45話 レギオン
ウルグと別れた後、アカムはそのまま次階層への石版を目指していた。
辺りには土が露出した地面が広がるばかりで草一つ生えていない。
視界を遮る大岩などすらないそのエリアは荒野エリアと呼ばれるエリアで、見渡しがあまりにもいいそのエリアは当然の如く遭遇式であり、今もアカムの目の前に魔物が突然と現れた。
「やけに数が多いな?」
「ジェネラル、ナイト、ビショップがそれぞれ一体。それに未確認の個体が一体にポーンが八体の計十二体ですね」
「未確認のやつは多分キングだな」
今、アカムたちの前に現れたのはレギオンと呼ばれる魔物だ。
見た目はまるで人のような姿をしているが顔はなく、身体も無機質なもので構成されていて、その上にそれぞれの役回りに沿った装備を身に着けている。
そしてその役回りによってキングやジェネラルといった呼称で区別されていて、その区別も身に着けている装備が非常に分かりやすいため混乱することもほとんどない。
アカムが未確認のモノをキングと推察できたのも赤く、派手なマントに王冠を被っていたからだ。
「さて、この編成ならビショップが最優先だろうな」
「他の存在を回復、蘇生させてきますからね」
やや距離があるからか、数が多めの魔物が現れたにしては落ち着いているアカムが第一目標を定めれば、アイシスもその理由を呟きつつそれに同意する。
こうしていちいち相手の特徴を述べているのは、そうすることで理解が深まるというのと、口に出すことでより取るべき行動がハッキリと見えてくるという理由がある。
そうしてビショップを最優先に狙うという作戦とも言えない作戦を立てたアカムだったが、その前にはジェネラルとナイト、そして八体のポーンが立ちはだかっている。
そしてその八体のポーンが槍を構え一斉に突撃してきた。
彼らはポーンであり、ただ与えられた命令に忠実に従う兵士でしかないが、決して雑兵などではない。
それぞれが槍を巧みに操り確実に追い詰めてくるのだ。
そんなポーンが八体、アカムへと突撃してくるが、彼らがアカムの元に辿りつくよりも前にポーンの内の一体の首をアカムの左腕が掴む。
「武器確保っと」
「憐れな」
レギオンが現れた場所。
そこはアカムと少し離れた場所であったがすでにアカムの攻撃範囲内。
腕を飛ばして遠隔で操作することができるアカムに対してその突撃は隙だらけだった。
首を掴まれたポーンも逃れようと暴れるが機械因子の力を振り切ることはできなかった。
他のポーンは一瞬それを見るように動きを止めたが、それは本当に一瞬のことですぐにアカムへと突撃を仕掛けてくる。
「やはりこいつら仲間意識とか薄いな」
「見た目からして人形みたいなものですから仕方ないでしょう」
それを見て呆れた声を零すアカムだったがまだまだ余裕があるようだ。
なぜならアカムが一体の首を掴んだのは無力化ではなく武器確保の意味でしかないのだから。
「よっと」
アカムは掴んだポーンを持ち上げ、再びこちらへ突撃を始めたポーンの背後へと振り回せば、ポーン同士が衝突し、腕が折れ、身体を吹き飛ばしていく。
そうしてあっという間にポーンを蹴散らすが、ビショップが倒れたポーンを復活させようとする。
しかし、それは機械因子の全力で投げられたポーンの身体により阻止された。
ただの小石で大岩にヒビを入れるほどの威力を引き出す機械因子の力で投げられたのは小石よりもずっと巨大なポーンの身体。
非常識な速度で投げられたソレはビショップに衝突すると両者の身体はバラバラに砕け散った。
「まずは第一目標達成……っ!」
ビショップを倒したことに喜ぶ間もなく、アカムは軽く後ろに飛べば目の前を剣撃が通りすぎる。
アカムの左側にはいつの間にかナイトがいて、上から下へと剣を鋭く振り下ろしたのだ。
「吹っ飛べ」
ナイトの攻撃を避けるとほぼ同時にアカムは右肘を曲げ大鉈の先をナイトの胸部へとコツンと当てていた。
いつの間にかアカムの右腕からは甲高い音が鳴り響き、杭が肘から飛び出ていた。
そしてアカムが呟くとともに何か固いもの同士がぶつかったような音が響くと共にナイトの身体が粉々になりながら吹き飛んでいく。
その状態を隙と見たのかジェネラルもまた高速で迫ってきていたが、アカムに達するよりも前に頭上から左腕の一撃が振り下ろされ、ジェネラルは地面へと叩きつけられる。
