57話 五十階層
アカムが両足を機械因子に変えてから二日経った。
その二日でアカムは四十八階層、四十九階層を進み、五十階層への挑戦権を得ている。
そして、今日はその五十階層へと挑もうとアカムは迷宮まで来ていた。
五十階層。
その階層は初めて挑むときは特別な意味合いを持つ階層だ。
迷宮では十階層毎に守護者と呼ばれる普通よりも強力な魔物が現れ、それを倒さない限りその先へ絶対に進められないようになっている。
五十階層もまた初めて挑むときは守護者を倒さなければならないのだ。
アカムも半月ほど前には四十階層の守護者と戦っていて、その時はそれなりに苦戦したものである。
「さて、いよいよか」
「四十九階層もまだまだ余裕でしたが、前回の事がありますからね。油断はできませんね」
「当然だ」
そして今、アカムは五十階層の小部屋で軽く準備運動をしてから、目の前にある大扉を見て呟く。
アイシスもそれに相槌を打って、それに頷くアカムだったがその表情からは確かな自信が感じられる。
もちろん守護者がそれまでの魔物とは別格の強さを持ち合わせていることは承知しているが、これまでの経験が確かな自信を与えているのだ。
それから一度深呼吸するとアカムは目の前の扉を開き、その中へと足を踏み入れる。
そこは円形状の広々とした空間が広がっていて、今までの守護者のいたエリアと全く同じ様相をしている。
そして、完全に部屋にアカムが入ると背後で大扉が勝手に閉まり、同時に目の前に魔法陣が浮かび上がるとそこから光の柱が天井へと伸びた。
「さて、五十階層の守護者はどんな魔物か……なんだと?」
「っ!? ……識別……間違いありません」
光が消え、その中から現れたのはアカムと同程度の体格の人型の魔物。
ただ、その魔物は全てが真っ黒に塗りつぶされたような姿をしていて人とは明確に違う形をしていた。
だが、何よりもアカムとアイシスを驚かせたのはその右腕だ。
守護者の右腕、本来であればそこもただ真っ黒に塗りつぶされた腕があるのだと予想できる。
だというのにそこにあったのは確かに黒い腕ではあっても普通の人の腕を黒く塗りつぶした腕ではなく何かしらの金属でできたような異形の腕だった。
その腕を見てアカムは眉を顰め、アイシスも驚愕しながら識別してそれが間違いないことを確認して呆然とする。
「まさか、機械因子の使い手と戦うことになるとはな」
「……解析しましたが出力はマスター並に安定しています」
「ってことはフルスペックで……っ!?」
そうして呑気に会話しているところで、守護者が一瞬で目の前まで迫ってきたことでその会話は中断させられる。
守護者の速さはウェアウルフ並でかなりの速さだった。
それでも感覚をすでに強化されていたアカムに捉えられないほどのものではなくアカムは繰り出された右腕の攻撃を大鉈の腹で受ける。
「ぐっ!?」
そして守護者の右拳が大鉈に接触した瞬間、アカムは凄まじい衝撃を感じて、地面を削りながら数歩分後ろに弾かれる。
とはいえ、その攻撃によるダメージは無い。
アカムも驚きこそしても苦しい表情は見せず何が起きたのか確認しようと視線を移すがすでにそこに守護者の姿はなく、アカムはそれを認識すると慌てて前方へと全力で駆けてその場から移動すれば、その直後に背後を何かが通り過ぎたのを感じ取ると共に轟音が耳を貫く。
何が起きたのか確認するためアカムが振り向きながら急静止すれば、先ほどいた場所の右側の壁に大きくひびが入り、土煙が上がっていた。
アカムがその光景を目にすると同時に土煙の中から何か小さめの物が飛び出してアカムへと迫ってくる。
その正体が肘から先を分離された腕であることに気付いたアカムはそれを、左腕を全力で振ることで弾く。
分離しての遠隔操作は多少力が劣るため、守護者の腕は壁まで弾け飛んだのだが、そうして左腕を振るって多少体勢を崩していたアカムの右側に守護者が回っていて蹴りを入れてきた。
咄嗟にそれを右腕でガードしたが、その一撃は予想以上に重くガードしたにもかかわらずアカムは大きく吹き飛ばされた。
「っ! 魔力障壁展開!」
