58話 初期化
アカムは無事、五十階層の守護者を倒すことができた。
その報酬とでもいうべきか、守護者が消え去ったその場には守護者の使っていた機械因子が残され、アカムとアイシスの二人はそれを見てしばし呆然とする。
呆然としながらもアカムは左腕を動かして、地面に転がった肘から先が無い機械因子に、左腕で掴んだままだった前腕部を置くと独りでにくっ付いて、一つの右腕のようになる。
かといってそれ以上動くことは無く、ただただ金属でできた腕がそこにあった。
「……これどうなるんだ?」
「一応使用後であってもそれを使っていたマスターがいなくなれば再利用可能ですが……今回は状況が状況ですし、どうでしょうか……」
アカムがそれを見てアイシスに尋ねれば、一応再利用はできるとのことだがいまいちはっきりしない。
確かに今回はそのマスターと思わしき存在は守護者であり、それは既にアカムによって倒されている。
だが、ここは迷宮という不可思議な法則からなる場所であり、ともすればこの機械因子のマスターは迷宮そのものという可能性もある。
そういった可能性を想定してアイシスはハッキリと告げなかったのだが、それを確認するためにアイシスは残された機械因子へと近づいていく。
「さてどのような反応をするでしょうか……特殊コードを入力、コード:《リカバリー》」
『……特殊コードを確認……マスターの有無を確認……当該機械因子のマスターの反応なし……魔力炉の接続も無し……死亡と判定、特殊コードの実行を承諾。機械因子の初期化を開始します』
そしてアイシスがコードなるものを言えば地面に転がっている機械因子から平坦な音声が聞こえてくる。
それはその機械因子に搭載されているAIシステムなのだろうとすでに馴染んでいる知識からアカムは判断し、その言葉からどうなるかの予想はついたため黙って変化を見守る。
そして、機械因子が手の先の方から小さく分裂していくと、肩口から変化前の機械因子と同じ黒い球が現れる。
そしてその黒い球の中に小さく分裂した各部のパーツが吸い込まれるようにして消えていき、最後には見覚えのある黒い球だけがその場に残された。
「どうやら再利用できるようだな?」
「はい。やはりマスターとして登録されていたのは先ほどの守護者であり、その守護者も一体一体ちゃんと存在が別に確立しているようですね」
黒い球の傍までアカムも近づいてそう言えばアイシスは頷いて少しばかりの推論を口に出す。
アカムとしてはそれぞれ別人だということは当然だと思っていたので、アイシスの推論には首を傾げるだけで深く追及はしない。
代わりにアカムは球体の初期状態である機械因子を手に取って、これまでの物と違いはあるかとよく見てみるが、差異は一つも見つけられない。
「にしても両足を機械因子にしてからまだ二日だぞ。というか次は全身機械化になるのか?」
「いえ、機械因子で全身を完全に機械化することはできません。マスターの場合は機械因子を使うことができるのは後一部分だけです」
またしても前回手に入れてから短期間で手に入った機械因子にアカムは呆れつつ、使用するならばどうなるかと想像してそれを口に出せば、アイシスがそれを否定する。
「初めて聞いたが?」
「今、初めて伝えましたし然程重要な事柄でもなかったですからね」
初耳だとアカムが怪訝な目で見れば悪びれも無くあっさりとアイシスはそう答える。
「でも、全身機械化するんじゃないないかってイルミアと話してる時に否定してくれればよかったのに」
「イルミア様とそんな話していましたか?」
「いや、両足を機械因子に変えるときに……ああ、寝てたなお前。ってかまじで寝てたのか、あの時」
だったらもっと早めに言ってくれとアカムは言うが、アイシスはその話題でアカムとイルミアが話していた時、正真正銘眠っていたので記憶がなかった。
そしてそれ以前にも全身機械化について触れたことはあったが、その時アイシスはまだ精霊となりきっておらず自我も薄い、ただのシステムに近い状態だった。
