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6話 特異体

 冒険者ギルドから出ると日もすっかり沈み辺りは暗くなっていた。

 とはいえ、魔石を燃料にして明かりを灯す「魔灯」という魔道具が街全体に敷かれていて辺りを薄く照らしているので真っ暗というわけでもない。

 この「魔灯」も、異界迷宮から出てきた明かりの魔道具を解析して作られたものだ。元々明かりの魔道具はこの世界にもあったのだが異界迷宮産の物はそれよりもはるかに効率がよく、魔石を四つに割った欠片を燃料にしても一か月は問題なく稼働し続ける。


 アカムとイルミアは仲良く並んでその照らされた街中を歩いて家へと向かっている。

 今は、春の中ごろであるため陽が沈んでも寒いわけではないがそれでも少し冷える。イルミアはなんとなくアカムの右手を握った。


「金属っぽい腕のはずなのに暖かい……」

「ああ、ちゃんと触れてる感触もあるぞ」

「そう……さっきはああ言ったけど、気を付けなさいよ。今回はこの腕があったけど次はそれも無いかもしれないんだから」


 肉体との体温の差異が違和感になる可能性があるため、アカムの義手は常に体温と同じであるように調整されている。

 その手を握ったイルミアはその温度を感じつつ、アカムの身を案じるように言葉を投げかける。

 そんなイルミアに、アカムはバツが悪そうに頬を掻いて口を開く。


「ああ、分かってる。気を付けるさ。まあでも何があっても生きて戻るからそれだけは安心してくれ」

「絶対よ?」

「ああ、絶対だ。命大事にってな」


 念を押すように言ってくるイルミアに、アカムもはっきりと答える。どこかおどけるような調子であったが、それでもアカムの言葉に嘘はなく本気で言っており、イルミアもちゃんとそのことを理解しているのかそれ以上は何も言わず少しだけ、身を寄せるようにする。

 アカムも右腕でイルミアを軽く抱き寄せながら道を歩いていく。


 アカムたちが歩くこの道は多くの屋台や酒場が立ち並ぶ通りで、周りにはそれぞれ酒や飯を食っている冒険者や住民がいるのだが、道のど真ん中で仲のよさを見せつけるように歩く二人を見て、半分ほどは美女と野獣だなと呆れかえり、四割ほどは特に気にもしない。そして残りの一部の寂しい男たちは煽るように酒を飲むのだった。


「今日は外で食ってくか?」

「うーん……そういえば色々切らしてたわね。そうしましょ」


 なんとなく思いついたと言った様子でアカムが突然の提案をする。

 イルミアはその言葉に家の冷蔵庫の中身はどうだったかと考えるが、材料など切らしていることを思い出してアカムの提案に乗ることにした。

 イルミアの了承も得られたところで立ち並ぶ屋台などを見渡し適当に目についた店へと入っていった。


 店に入るとそこそこ客が入っていて何人かは顔を真っ赤にするほど酒を飲んでいるようで全体的に騒がしいところだった。

 アカムは冒険者であり、イルミアもまた元冒険者であるためそういった空気が嫌いというわけでもなかったので気にせずに、店の奥にちょうど空いていた席へと座る。

 調理場で額にタオルを巻きながら料理している店主の姿が見えるようになっていて、そこからおいしそうな臭いが広がっていて食欲をそそる。


「この店は初めてだな」

「そうね……あ、ここは肉を油で揚げた物がおいしいみたいね! あそこに大きく書いてあるわ」


 初めて入る店に視線だけ動かしてざっと見てアカムが呟くと、それに空返事しながらメニューやおすすめを探していたイルミアが目的の物を見つけ、ややテンションをあげた様子で声をあげる。


「ふーん、鳥、豚、牛に魚もやってるのか。どれにする?」

「私は牛で」

「酒は?」

「いらない」


 肉の種類にいくつかあるようなので希望を聞けば即座に返答が来る。続けて短い言葉で注文するものを決めていくその姿は慣れたものであった。


「よし。俺は魚っと。 おーい! 牛と魚を……一皿の量は? なら両方二皿、後はパンとスープをそれぞれ二つ頼む!」


 調理場で料理して忙しそうな店主に大声でいくつか確認しながら注文を飛ばす。

 無事注文できたことを確認したアカムは頼んだものがくるまで軽くイルミアと雑談を交わすことにした。


「そういえばこの腕なんだが。魔力を馬鹿食いするんだよな」

「へえ? あれ、でもあんた、容量も回復力も高いのにまともに魔力使えないはずよね」

「使えないってわけじゃねえよ。一度に放出できる量が一般人ってだけで」

「それを使えないっていうのよ」


 アカムが右腕を触りながらそういえばそもそも魔力が使えないことを指摘される。苦し紛れの反論を言うがバッサリと切り捨てられてうなだれる。


 イルミアが言うようにアカムの魔力容量はそれこそ下級魔術師並にはある。下級とはいっても中級魔法を十発は放てる程度の魔力量で魔法をあまり使えない人とは隔絶した量である。回復力も高く、すぐに回復する。というよりもその回復速度ははっきり言って異常であり、仮に魔力が瞬間的に全てなくなっても一秒もかからず全回復するほどのものだ。

 人間種ベーシスには種族的な優位性がないかわりに、稀にこういった特異な能力を持って生まれてくるものがいて、そういった者を特異体イレギュラーと呼び、アカムもその特異体イレギュラーの一人で、魔力の異常回復能力を持っていた。