地面に倒れ伏せ隙だらけなジェネラルに対し、アカムは推進装置を使って急接近すると大鉈を振りおろし、ジェネラルも粉々に砕いた。
「これで残るはキングのみか」
「先ほどからずっと動きませんでしたが……と、他が全滅してから動き始めるのですか」
話している間に動き始めたキングを見てアイシスが呆れたように呟く。
アカムは左腕を元に戻しつつもその言葉に反応する。
「まあ、王だし?」
「味方がいなくなってから動く愚鈍な王に価値などありませんよ」
「そりゃまた手厳しいが、あいつの場合は愚鈍な王じゃなくて、っ!」
話している途中でキングが凄まじい速度で迫る。
その速度は一瞬消えたと錯覚してしまうほどのもので、その勢いそのままにいつの間にか手にしていた大剣を振り下ろしていた。
アカムはそれを咄嗟に推進装置による回避で躱すが、キングの猛攻は一撃では終わらず逃げるアカムを再び急加速して追う。
アカムは細かく、回避する方向を変えつつ、パターンも読まれないようにランダムで回避し続け、一瞬の隙をついて大鉈を振るい反撃する。
キングはそれを後ろに跳びつつ防御して、大きく後方へと飛ばされるもダメージはほとんど与えられていないようだ。
「ふう……仲間を餌に情報を集める冷徹な王で、戦える王だな」
「なるほど。よくわかりましたね」
「相手の場所を探るならアイシスの索敵のほうが上だが、相手の動きとかからある程度推測を立てるなら俺の方に分がある」
攻めきれなかったからか警戒するようにその場から動かずに構えるキングを見ながらも、先ほどの続きを話すアカムの言葉にアイシスも納得する。
先ほどの回避では何度も方向を切り替えるようにしていたと言うのに、その負荷など最初からないかのように汗一つ流していない。
サイクロプスの時は一定毎に回避することしかできなかったアカムだが、ここに至るまでにその回避法もコツをつかみ、今ではかなり自由自在に制御することができるようになっていた。
「まだ動かないか……ならこっちからっ!」
動かず大剣をこちらに向けて牽制するばかりのキングに、今度はアカムから向かっていく。
推進装置による移動で先ほどのキングと同等以上の速度で迫り、大鉈を振る。
キングも先ほどのアカムと同じように急加速して攻撃を回避するが、それはあくまでも地を蹴るという常識的な範囲での回避であり、すぐに追いついたアカムの攻撃により、キングは左腕を失う。
「っ!?」
そのまま一気に攻めようとしたアカムだったが、大剣が迫っているのを感じ取る。
どうやらキングは左腕を犠牲に攻撃を仕掛けていたようだった。
頭上から振り下ろされる大剣に対し、アカムは大鉈から手を離しつつ咄嗟に前方、キングへ突っ込むように推進装置を起動する。
その判断が功を奏し、大剣を持つ腕がアカムの左肩を叩くだけに終わる。
「バンカーショットッ!」
そしてキングに最接近すると共に当てていた右腕のパイルバンカーによって、キングは脇下から右の首元までを貫かれた。
そしてそのままキングは動かなくなり、辺り一帯に散らばっていた他のレギオンの姿も消えていく。
完全に魔物の姿が消えた時、そこに残っているのは一つの魔石であった。
「ふう……キングはなかなか強かったな」
「そうですね。それにしてもやはり魔石は一つですか」
「あの集団がセットで一体の魔物扱い。そして一体一体がそれなりに強いからな……冒険者から嫌われる魔物とは書いてあったがこれじゃあ稼げねえから当然だな」
少しだけ覚えていた図鑑の内容を思い出しつつもそんなことをアカムが言えば、アイシスも全くだと言わんばかりに頷いている。
集団そのものがレギオンという一体の魔物であり、キングやジェネラル、ナイトといった存在はレギオンという魔物の一部位でしかない。
それ故に全てを倒さなければ魔石化せず、残されるのは一つの魔石だけという特性を持つレギオンは一般的な冒険者からすれば厄介な割に見返りの薄いはずれ扱いされる魔物であった。
もっともアカムから見れば様々な特性を持つレギオンは自分を鍛えるのにちょうどいいと感じる相手で、できれば避けたいとは全く考えることなく、魔石を回収したアカムは幾分上機嫌で次階層を目指して歩きはじめるのだった。