53話 義足の力試し
両足の機械化を終えたアカムはとりあえず脱いでいたズボンを履いた。
それから擬態機能を使ってみれば、ズボンを先から見える足先はどこから見ても普通の足になっているの確認して頷くとその状態のままワイバーンの革で造られたブーツを履く。
「おーい、終わったぞー!」
「……で、どんな感じ?」
それから別室で本を読んでいたイルミアに無事導入が終わったことを伝えれば少ししてイルミアが顔を出して問題が無いか聞いてくる。
アカムは小さく笑みを浮かべて頷くことでそれに答えた。
「ふーん、まあズボンで隠れるからさっぱり分からないわね」
「まあな。一応、こんな感じだ」
イルミアの言葉に頷きつつ、アカムは擬態機能を解除してからズボンを膝まで捲ってどのようになっているかを見せる。
興味深げにそれを見るイルミアだったが、結局のところ腕と同じような見た目でしかなくすぐに興味をなくしたようだった。
「もう腕で見慣れてるからねえ」
「そりゃそうか」
そんな風に言って互いに軽く笑ってから、アカムは話題を変えることにした。
「さて、この後どうしようか……昼までには微妙に時間はあるしこれといってやりたいこともないしな……」
「別に今からでも迷宮に行けばいいじゃない。どの道その足も慣らさないとなんだし」
「いや……そうするとお前一人になるだろ。俺のために今日休んでもらったのに一人暇にさせるってのもな」
イルミアの提案に、一人どっか行くのはとアカムは首を振る。
だが、イルミアは気にする必要はないとばかりにアカムの肩を叩いた。
「気にしなくていいわよ。ちょうどいいからカミラさんところに行こうと思ってたから」
「ウルグの嫁さんとこに?」
「ええ。彼女子供がいたでしょ? 気を付けることとか聞いてみようかと思って」
どうやらイルミアもただ休みを貰っただけではなく色々他の予定も考えていたらしい。
カミラに子供のことで相談に行くということを聞いて、アカムは納得したように頷いてそれなら迷宮に行くかと立ち上がる。
「そっか……じゃあその言葉に甘えて迷宮行ってくるわ」
「はい、いってらっしゃい」
思い立ったら即実行とばかりにササッと大鉈を鞘にしまって背負ってアカムは迷宮へと向かおうとする。
そんなアカムに苦笑しつつもイルミアは見送りの挨拶をかけて手を振っていた。
それからアカムは転移部屋へと来ていた。
道中で防具屋に寄り、動きやすい服とズボンを買って着替えているが鎧は買っていない。
そもそも普段から相手の攻撃を身体で受けることがなく、以前の鎧も二十階層辺りならともかく、今潜っている四十階層以降の相手にはほとんど無意味な性能の物で、その状態でここまで来ているのだから今更鎧があっても無くても変わらないと言う判断だ。
また、防御力という意味ではすでに機械因子四つ分の補完によってアカムの肉体は一定の防御力を得ていることをアイシスに告げられたというのも鎧を用意しなかった理由の一つだっだ。
「マスター、今日埋め込んだ知識を思い出してもらえると分かると思いますが、ズボンの膝から下を斬ってしまうか後ろ側に縦の切れ込みを入れるかした方ががいいです。それにブーツも邪魔ですね」
「……ああ、なるほどな。……それなりに高かったこのブーツも短い付き合いだったな」
さあ、いざ迷宮へというところでアイシスから待ったがかかり、アカムは言われた通り知識を確認して納得しながらブーツを脱ぎ、ズボンの後ろ側を足先から膝裏辺りまで縦に斬り裂く。
そしてどこか悲しげな様子でブーツを鞘と一緒に隅へ放る。
「我、四十六階層に望むもの有り」
それから今度こそ迷宮へ行くために石版にふれて呪文を唱えれば転移部屋から迷宮の四十六階層へとアカムは転移した。
その後アカムが姿を現した場所は石造りの小部屋と言った様子の場所であり四方に扉があるエリアだった。
おそらくは扉を選んで先へ進んでいくタイプの物なのだろうとアカムは納得する。
「扉の先は通路になっているのか、それとも別の部屋に繋がっているのか」
「どうも扉の向こうの様子が伺えませんね。索敵を妨害されているというより本当に何もないようですが」
「となると扉を開けるとその扉に対応した別の部屋に飛ばされるってところか」