 そんな能力を持つのに剣士として戦っているのは一度に放出できる魔力が一般人と同レベルで、生活魔法しか使えないからだった。体外に放出するわけではない身体強化ならある程度扱えるがそれだってある程度でしかなく、せいぜい中の下ぐらいの効果しかない。

 その代わり永遠にかけ続けることができて継戦能力に優れているし、中にはここぞって時の切り札として数分しか身体強化を行えない冒険者もいるのだから、恵まれている方ではある。

 そうはいっても折角、無限に使える魔力があるのだからアカムとしてはもっと魔法が使えたらいいのになと思わずにはいられなかった。


「まあ、それはいいんだ。こいつはな俺が魔力を送り込んで動いてるわけじゃないんだよ」

「ええ? だってそれも一応魔道具みたいなもんなんでしょ? それなら魔力を送らないといけないじゃ」

「いや、なんかこう管みたいなものを俺の魔力炉に直接つないで勝手に魔力を吸い取っていくんだよ」

「え? それ大丈夫なの? いや、今の様子見る限り大丈夫なんでしょうけど」


 うなだれるアカムだったが今はそう言う話ではないと気持ちを切り替え、義手の仕組みについて少し話し出した。それに対してイルミアは半信半疑であり、そもそも無理やり吸い取られているのは危険ではないかと心配になった。


「ああ、全然平気だな。まあ最初吸い取られた時魔力が一気になくなってめちゃくちゃ気持ち悪かったけどすぐになれたし」

『付け加えさせてもらうならば各人に合わせて無理のないレベルで、魔力を取り込みますので危険はありません。マスターの場合は出力、つまり魔力回復力が異常であるため機械因子オートファクターの性能限界で供給していますがまだまだ余裕でそれこそ後十個はフル稼働し続けることが可能です』

「だってさ」

「あんたの魔力回復力がそこまで異常だとは思わなかったわ」


 イルミアの心配を吹き飛ばすかのようにあっけらかんと問題ないことを伝えると、突如アイシスもやや声を抑えて会話に入ってきて補足してくれる。

 そのことにアカムも驚くことなく肩を竦め、イルミアは自らの夫の体質の異常さに呆れていた。

 そうして話のキリがついたところでちょうどよく料理が運ばれてきたため金を払い、料理を受け取ると、二人は食べることに集中することにした。


 アカムの皿には手の平ほどの大きさの魚を丸ごと揚げられたものが五匹ほど乗っかっていて、それが二皿で十匹分ある。アカムはそれを尻尾の部分を掴み上げ、上を見て口を開けて頭ごと食べ、骨も内臓も関係ないとばかりに噛み砕いていく。


 一方のイルミアの皿には中皿いっぱいの大きさの肉がどでかく乗っかっているものが二皿あって、それをナイフで綺麗に切って食べていく。その食べ方はある程度上品なのだが肉が消えていく速度はやたらと早く、パッと見では胸以外細い体つきをしているイルミアのどこに入るのか不思議に思う光景であった。


 どちらもかなりの量があったと言うのに十分もかからずそれぞれの胃の中に消え、近くの席にいた者などは目を疑い、間違いではないことを確かめると引き攣った笑みを浮かべていた。


「うまかったな。ここはまた機会があれば来たいな」

「ほんとね。ちょっと量は物足りなかったけど問題ない範囲だし」


 それぞれ感想を言って、また来ることにしようと決め、二人は立ち上がる。

 イルミアの感想を偶然聞いていた若い男は口を開けてポカーンとしていたがそれに二人が気づくことは無かった。


 席の間を歩き、店を出ようとしているとやたらと盛り上がっていたテーブルの客の一人が立ち上がり、傍をちょうど通ろうとしていたイルミアとぶつかってしまう。

 とはいえ立ち上がった拍子に軽くぶつかった程度であり、元冒険者でもあるイルミアはその程度でよろけることも無かったため大した問題ではない。

 それでもぶつかったことは事実であるから、立ち上がってぶつかってしまった男は振り向きながら謝罪の言葉を口に出す。


「っと、すまなっ……!? け、『潔癖』のアカムさん!? ってことはこちらのお方は『鉄拳』!? す、すいません! わざとじゃないだ! 本当に! 以後気を付けるからた、頼む……許してくれぇええッ……!」


 最初は普通に謝ろうとしていたのだが、アカムの姿を確認し一瞬固まると突如慌てた様子で謝り倒してきた。男はなぜか顔面蒼白だった。


「いやいや、そんなビビる必要はないだろう。ちょっとぶつかることくらい誰でもあることだ。こいつもぶつかった程度でどうにかなるような女じゃねえしな。なあ?」

「ええ、何ともないわ。これからは立ち上がるときには周りを一度確認しなさいよ?」

「あ、ありがとうございます!」


 二人の言葉に男はまるで命の瀬戸際から何とか逃げ延びたかのように涙を流し、深く頭を下げて感謝していた。

 アカムもイルミアも少し引き攣った笑みを浮かべながらその場を後にする。


 店を出てアカムは大きくため息を零す。


「この店も、もういけねえな」

「そうね……おいしかったのに」


 二人して乾いた笑みを浮かべて、とぼとぼと家に向かって歩いていった。


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