「なんだ! っ!?」
そのまま壁に叩きつけられそうになりアカムがそれは御免だと推進装置を起動しようとした時、アイシスが突如魔法障壁を展開する。
魔力障壁は強固ではあるが、一時的に魔力のほとんどを使うために勢いを止めるほどの推進力が得られない。
そのため、アカムが魔力障壁を展開したことに文句を言おうとするが、すぐさま背後で何かが魔力障壁に当たった音がして振り向けば、そこには守護者の放った機械因子の腕が杭を出して自身の背を貫こうとしているのを魔力障壁が防いでいる光景があった。
アイシスはそれを確認して魔力障壁を展開したのかと理解したアカムは身体を捻りながら大鉈を振るう。
その動作を見てアイシスも察したのか、大鉈が振り切られる直前に魔力障壁を解除して、大鉈の一撃がその腕に直撃し、弾き飛ばした。
「がはっ!?」
と、その瞬間にアカムは背中に強い衝撃を感じると共に、すでに目の前に来ていた壁に叩きつけられた。
魔力障壁を解除して守護者の機械因子を弾いたタイミングで守護者は一瞬の間に接近してアカムの背に跳び蹴りを食らわしたのだ。
その攻撃により肺から空気が抜かれ、さらに壁に叩きつけられたショックから動けないアカムに守護者はさらに追撃をと、いつの間にか戻してきていた右腕を突き出す。
「させません!」
アカムの機械因子を動かせるのはアカム自身だけではない。
場合によってはアカムの意思すら無視してアイシスは機械因子を操ることを可能にする。
故に、守護者の動きを見ていたアイシスはそれをさせまいと両腕を分離して守護者の攻撃を迎撃する。
左手で守護者の右腕を手首から掴んで動きを止め、もう片方はそのまま守護者の胸を貫かんとばかりに突き出したが、守護者は右腕を分離して動けるようにしてギリギリで躱し、大きく後退していった。
「この勝負、私たちの勝ちですね」
アイシスはその様子にニヤリと笑いながら守護者は追わず、守護者の機械因子を掴んでいる左腕の操作に集中して天井付近で抑えた。
守護者も右腕を戻そうと躍起になっているようだったがアイシスが操作する機械因子がそれを許さない。
守護者の右腕と、アカムの左腕は共に分離したまま天井付近で動かなくなっていた。
「くう……助かったぞ、アイシス」
「当然です。マスターを補助するのが私の役目ですから」
そうこうしているうちにアカムが起き上がる。
機械因子四つ分の補完によってアカムの肉体自体も強固なものになっており、叩きつけられたというのに肌が多少赤くなっているだけで出血はなく、起き上がったアカムはそれなりにピンピンしていた。
それからアカムが天井付近で固まっている己の左腕と守護者の右腕を確認して納得し、笑みを浮かべる。
「なるほどな……分離した状態であれば両者の力は均衡するからどっちも無力化されるか」
「はい、後はあの一体だけに集中して戦えます」
アカムが状況を口に出して確認すればアイシスも笑ってそれに頷く。
もっとも、守護者は機械因子の力がなくともそれなりの力を持つことはこれまでの戦闘から分かっているが、それはアカムが対応できないほどのものではない。
そのためアイシスは己のマスターの勝利を確信していた。
そしてアイシスが確信した通り、その後は終始アカムが守護者を圧倒していた。
守護者はウェアウルフにも及ぶ速さを活かしてアカムの攻撃を回避するが、アカムとてウェアウルフと同等の速度を生み出せる。
そしてアカムの場合は急制動と急転換を何度も繰り返せるため、守護者よりも小回りが効くのだ。
そのため、守護者がいくら速くてもアカムを完全に振り切ることはできず、少しずつ攻撃が掠ってしまう。
掠ったとはいってもその一撃は機械因子の力で振られた大鉈によるもので、決して少なくないダメージを守護者へ与えていった。
やがて、疲弊したのか動きの鈍くなった守護者に大鉈の一撃がまともに入り、守護者は肩口から縦に両断され倒れた。
そしてそのまま、その状態から再生することもなく、守護者の身体は消えさった――――
「ふう……無事倒せたか……ん?」
「残りましたね?」
――――魔石と機械因子をその場に残して。