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56話 束の間

 五十体もの魔物を倒し終わった後、ウルグはアカムへと詰め寄っていた。


「てめえ……最後のんびり観戦してやがったな!」

「ああ、なかなか見ごたえのある戦いだった」


 戦いも最後というところでアカムが壁に寄りかかってのんびり観戦していることにウルグは気づいていてそのことを問い詰めればアカムはあっさりと肯定してどうでもいい感想を述べる。

 悪びれも無く言ったその言葉にウルグがさらに声を荒げようとしたところにアカムが口を挟む。


「言っておくが半数以上は仕留めたし、大怪我を負うような状況になれば参戦してたぞ。まあ、俺はウルグの様子にある程度余裕も見えたし、ウルグがまさかあの程度どうにかできないとは思わなかったから多少気を抜いていたことは認めるが」

「ぐぐぐ……ちくしょうめ」


 声を荒げるよりも前にそう言われればウルグも押し黙るしかなかった。

 例えその言葉がわざとらしく実際には毛ほども思っていないだろうことを察していても、そんなことよりも手を貸してほしかったとは、実際に無事に切り抜けている以上口が裂けても言えない。

 よき友人ではあるが、それでも少し前まで自分のほうが優位であったはずの相手の手を素直に借りたいと言えるほどウルグの割り切りはよくなかった。


 それでもここでの戦闘の結果にいつの間にか実力差が逆転している事をハッキリと感じてしまう。

 ウルグが苦労しながらも戦っている間にアカムはあっという間に半数以上の敵を殲滅していたのだから。

 もちろんスタイルの違いはあるが、それでもいつの間にかアカムの実力が自分を大きく上回っていることをウルグは認めざるを得なかった。


 だから少し、寂しそうにそして悔しそうにしながらも対抗心を燃やしていた。

 その対抗心からウルグはアカムを睨む。


「ああもう、悪かった。遊びじゃないんだから気を抜いていい場面じゃなかった、すまなかった」

「……フン、馬鹿の態度なんかいちいち別に気にしちゃいねえ」


 どうやらアカムはその視線に勘違いしたようで、謝罪の言葉を口に出す。

 そんな様子になにか馬鹿らしくなったのかウルグは視線を逸らして悪態を吐き、その後は何もなかったように振る舞うのだった。


 それから二人で闘技場のエリアを回り、魔石を回収した。

 数は五十体とはいってもそのうちの何体かはスカルレギオンという複数で一体の魔物によるものであったので魔石は全部で三十個であった。

 とりあえずアカムは半分に分ければいいかと考えたのだが、ウルグが魔物を倒した数は自分の方が少ないのだからと固辞して結局アカムが二十個、ウルグが十個というように分けられた。


