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54話 義足の力

 ドッペルゲンガーの魔石を回収した後、アカムは再び四方を扉に囲まれた小部屋へと転移していた。

 魔石を回収してすぐに転移させらたので、このエリアはそういう仕組みになっているらしいとアカムは納得しつつ、先ほどの戦闘を思い出していた。


「まあ、この感覚は覚えがあるな……機械因子オートファクターになった右腕を初めて扱ったときか」

「あの時は右腕の力に左腕が追い付かず、その結果敵こそ倒しましたけど代わりに左腕を痛めていましたね」

「ああ……で、今回は機械因子オートファクターになった足で踏み込んだら予想外の勢いで飛び出して、気づけばドッペルゲンガーが目の前にって状況だったと」


 口に出し、話し合いながら先ほどの戦闘で起こったことを確認する二人。

 ドッペルゲンガーを倒したのはアカムのショルダータックルであることは間違いないのだが、その攻撃自体は狙ったものではなく偶発的なものだった。


 あの時、アカムはとりあえず両足の性能を確かめるためにも一つ機能を使っていた。

 使ったのは推進装置。

 地を蹴る際に足裏とすねの後ろ側から魔力を噴出し、それが地を蹴る力を合わさって爆発的な推進力を生み出したのだ。


 その時、埋め込まれた知識からある程度予想していたので、脚だけが先へ行き、身体が後ろに置いていかれるなんてことがないように予めアカムは倒れ込むような前傾姿勢を取っていた。

 それにより、身体が下から押し上げられる形となって姿勢こそキープできていたのだが、機械因子オートファクターの両足の力と推進装置の力が合わさった際の勢いは、アカムの予想以上のもので、気づけば目の前にいたドッペルゲンガーにその場に止まることも大鉈を振るうこともできなかった。

 咄嗟に避けようと少し身体を捻ったらそれがたまたまショルダータックルの形になったのである。


 ちなみに、その時の速度は本来であればアカムは壁にぶち当たるまで状況を認識することはできないほどのものだった。

 そんな勢いでも無事なのは機械因子オートファクター四つ分の補完のおかげであるが、アカムがドッペルゲンガーに接触する寸前に状況を認識することができたのは、やはりアカムの異常な魔力のおかげであった。

 動き出してからドッペルゲンガーに接触するまでの間に、アカムの魔力はその状況に適応するために視覚とそれを処理するための情報処理能力を強化したのだ。


 もともとあらゆる状況に適応してしまうアカムの魔力だが、少し前までは初めて味わう感覚にそんなわずかな時間で適応するほどではなかった。

 これは両腕と両脚が機械因子オートファクターになったことでその部分に魔力を回す必要がなくなったため、その分、まだまだ魔力による強化が必要な生身の部分に対しての適応速度が向上した結果だった。


 そのことにアイシスは当然気づいているがそれをアカムに伝えることはしない。

 その適応力はアカムの意思を介在せず、魔力自体が勝手に最適化を行うからこそだからだ。


「まあ、初めからそういうものだと分かっていれば、マスターであればすぐに慣れるでしょう」

「ん……まあ、大概慣れれば何とかなるからな。実際、次はもっとうまくできそうな気がするし」


 そのため、根拠となる情報や詳しいことは一切省いて、慣れれば大丈夫だとアイシスは伝え、その言葉を受けてか、はたまた直感か、とにかく自信満々といった様子でアカムはその言葉に返事を返した。


 本気でそう思っていて、これまでもできるようになったことはただ慣れたからと考えているだろうアカムを、少し呆れた目でアイシスは見ていた。

 慣れたからといって身体能力や感覚能力が上がるわけではないのだがと言いたくもなるが、そんなアカムだからこそ異常な魔力はその異常性を最大限に発揮できるのだ。

 それが分かっていても呆れてしまうのは精霊になったからだろうかと考えつつ、アイシスは別の話題を持ち出すことにした。


「それで、このまま探索は続行ですよね。次はどの扉を開けますか?」

「どの扉を開ければ次の階層に近づけるのか分からんしな……まあ、部屋に転移して最初に目の前にあった扉を開け続けるか」


 アイシスの言葉に、アカムは少し考えるが目印もなにも無いのだからと単純な方法で開ける扉を決めた。

 そしてその時点で正面にあった扉に手を伸ばし開け放つとアカムとアイシスは再び闘技場のような空間へと転移する。


「どうやら転移先はここで固定のようだな」

「たまたま二連続で、という可能性もありますけどね」

「その時はその時だろ」


 そう言って二人がこのエリアについてあれこれ推測を立てていると、前回と同じようにアカムの正面に光が集まり、魔物の形が作られていく。

 そして完全に姿を現した魔物は全身が毛でおおわれていて、アカムよりも二回りほど大きい巨体の持ち主であり、顔は狼のようでそれこそ狼が二足歩行しているようにも見える魔物だった。