そのため、当時は聞かれるまでは空気を読んで答えるといったこともしなかったのだ。
「んで、その最後に導入できるのってどこなんだ?」
「最後は今までと少し様相が異なるのですが強いて言うならば背中ですね。もっとも、背中を機械化するというよりも背中に新しく取り付けると言った方が正しいのですが」
とりあえずアイシスの会話で、全身機械化ができないことは納得したアカムはそれなら最後の部分はどこになるのかと尋ねれば、何ともハッキリしない答えが返ってきた。
その答えにアカムは首を傾げるが、アイシスもそれで伝わるとは思っていなかったようで小さく笑いながら説明を続ける。
「そうですね。以前、有翼種のオリビア様とお会いしましたよね。言ってしまえば彼女の背にあったものと同じものが取り付けられます」
「オリビアの背にあるもの……? ああ! 翼か!」
「その通りです。機械因子の最後の導入部は翼。空を飛ぶための機関を取りつけることになります。まあ、彼女のような生物的な構造の翼ではありませんが」
そして続く説明にアカムは一体どうなるのか理解して、やや興奮した様子を見せる。
どうやら本格的に空を飛べるということに何やら思うところがあったようで、子供のようにはしゃいでいる。
すでに腕に引っ張られる形で飛ぶことも可能だというのにとアイシスは呆れるが、アカムにしてみれば腕に引っ張られる形での飛行はあくまで腕を引っ張られているものとしか思えず、端的に言って格好悪いものだった。
だが、それが有翼種のように飛べるというのであれば話は別だ。
彼らのように空を自由に飛べるのなら飛んでみたいと思うのは有翼種以外の種族であれば誰しも考えることで、それが叶うのだからアカムは非常にわくわくとした気持ちになっている。
「そういえば、その翼による飛行能力は人一人を追加で抱えても飛べるのか?」
「はい。一人と言わずマスター十人分の重さがあっても飛行可能かと」
「そうか!」
さらに詳しく聞いて帰ってきた解答にアカムはますます笑みを浮かべて喜ぶ。
そうであれば、ただ自分が飛ぶだけではなくイルミアにも空の景色を見せることができる。
その光景を想像し、いい土産話ができたと頷くがそこでふと正気に戻る。
「っと、それはイルミアに相談してからとして、まずはこのまま先に進むか」
「そうですね。まあ、イルミア様も普通に許可しそうですけど」
アカムの言葉に、なんだかんだアカムに甘いイルミアの事を思い出しながらアイシスが答える。
その言葉にアカムも正直なところ許可が貰えないとは思っておらず、ただ肩を竦めるだけで反論は言わない。
「ん、まてよ? イルミアに許可が貰えたとして、背中に翼……どんな形か分からんけど横に慣れなくなるんじゃ?」
「翼部分はこれまでのように手足を変えるのではなく、取り付けるものですから基本的に取り外しが可能になってますよ」
「じゃあ、実際には機械化することは無い感じか」
ふとした疑問を口に出せば、それにアイシスがすぐに答えてくれる。
アカムも帰ってきた答えに納得するが、アイシスが首を振る。
「いえ、背中から腰の中ほどまでは機械化しますし、鳥に掴まれたかのように両肩と脇腹辺りもまた機械化します。とは言っても背中以外はそういうデザインの鎧を着こむような形になりますが」
「なるほど。でもそれってほとんど全身機械化と言っても過言じゃないよな」
「生殖能力は残りますので全身機械化ではありません」
「……判断基準はそこなのか」
さらに詳しくどのような形になるのか教えられて、それはもう全身機械化と変わりないのではとアカムは感じたが、アイシスが、理由と共にそれを否定する。
全身機械化ではない判断基準を聞いて、なにやら呆れてため息を吐くアカム。
そんなアカムの様子にアイシスは首をひねるが、すぐにアカムも平静になったのでアイシスも気にしないことにした。
それからアカムは、守護者を倒した時に現れた石版へと向かって歩き出し石版に触れるとアカムは五十階層のどこか別のエリアへと転移したのだった。