46話 多眼の巨人
集団で一体の魔物であるレギオンを倒してから5分も立たぬうちに再び魔物が目の前に現れる。
どうやら今日は運が悪いのかはたまた良いのか、遭遇率が高いらしい。
どちらにしてもアカムからすればそれだけ多く戦えると言うことであり、やや嬉しそうな顔をする。
ところで、遭遇式のエリアで魔物が発生する時は魔物が魔石化になるのとは逆に光の粒子が集まって徐々に体が構成されていく。
そしてそれは必ず下側から構成されていくのだが、この時魔物の大きさによって完全に構成されるまでにかかる時間に差が生じる。
今、アカムの目の前で構成されているのは足だけであるが、とりあえず一体だけであることが分かる。
そして、その魔物の身体が構成されていくごとにアカムとアイシスはそれを追って視線を上へ上へと上げていくのだが、最終的にかなり見上げることになった。
「でかすぎだろ」
「15mといったところでしょうか」
サイクロプスよりも遥かに大きなその魔物は確かに二本の足で立っていて足も腕もアカムを横にしても尚足りないほど太く、身体の表面にはまるで切り傷のような線が無数に走っている。
その魔物は身体が構成され終わった後もなぜかその場から動かないため、アカムは警戒しながらも目の前の魔物がどういう魔物なのか思い出そうとしていた。
その後数十秒間静まりきっていたが、ついに巨人の魔物が動きを見せた。
「っ!?」
「これはっ……」
その体中に無数に走っていた切り傷のような線が一同に開き、目玉のようなものが現れる。
いや、事実それは目玉なのだろう、開いたそれは周囲を確認するように細かく動き、アカムを見つけると目玉のほとんどが睨み付けてくる。
その異様な姿を見てアカムもようやく魔物の正体について思い出す。
「キリングアイズっ!? アイシス! 魔力障壁!!」
「了解しました……っ!?」
魔物の正体を叫び、焦った様子で魔力障壁を張ることをアカムの方から要求する。
その要求にアイシスは瞬時に応え、アカムの周囲に純粋に魔力だけで造られた障壁が作られる。
そして、障壁が完成するとほとんど同時に、アカムを凝視していたすべての目からサイクロプスが放ったものと非常によく似た光線が発射される。
そのすべてが展開された魔力障壁によって防がれ、四方八方へと散らばって周囲一帯に無数の穴が開き、食らえば即座に体中穴だらけになるに違いないと感じさせた。
それでもなんとか光線による攻撃は凌ぎ切ったアカムの目に入ってきたのは、閉じられた目玉と自分に迫る巨大な拳だった。
「っ!?」
「推進装置、出力最大っ!」
それを見て咄嗟にアカムは両腕を後ろへと向け、アイシスは求められているものを察して魔力障壁の展開をやめると同時に推進装置を起動する。
すると、アカムの肉体にかかる負荷など全く考慮されていない速度で後方へ大きく移動する。
「ぐううう……っ!! さすがにこの速度はきっつい……!」
「きついだけで怪我とかがないのはさすがですね」
これまでの回避の時よりもずっと速い速度は、さすがにアカムも幾分か堪えるものがあった。
それでも身体のどこにも異常はなく、感じた負荷も我慢できないレベルではなかったと言うのだから常軌を逸している。
とにかく、一応窮地を脱したアカムは後方へ大きく移動したことでかなり離れた位置にいるキリングアイズを睨む。
少なくとも相手の手足による攻撃は確実に届かないほどに離れていると言うのにその巨体が放つ存在感は圧倒的だ。
その圧倒的な存在感をもつキリングアイズはどういうわけかアカムを追う様子を見せず静かにその場に立ち続けている。
「動かないのは……さっきの光線準備か?」
「サイクロプスよりは連発はできないようですね」
キリングアイズが動かず、先ほどの光線もすぐには撃ってこないことに二人とも少し安心する。
あんなものを連発でもされたらアカムでもさすがにどうしようもなく、魔力障壁で凌いでいる間にあの拳で潰されていたであろうからだ。
なぜ連発されないのかといえば、そもそも攻撃を連発する必要などないからである。
無数の目から射出される光線は一つ一つが敵を討ち倒すのに十分すぎる威力があり、それがまるで壁のような密度で射出されれば、本来は回避することなど不可能だからだ。
その為取れる選択肢は回避ではなく防御のみ。
キリングアイズの最初の光線を凌げなければ挑む権利すら与えられず、対峙した冒険者は死を迎えることになる非常に強力な魔物だ。
回避不可の致死攻撃を繰り出すというあまりにも強力な魔物であるキリングアイズだがそう何度も出会う相手ではない。
キリングアイズは遭遇式のエリアで本当に極まれにしか姿を現さない魔物であり、それに出会うというのは最大級に運が悪いと言える。