「ウェアウルフ……ウルグが異常種に出会ったのはこのエリアか」


 それを見てすぐに魔物の正体に気付いたアカムが呟く。

 以前ウルグが戦ったというウェアウルフの異常種。

 その大本がここで現れるということはウルグもここで戦闘していたということになる。


 そうなるとウルグは半月以上四十六階層にいることになるのだが、それは不思議なことではない。

 魔物と戦って倒せば経験こそ得られるが、それで肉体能力が上がるわけではない。

 もちろん戦闘における運動で筋力が増加したりすることはあるが、何らかの不可思議な現象を持って突然強くなるということはないのだ。

 そのため、魔物との実力が拮抗し停滞するとしばらくは同じ階層で経験を積みながら長い時間をかけて己を鍛えるのが普通だ。

 むしろアカムのように停滞していたところに強力な武器を手に入れて一気に深い階層まで来ている方が異常なことなのである。


「どうやら、こいつも最初は待ってくれるらしいな」

「このエリア全体のルールのようなものがあるのですね」

「まあ、待ってくれるのは最初だけだろうから集中していかないと」


 ウェアウルフを見てウルグに追い付いたのだとアカムが改めて認識して感慨に耽っている間もウェアウルフは動かなかった。

 それを確認してアカムがそう言えば、アイシスが相槌を打つ。


 それからいよいよ戦闘開始だとアカムは集中を高め、全ての感覚をウェアウルフを倒すために研ぎ澄ましていく。

 それを感じ取ったのかウェアウルフもまた少し腰を落として戦闘態勢に入った。


 空気が重く感じるほどに重圧が両者から発せられ、束の間の沈黙が場を支配する。

 そして、ドッペルゲンガーと同じように合図があったかのように両者は同時に動き出す。


 アカムは自重なく機械因子オートファクターの力で出せる全力の速度でウェアウルフへと突き進み、今度は肩で突撃するでもなくしっかりと大鉈を振るった。

 対するウェアウルフも驚いたことに、アカムに負けない速度で動いていて、アカムの攻撃も軽々と躱す。


「っ!」


 アカムが放った攻撃は以前の腕だけで振るっていたものではなく、脚で地面を蹴って得られる力を乗せての一撃であり、振るわれた速度は以前よりも遥かに速いものだった。

 それをいとも容易く避けられたことにアカムは軽く驚くが、攻撃を避けたウェアウルフが横から顔を薙ぐように、鋭い爪を振るってきていることを感じ、アカムは振った大鉈を強引に止めつつ、勢いそのまま前へと進もうとする身体を強引に地面を蹴ってバックステップすることで躱す。


 凄まじい勢いで前に進んでいたのを一瞬の間に急転進して後ろへ下がったアカムにはそれなり大きな負荷がかかっていたのだが、機械因子オートファクター四つ分の補完をされた身体がその負荷を正面から跳ね除けていた。


 一瞬の間に身体も大丈夫だと判断したアカムは再び地面を蹴って前へと飛び出す。

 再度、急転進による負荷がかかるがアカムがそれによって傷つくことはなく、飛び出すと同時に振るわれた大鉈が、先ほどの攻撃で身体が流れていたままのウェアウルフの腹の辺りに吸い込まれるように空気を薙ぐ。


 アカムと同等以上の速さで動けるウェアウルフだが、アカムとは違いその肉体は生身の物で無理な動きは不可能で、その結果振るわれた大鉈によりウェアウルフは腹半分を横に抉られた。

 そして、そもそもアカムの大鉈は刃の鋭さで斬るものではなく、重さで叩き切る物であったがために、腹を斬られただけに留まらずその身体を吹き飛ばした。


 それでも大鉈が刃物であるために衝撃が全て伝えられたわけではなく、ウェアウルフは壁に叩きつけられることは無かった。

 だが、そんなのは些細な差でしかなく錐もみしながら宙を飛び、地面を転がったウェアウルフはそのまま動かず、魔石に変じる。





「……ふー、流石ウェアウルフ。早かったな」

「単純な速さは機械因子オートファクターの力で出せる速度と同等以上でしたね。ただ、流石に急制動することはできなかったようですが」

「なんにせよこの脚も十二分に力になってくれそうだな」


 ウェアウルフが倒れ、魔石に変じたことで戦闘が終わったことを確認したアカムが少々の余韻に浸ってから一つ深呼吸し、少しばかりの所感を述べてウェアウルフの予想外の速さを二人して称える。


 それでも機械因子オートファクターの脚はウェアウルフの速さにも対応することができたのだ。

 それを確認したアカムは足の調子を確かめるように軽く地面を蹴りつつ満足そうに笑みを浮かべるのだった。


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