アカムが扉を見て考えているとアイシスが索敵した情報を知らせてくる。
それを聞いてアカムはすぐにどういうことか納得する。
このタイプの迷宮は飛ばされた先には魔物が必ずいて倒さない限り次に進めないタイプが多く、おそらくはこのエリアもそのタイプだと思われた。
だからアカムは先へ進むかどうか少し考えるが、すぐに答えを出した。
「いくか」
「どの扉を開けますか?」
このまま先へ進むことを決めたアカムに、アイシスが問いかけるがアカムはそれに対し、正面にあった扉を開けることで答える。
その扉を開けた瞬間、アカムは再び転移して別の空間へと飛ばされた。
「結構広いな……」
「闘技場みたいですね」
飛ばされた場所は円形状のかなり広い空間であった。
まるで戦うために用意されたように整備されているその空間はアイシスが言うように闘技場なのだろう。
だが、戦うべき相手の姿が見えないが、と周囲を見渡していたアカムだったが、正面、少し離れた場所に光が集まっていくのを確認する。
「ここもある意味遭遇式か?」
「キリングアイズではないことを祈りましょう」
「笑えない冗談だ……と、出てきたな。アレは……俺?」
その様子にアカムが呟けば、アイシスが物騒なことを言う。
それに苦笑しながら完全に姿を現した相手の姿を見てアカムは目を見開く。
アカムと同じ体格で大鉈の代わりに大剣を持っているソレはアカムと瓜二つだったからだ。
「なるほど。ドッペルゲンガーですか」
「腕も脚もパッと見る限り機械因子に見えるな」
「……見かけだけですね。解析した限りは金属製の手足でゴーレムに近いもののようです」
以前、図鑑を見ていた時にアイシスが言っていた通り機械因子の力を再現することはできなかったようだ。
だが、見かけだけでも再現したと言うことは機械因子はドッペルゲンガーが再現できないとする武器ではないらしい。
「まあ、見かけだけとはいえ再現しているんだ。全ての機能を使ってくることは無いだろうが、ある程度の能力も再現しているとみていいだろう」
「そうですね。考えられるものと言えば怪力ではありそうです」
「腕が分離したら……まあその時はそのときか」
アカムも懸念すべきことを口に出せば、アイシスも予想を立てる。
だが、どれだけ予想を立てても倒さなければ先へ進めないのだから深く考えるのはやめにした。
そうして話し合っている間もドッペルゲンガーは大剣を構えたまま動かない。
それはこちらを警戒して動かないのではなく、まるで戦闘の合図を待っているかのように感じられた。
ここが闘技場だからだろうか、問答無用で襲い掛かってくるわけではないことに少し驚くがこれは試合ではなく殺し合い。
相手を殺すまで先へ進めず帰ることもできないのだからアカムは気を引きしめて大鉈を構える。
そして束の間の沈黙。
両者ともににらみ合うこと数秒。
まるで合図でもあったかのように同時に動く。
どちらも同時に踏み出したがしかし両者が激突したのは中間ではなく、ドッペルゲンガーが最初にいた場所から数歩のところ。
両者の距離はそれなり離れていたが、ドッペルゲンガーが数歩の距離を進める間にアカムはその距離をほとんど一瞬で詰めたのだ。
そしてその勢いのままアカムはドッペルゲンガーに肩から突撃し、ドッペルゲンガーごと背後の壁まで突き進んだ。
その結果ドッペルゲンガーは壁とアカムとで挟まれる形になり、強く叩きつけられる。
アカムがドッペルゲンガーの身体から離れ警戒からかさらに後方に飛びのくが、ドッペルゲンガーはずり落ちるように壁から離れ、膝から崩れたかと思えばその姿を消して魔石を変じる。
両足を機械因子にしての初戦はあまりにも圧倒的な勝利に終わった。
「ナイスショルダータックルですね」
「……分かってて言ってるだろ」
「当然です」
「糞精霊がっ」
「アイシスです」
アカムの表情は戦闘に勝ったと言うのに眉を寄せて不機嫌であり、その理由を把握していたアイシスにからかわれて一層不機嫌になっていった。
それを見てアイシスは楽しそうに笑いながらクルクルと宙を回り、アカムもいつものやり取りをしたからか深呼吸して、気持ちを切り替えてとりあえずドッペルゲンガーの魔石を回収したのだった。