、マスターこれを」

「悪いことしたら罰が必要だよねー」


 そんなアカムを見て、オリビアとアイシスは向き合って笑みを浮かべると超高濃度高圧縮栄養ハイレーションを食べろと迫る。

 どうやら仕返しするためにわざわざあんなことを言い始めたようだ。

 こいつら仲良いなと思いつつ、アカムは超高濃度高圧縮栄養ハイレーションを渡された一粒だけでなく追加を取り出して合計十粒丸ごと口に入れバリバリと表情も変えずに噛み砕き呑み込んだ。


 確かに不味いが、アカムの場合燃費の悪さから迷宮で昼食べる時もそれなりの量を食べるため、すでにその不味さにも慣れきっている。

 そのためそこまで過剰な反応を見せることなどないのだ。

 むしろ十粒まとめて食べる姿を見せられたアイシスとオリビアの方が顔を青くしていて、その様子にこいつらもまだまだ子供だなとアカムは呆れる。


 こうしてアイシスとオリビアの些細な企みは自爆という形で終わったのだった。


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