 そうして魔石を回収し終わると、二人同時に転移しこれまた同じような小部屋へと飛ばされた。


「ん? 別れるわけじゃないのか」

「どうやらさっきのが最後らしいな」


 アカムの疑問にウルグが足元を指さして答える。

 アカムも足元を見てみればそこには各所に存在する帰還石版のような真っ黒なものではなく、次階層へ続くことを示す真っ白な石版があった。

 どうやら先ほどの戦闘が、このエリアにおける最後の関門だったようである。


「ウルグはどうするんだ?」

「んー俺はもう次階層には一度行ってるからな。深・獣化もまだまだ慣れきれてないからまだこの階層に残るわ」

「そうか」


 アカムの問いに、ウルグはそう答えるとさっさと部屋にあった扉を開けて転移していった。

 それを見送ったアカムは視線を真っ白な石版へと向ける。


「マスターは当然?」

「ああ、そうだな」


 アイシスの言葉にアカムも笑って頷く。どうするか、すでに答えは出ていた。


 最後は数の多さに驚いたが、現状この階層では物足りないと感じていたのだから今更迷うことは無い。

 アカムは石版に触れると次階層へ行くための呪文を口にした。


「我、次の階層に望むもの有り!」






 日が沈み始めて、辺りがオレンジ色に染まる夕暮れ時。

 仕事を終えその日の夕食の材料の買い込みをしていたり、家へと向かっていたり、はたまた今が商売時とばかりに声をあげる人たちで溢れ活気に満ちていた。

 そんな街の中を一人の男が歩いている。


 背には大きな鉈を背負い、その腕はまるで人の腕とは思えない金属のようなものでできた腕をしていて、男の体格や頬の傷と合わさってその威圧感はかなりの物だ。

 その男は顔に笑みを浮かべていて上機嫌のようだったが、傍目には凶悪な笑みにしか見えなかった。


「まあ、上々だったな」

「そうですね。足が機械因子オートファクターになったことでより激しい動きもできるようになりましたし」


 その男――アカムは小さな声で呟き、アイシスがそれに反応する。

 あれからアカムは四十七階層で魔物と何度か戦ってまだまだ余裕であることを確認すると、今度は疲れない程度に走ってさらに次階層へ続く石版まで駆け抜けた。


 道中出くわした魔物も走りながら大鉈で薙ぎ払い、魔石へと変えて足を止めることなくそれを回収していった。

 あまりにあっさりとしているのは機械因子オートファクターの力から生み出される速度に対応するために、感覚が強化されたことで普段の戦闘においてもアカムの戦闘能力を格段に引き上げた結果であった。


 そうして、走り続けていたアカムはかなりの速度で走破して、そのまま四十八階層へ行ってから地上へと戻ってきたのだ。

 予想以上に迷宮探索がうまくいきまだまだ余裕もあることを確認したからかアカムは非常に上機嫌で歩いているのである。


 ちなみに今は足は擬態機能で人の脚のようにしてワイバーンの革のブーツを履いているので、異様に見えるのはアカムの腕だけである。

 もっともそれだけでも大概人の目を引くのだが、今更腕を擬態するのも面倒だとそちらは特に擬態していない。


 それからアカムはギルドで魔石を換金した後、家へと帰っていった。


「ただいまー」

「ただいまです」

「はい、おかえり」


 家の扉を開けて、二人がそう言えばイルミアの元気な声が迎えてくれる。

 その声に安心したようにアカムは笑みを浮かべて家の中へと足を踏み入れる。


 大鉈などの装備も片付け、居間で椅子に座って寛いで台所で料理をしているイルミアの姿を確認する。


「で? どうだったのよ?」

「ん、ああ。バッチリだな。予想以上に調子がいい。四十八階層に転移できるようにしてから帰ってきた」

「あれ? 確か昨日時点でまだ四十六階層までしか行けなかったわよね? 一日で二層も進めたのね」

「まあな」


 顔は出さず、料理をしながらイルミアが今日の迷宮での調子を聞いてくる。

 それにアカムは上機嫌な様子で答えれば、かなりの速度で迷宮探索を進めていたことにイルミアが驚いたような声をあげて、ひょこっと顔を出す。


 どうやらアカムに怪我などが無いか確かめるために顔を出したようで、傷も無ければ服すら破れていないのを確認して安心したように笑みを浮かべてまた奥に引っ込んだ。

 そうして、その後ものんびりとしながらイルミアの作った料理でおいしく腹を満たすと、今度はイルミアの今日の一日について耳を傾ける。


「まあ、なるべく激しい動きはしないってのと気負わないようにだってさ」

「なんというかザックリしたアドバイスだな」

「そうね。まあ、きっと大丈夫でしょう」


 どうやら、あまり詳しいアドバイスを貰えなかったようだがそれでもイルミアは幾分安心した様子を見せていた。

 その様子にアカムも安心して優しい笑みを浮かべる。

 それから二人は寝室へと向かうと、ほどなく眠りについた。


 機械因子オートファクターになったアカムの両脚も、妊娠してからのイルミアの経過も共に非常に順調であった。


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