「っ! 魔力障壁!!」
「展開完了」
そうこうしているうちに再びキリングアイズの目が開き、光線を放つ。
すべてがアカムに向かって撃たれるわけではなく左右上下隙間なく埋めるように打たれたそれはどこに移動しても回避は不可能な攻撃であり、アカムは仕方なく魔力障壁をアイシスに張らせる。
「吐かなくはなったがやっぱり気持ち悪いっ……」
「魔力障壁無しで防いでみますか?」
「無理だろ、あれは」
第二射も防ぎ切ったアカムだが、魔力が枯渇したことで感じた気持ち悪さに顔を顰める。
ある程度慣れたとはいえ何度も味わいたいものではないほどの気持ち悪さなのだが、現状魔力障壁無しにキリングアイズの攻撃を凌げるとは到底思えず、諦めるしかない。
「で、攻撃後はまただんまりか」
「今のうちに逃げますか?」
「冗談だろ。今のうちにこっちから仕掛ける」
一度首を振って、キリングアイズを睨めば再び目は閉じられ、ただその場に立っている。
どうやら光線を撃ったあとはその場から動かないらしいことに気付き、アカムは今のうちに攻撃を仕掛けることにした。
「とはいえ近づけばさすがにあの巨大な拳やら足やらが襲ってくるだろうからな」
「アレ、やりますか?」
「そうだな」
それでも近づくことはさすがに危険と判断し、その言葉を受けたアイシスが意味ありげに尋ね、アカムもそれに頷く。
アカムが返事をするとともに右腕が肘から分離して、アカムの身体から数十m離れた位置まで移動させると、大鉈ごと手が高速で回転を始める。
それは迷宮の地形を大きく破壊する、アカムの攻撃手段の中で最も威力のある攻撃だ。
すでに、大鉈は音速を遥かに超える速度で回転しており、空気が割れる轟音と共に、衝撃波で地面は広範囲にわたって抉れている。
「吹き飛べぇ!!」
気合いを入れるように叫び、アカムはその右腕をキリングアイズへと向かわせる。
空気を裂き、周囲を破壊しながらソレは進み、あっという間にキリングアイズの元まで辿りつく。
そこまで来てもキリングアイズは微動だにしない。
そのまま、破壊の権化とも言うべきソレがキリングアイズは打ち砕く、そう確信したアカムだったが次の瞬間、二人は我が目を疑うことになる。
「なっ!?」
「まさか、そんな!?」
直撃するかに思われたソレはまるで蝿を払うかの如く振るわれたその巨大な手によって打ち落とされ、地面へと叩きつけられた。
あまりにもあっさりと打ち落とされたことにアカムもアイシスも驚愕に目を見開いて声を漏らした。
それでもアカムの攻撃が全く通じていないわけでもなかった。
振り下ろされたその手からは大量の血が噴出しており、辺りを赤く汚している。
攻撃自体は打ち落とされたが、それでも一定のダメージを与えることには成功していたようだった。
だが、その傷すらもキリングアイズにとっては然程問題でもないらしく、数秒後には完全に傷も塞がっていた。
その様子に顔が引きつるアカムだったが、再びキリングアイズが目を開いたことにギョッとする。
「魔力障壁展開!」
打ち放たれた光線は、ショックからか動けなかったアカムの指示を待たずにアイシスが魔力障壁を展開したことで全て凌ぎ、障壁に弾かれる光線にアカムも気を取り直す。
「っと、悪いな。少し気が抜けてたわ」
「こちらの最大威力の攻撃をあっさり防がれましたから気持ちは分からなくもないですが、こちらも相手の攻撃をいくらでも防げます。戦闘は尚も継続中ですよ」
「ああ、こっからだな」
アイシスの忠告に気合いを入れなおしたアカムは、とりあえず打ち落とされた右腕を戻そうとする。
派手に打ち落とされたが、機械因子はその程度でどうにかなるものではなかったようでこちらもまた無傷のまま無事回収することができた。
アカムはとりあえず腕を接続しつつ、キリングアイズをどう倒すか考えるが一向にいい案が浮かばずに首をひねる。
先ほどの攻撃でも表面に少し傷を与えた程度でしかなく、それもすぐに治ってしまうのであれば、なかなか厳しいものがある。
たとえばパイルバンカーであれば点の攻撃であるために、あの巨体を内側まで貫くことは可能かもしれない。
だが、あの巨体相手ではその程度のダメージは無いのと同じである。
そうしていよいよ逃げるしかないのか、という思考になりかけていたアカムに何やら自信満々と言った様子のアイシスが声を掛ける。
「マスター、大丈夫です。一つとっておきがあります」
「とっておきだと?」
笑みを浮かべながら何一つ不安を感じさせない声で告げるアイシスにアカムは言葉を返す。
その言葉はそんなものがあるのかという疑念によるものではなく、アイシスの言葉を信じたうえで、早く教えろと言う要求からでた言葉だった。