51話 休息
アカムの放った膨大な魔力にあてられて気分を悪くしていた面々が、ようやく体調を回復したのを確認してアカムが再度口を開く。
「一応、機械因子の魔力消費量は各人に合わせて調整されるらしいから使えないって事は無いだろう。ああ、魔力消費量は魔力総量じゃなくて魔力回復力が基準だからそこは注意が必要だ。で、消費量が小さくなる分出せる力は相応に小さくなる」
「それはどの程度なのだ?」
「さあ? 俺は魔力には不足したことないからな。まあさっき俺が放出した魔力量と自分の魔力回復力を比べればある程度分かるんじゃないか?」
「……あれほどの魔力からすれば我の回復力など1%にも満たないである……」
「私も……」
一応、問答無用で大量の魔力を消費するわけではないとも伝えれば、当然の如くその消費量による力の違いを聞かれる。
アカムは基本魔力には困らない体質なのでそれを聞かれても困るのでとりあえず先ほどの魔力と比べるといいと言えば皆一様に落ち込んだ様子を見せる。
「まあ、後は一度これを使ったら二度と元の腕には戻せないからその辺りもよく考えて見つけた時にどうするか決めてくれ。ちなみに使う前の見た目はこんなんで、使用には血液が一定量必要だ。でもって導入時には手足がボトッと落ちたり割れるような頭痛だったり魔力が枯渇したり内側から焼かれるような苦しみを受けたりといろいろ衝撃的だからその辺りも使うときは覚悟してくれ」
「さらっと流してるけどあんたまた見つけてきたのね」
「キリングアイズ倒したら宝箱も出てきてな。やっぱそういう運命っぽいぞ」
この際、いろいろと暴露してしまうかといった気分になったアカムはさらに本日手に入れたばかりの使用前の機械因子も取り出して使い方とその時の諸注意まで説明する。
なんでもないかのようにさらっと四つ目の機械因子を見つけてきたアカムに呆れた様子でイルミアが相槌をうつ。
聞いていた面々はもはやアカムの話を疑うことも無く信じ、そんな苦しみなどごめんだと首を振る。
「まあ、色々余分なことも伝えた気もするが、とにかく今日の迷宮で起きた揺れってのは俺が原因だから、特に迷宮に異常があるわけじゃないから安心してほしい。以上だ」
「あー……もう、なんだ。馬鹿だなお前。ところでお前それを売ろうとは思わんのか?」
アカムがそう締めくくると今までずっと黙っていたエルマンドが心底呆れた様子でそんなことを言う。
同時に、機械因子を売る気はないのかと尋ねた。
「ようやく俺の無駄な魔力を十全に使えるんだぞ? 絶対に嫌だね」
「言うと思ったよ。まあ現状そんな仕組みも何もわかったもんじゃない物体を解析できるとも思えんからよしとするか」
エルマンドの問いにアカムは即答し、絶対に渡さないとばかりに機械因子を固く握りしめつつ睨む。
エルマンドもその返答は予想していた様で軽く手を振って取る気はないと動作で伝えるのだった。
その様子と言葉を信じたのかアカムも握る手を緩めるとさっさと仕舞い込んだ。
ついでにもし売ったとして実際のところ解析できるのだろうかと考えるが、アイシス曰く機械因子は魔導機械の技術の全てをつぎ込まれたものらしいのでおそらく不可能か、可能であっても百年単位の解析を要するのではないかと思えた。
よくよく考えてみたら機械因子の機能を全部使えなくても片腕や足をなくした人にとっては非常に便利な義手、義足になり得る。
それを考えれば解析に回すのもいいかもしれない。
だが、アカムは決して聖人でもなければ世界のため人のために何かをしたいわけではない。
多くの冒険者がそうであるようにアカムも基本自分のためになる選択をする。
そのため、チラッと浮かんだ考えも即座に否定して機械因子を売ることはしない。
それでも折角思いついたのだから、もう機械因子が必要ないのに手に入れた時にはその時は改めて売ることも考えておこうと心に留めておくことにした。
それから迷宮の揺れに関する報告は終わり、アカムはさっさと部屋から出ていく。
それを追ってイルミアも部屋から出ていき、後にはエルマンドを含めて何やら疲れ切った面々だけが残されたのだった。
ギルド奥の会議部屋から出てきたアカムは窓口でイルミアと向き合っていた。
「さて、改めて鑑定だけど……とりあえずキリングアイズは今まで例がないから置いておくとしてレギオンが三体分だからこんなもんね」
「まあいつものように頼むわ。ところでさそっちはもう仕事終われたりしないか?」
