43話 更生
アイシスが味覚による罰ゲームを受けてから数日。
その間目新しいことは特になく、アカムも四十五階層まで足を進めていた。
今日も順調に迷宮探索を進め、四十六階層への転移を可能としてからアカムは地上へと戻ってきていた。
その日は少し早めだったが、それはアカムにとっての話であり、他の冒険者にとってはちょうど迷宮探索を終えるごろであったため、ギルドは少し混雑していた。
だが、アカムはその混雑したギルドへ入る直前にギルドの傍、人の邪魔にならないところで数人の冒険者が集まっているのを見て疑問に感じる。
「なんだ……? 誰かに謝っているのか?」
「というよりは感謝しているようですが」
しきりに誰かに頭をぺこぺこと下げる数人の冒険者の姿をみて呟いたアカムの言葉に、周囲に見られることのないアイシスが少し近づいて確認して、それをアカムに伝える。
それを聞いてもめ事でないのならどうでもいいかと、アカムもその集団から興味をなくして、さっさとギルドへと入ろうとする。
だが、扉に手をかけるよりも早くアカムに呼びかける声がその集団の方からしたのだった。
「あ、アカムの旦那!」
「あん?」
唐突に呼ばれた声に反応しそちらを見ると先ほど、頭を下げていた冒険者の集団の隙間を掻き分けてこちらへ来る褐色肌の男が来るのが見えた。
耳もやや尖っていることからダークエルフであることが分かり、アカムはそれを見て顔を顰めた。
なぜなら、こちらへなぜか飼い主を見つけた犬のような笑みを浮かべて近づいてくる男が、一応知っている男であったからだ。
「お久しぶりです!」
「あ、ああ……」
尻尾があればブンブンと振っていると思わせる男にアカムはハッキリ言って引いていた。
男に、それも一度は半殺しにするほど腹立たしかった男に懐かれても少しも嬉しいとは思えない。
そうして、気味悪さに引きつつ、同時にこいつの名前なんだっけと思い出そうともしているが、ちっとも名前が思い出せないアカムは、とりあえず何か用があるのか尋ねることにした。
「なんかようか?」
「ああ、いえ! たまたまアカムの旦那を見かけたんで挨拶をと思っただけでして」
「そうか」
なら、いいだろうとアカムは軽く笑ってギルドへと入ろうとする。
だが、まだ何か言いたいことがあるのか少し手をアカムの前に差し出してギルドへ入るのを阻止する。
とはいっても、本当に軽くでありその気になればその手を無視してギルドに入ることも可能な程度には邪魔にならないように配慮しているのが分かる。
一応配慮することはできるのかと驚きつつ、仕方ないのでアカムは話を聞くことにした。
「まだ何かあるのか?」
「いえ、時間取らせてしまって申し訳ないのですが、どうしても一つお礼を言っておきたいと」
「お礼?」
どう考えてもお礼を言われるようなことはしたことがないアカムは、そんなことを言われて怪訝な目でその男を見る。
男はアカムが一応聞いてくれるらしいことに気付いたのか、頭を深々と下げ、大声をあげる。
「ありがとうございました!」
「……なにが?」
「あの日、旦那に助言された通りに困った人を見かけたら全力で助けるようにしました。初めは怪訝な目で見られることも多かったですし、余計なお世話だと言われることもありました」
よく知らない相手に突然助けられても最初は戸惑うのは仕方ないことだろう。
おまけにこの男、ケルタス・ランドルは異界迷宮に来てすぐに、ギルド職員に絡んだことで「潔癖」に目を付けられたとして悪い噂が一気に広がっていたので余計に怪しまれる状態だった。
「でも、続けていくうちに街の人や他の冒険者に少しずつ認められるようになったんです。俺、最初にあんな問題起こしてたから本来ならもっと息苦しい生活になるところだったと思います。それが、アカムの旦那に示された道を進んだことでこの街に居てもいいんだって思えるようになったんです。だから、あの時自分の目を覚まさせてくれて本当にありがとうございました!」
真摯に頭を下げ改めて礼を言ったケルタスに、周囲にいた街の人々も心打たれたのかよく言っただのと騒ぎ立てる。
どうやらケルタスは街の人々からもそれなりに人気になっているようだった。