「うん? 今日も夜までだけど一応聞いてみるわ」
とりあえず魔石の換金を済ませてからアカムが突然の仕事をもう終われないかと提案する。
なぜそんなことを首を傾げつつもイルミアは、とりあえず仕事を終われないか上司に尋ねに行った。
イルミアが戻ってくるまでにアカムはギルド内で迷宮探索に便利な物を売っている窓口に移り、小さい革袋を二つ買い、さらに買った革袋の内一つが満杯になるまで超高濃度高圧縮栄養剤を買うと早速数粒を口に放り込み残りは革袋へとしまった。
迷宮でもないのに躊躇なく、まるで今食べたいから食べたとでも言うようなアカムの様子に、窓口にいた職員は軽く目を見開いていた。
そうしている間にイルミアが戻ってきた。
その表情はどこか楽しそうに笑みを浮かべている。
「大丈夫よ。で、どこいくの?」
「昼飯とか食ってその後に風呂でも一緒にどうかと」
「あら、いいわね。でも急にどうしたの? アレを使いたいからご機嫌取りとか?」
開口一番にどこに行くのかと聞くイルミアにアカムは即座に応える。
その誘いはイルミアにとっても嬉しいものだったのか笑みを深めつつも首を傾げる。
ちなみにイルミアの言うアレとはもちろん機械因子の事なのだが、あまり広めるような事でもないためぼかして口に出したのだが、二人の会話を近くで聞いていたギルド職員は何やら別の事を考えたのか顔を少し赤らめていた。
そんなギルド職員のことなど気にもせずアカムはイルミアの問いに首を振る。
「いや、今日はもう無性に疲れたからな。ちょっとお前と一緒にいて癒されたいとな」
「……本当に疲れてるようね。普段も大概だけどそこまでド直球で来るなんて」
そして口を開けば歯が浮くような台詞を特に恥ずかしがるでもなく真顔で告げるアカムに、イルミアは少し驚いたようにしながらも嬉しそうに頬を緩めつつも呆れたように言葉を返した。
そんな言葉を口には出しつつも、普段は凛としているイルミアは存外、正面から想いをぶつけられるのには弱く、非常に嬉しそうにしながらアカムの腕に抱き付いて一層笑顔になりながらじゃあいきましょうとアカムを引っ張っていく。
アカムも普段は畏れられる悪人面からは想像もできないほど嬉しそうで、見るものを安心させるような笑みを浮かべて歩き出す。
その二人の様子を見ていた周囲の人は誰もが仲睦まじい二人を微笑ましく思い、祝福していた。
そして同時に目の前で砂糖吐きたくなるやり取りをしやがってと呪ってもいた。
祝福と呪いは必ずしも両立しないものではなかったようである。
それからアカムとイルミアは二人でおいしく、楽しく昼食を食べて風呂屋へと向かった。
この世界、《クリーン》という汚れを落とす便利な魔法があるためにあまり風呂に入るといった習慣は定着していない。
それでも風呂そのものに入るのは気持ちいいことだと認知されており、時折風呂に入りたいという人のために風呂屋なるものがどの町にもある。
風呂というのは用意するのに案外労力がかかるのだから、利用するにはかなり高いのではと思いきやお湯を作り出す魔道具が異界迷宮から出てきたことで然程労力もかからず、非常に安い価格で利用できるようになっている。
その風呂屋で個室を取った二人は仲良く一緒の風呂に入ってゆっくりと寛いでいた。
「ふー……お風呂も久しぶりね」
「ああ……たまにはいい……」
風呂に入って温まりながらイルミアが話しかければ、どこか疲れた様子でアカムが答える。
その声にどうやら相当疲れているようだとイルミアは労わるようにアカムの身体を撫でる。
今、二人は非常にゆったりとした時間を過ごし、両者とも大いに満足していた。
十分に風呂を堪能した二人はその後さっさと家へと向かう。
風呂屋と家はそう遠いわけでもなく、すぐに家に到着した。
風呂に入ったことでいよいよ疲労が表に出てきたのかしきりに眠そうにあくびをするアカムをイルミアはベッドまで連れていく。
「ほらうつ伏せになって」
「ん……」
それからアカムに体勢を変えてもらうとイルミアはその背中をよく揉み解していく。
アカムは凝り固まった筋肉が解れていくのを感じ、その気持ちよさに徐々に瞼が閉じられ夢の中へと旅立っていった。
「ふふ……おやすみなさい」
そんなアカムを優しく撫でながらイルミアは呟く。
アカムが寝てからもイルミアはしばらく優しく微笑みながら軽く触れるようにアカムの身体を撫でている。
その時のイルミアはどこか幸せそうな様子で、どこまでも穏やかな空間が家全体に広がっているようだった。