ケルタスの言葉を聞き、街の人々からも信用を得ていることを感じたアカムは一つ大きくため息を吐く。
「……お前、名前はなんだっけ」
「え……ケルタス・ランドル、です」
「そうか……初めはクズかとも思ったが、よく頑張ったな。今お前が皆に認められてんのは俺のおかげなんかじゃない。お前自身が頑張ったからだ。だからさっさと顔をあげろ。で、これからも頑張り続けろ。俺が言えるのはそんだけだ」
アカムはケルタスに名前を尋ね、しっかりと覚えたうえでケルタスの言葉を真摯に受け止めて激励を送った。
少しそっけないが、それだけ言ってアカムはさっさとギルドの中へと消えた。
残されたケルタスは言われた言葉をゆっくり噛み砕き、涙を一つ流す。
「ありがとう……ございます……」
震えた声で、アカムの消えた扉に向かってまた礼を言って、俯きながら肩を震わせる。
そんなケルタスの背中をよかったなと声を掛ける人々の姿がギルド前にあった。
「はい、換金終わりっと。順調すぎるほど順調だけど大丈夫なの?」
「ああ、少し手強い相手も出てきたがまだまだ余裕はあると思う」
ケルタスの礼を受け取ったアカムは、直後にはギルドで魔石を換金しながらイルミアと軽い雑談をしていた。
傍目から見ればそれはいつも通りの光景だったが、イルミアの目は誤魔化せなかったようだ。
「ふーん? じゃあ、別の事で何かあったのね。さっきギルド前が騒がしかったけどそれかしら?」
「……ケルタスが……あのダークエルフの男がな。なんか礼を言ってきたんだよ」
「ああ、あの男ね……今ではすっかり更生しているらしいわね。ギルドでもそれなりに評価されてきてるわ」
隠し事はできないなと降参するように軽く両手をあげつつ、何があったのかを話せばイルミアも肩を落としながらも納得した様子を見せる。
「で、まあ、街の人も受け入れてるようだし、俺ももう思うことも無かったからその礼を受け取って少し激励してからギルドに入ってきたんだよ」
「気持ち悪かった男がああも変わるとは驚きですが、それはさておき、先ほどのギルド前のやり取りは美談としてそれはもう面白おかしく語られることでしょう」
「……なるほどね。それで気が重いと」
アカムが嫌そうな顔をしながらその後の事を話し、アイシスが補足を入れるとイルミアも何が言いたいのか納得して軽く笑みを浮かべる。
ちなみに、アイシスの声はその姿と同じく見えるものにしか聞こえないために、何もいない場所から声が聞こえたなどと騒がれることは無い。
その代わり、うっかりアイシスと会話すると誰と話しているのかと気味悪がられるために注意が必要で、イルミアが少し悩んだ様子を見せたのもそのためだった。
「そんなわけでギルド前は今、その話題に盛り上がっている可能性が高く、出ていけば無駄に注目を集めるだろう。ってことで今日、一緒に帰ろう」
「今更、視線ぐらいどうってことないでしょうに」
「畏怖とはまた別だ。それに今は前以上に大事な体なんだしな」
アカムの提案にイルミアは呆れたように返事をしつつも、嫌ではないようで少し嬉しそうに笑みを浮かべる。
ここのところは時間が合わずに一緒にギルドから帰ることも無くなっていてそのことをイルミアは少し寂しいと感じていたのだ。
そしてそれはアカムも同じことで、言ってしまえば注目が集まることに気が重いというのは一緒に帰るための口実程度にしか思っていなかった。
それからアカムはギルド内でしばらく時間を潰してイルミアの仕事が終わるのを待った。
そして、イルミアが仕事を終えると、二人一緒に並んでギルドから出て、自宅へと向かった。
その日は少し肌寒い夜であり、アカムはイルミアの肩に手を当てて優しく抱き寄せる。
「顔に似合わないわね」
「うるせえ」
自分を気遣ってのことだともちろん気づいているイルミアだったが少し笑ってそんなことを言う。
それでもアカムは抱き寄せたまま顔を少し逸らすだけだった。
「でも、あんたらしいわ。ありがと」
「別に」
そんなアカムの態度に笑いつつもイルミアも体をアカムへ任せるように寄りかかる。
二人の仲睦まじい姿を近くでまざまざと見せられていたアイシスは、その少し後ろを呆れたようにしながらついていくのだった。
まさかこの男が再登場するとは