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42話 味覚と罰

 地上に戻ったアカムはギルドで換金をした。

 なお当然の如く、機械因子オートファクターは自分で使うために確保して売ることはせず、魔石だけ換金して家へと帰っていった。


 その間アイシスはずっとアカムの傍に姿を現していたのだが、誰もアイシスの姿に気付いた様子は見せなかった。

 もしかしたら見て見ぬふりをしているだけかもしれないが、試しに人々の目の前にアイシスが飛んで行っても反応が無かったのでやはり見えないのだろう。

 そのことにアイシスは安心して姿を現していられるとホッとしていた。


 別に、機械因子オートファクターの中に入って潜むことも可能ではあるのだが、そうすると風や空気を感じることもできなくなるために、一度精霊になってそういったことを感じられるようになったアイシスもあまり機械因子オートファクターの中に潜みたくはないと感じていたため、人々に姿を見られないというのは大変都合のいい事であった。


 それから家まで、アイシスは初めて感じる街の空気や匂いに興奮し、アカムはそれをたまに眺めながら歩き、自宅へと辿りつく。

 ギルドに行った時点ですでにイルミアはおらず、先に帰宅していたためアカムが家に帰るとおいしそうな匂いに迎えられた。


「あら、おかえり、アカム……に、アイシス?」

「おう、ただいま。見えるのか」

「これはどちら側の問題でしょうか……? あ、ただいま、です」


 部屋まで入ってきたところでイルミアも気づき挨拶をしてくるが、アイシスが傍に姿を現して宙に浮いているのを見て首を傾げる。

 アカムも苦笑しつつ肩を竦め、アイシスは自身を見える存在と見えない存在がいることに首を傾げつつも少し照れくさそうにしながら挨拶を返した。


「手のひらからだけじゃないのね……でもなんでわざわざ姿を?」

「いや、映像ってやつじゃないらしいぞ」

「はい?」


 アイシスの様子に何かいつもと違うようなものを感じたのかイルミアは首を傾げつつ聞いてみるが、アカムが代わりに簡単な答えを言って余計にイルミアを混乱させる。


「マスター……説明下手ですね。ええと、イルミア様が感じている違和感は多分私がその……感情豊かになったからではないでしょうか?」

「感情豊かに……ああ、確かになんか前よりも楽しそうね。でも、どうしてわざわざ?」


 アイシスが、小さくため息を吐きながら、自身の状態について説明を始める。

 そして最初にイルミアが感じているであろう違和感について指摘すれば、イルミアは言われて納得する様子を見せる。

 でもそれがわざわざ姿を現しているのと、どう関係あるのかが分からず首を傾げる。


「今、私はわざわざ映像を作っているのではなく、精霊としてここに存在していて、そのために感情の自制が少し効かないのです」

「精霊……? ああ、アカムが昔、無駄な努力をしていた時に聞いたことがあるわね」

「今俺の話関係ないだろ」


 精霊という単語にわざわざ自分の話を持ち出されてアカムが思わず口を挟む。

 が、二人してアカムの言葉を無視して先を進める。


「ふーん精霊、ね。その様子だと以前は精霊というわけでもなくて、本当に今日精霊になったということかしら?」

「はい、さすがイルミア様。理解が早くて助かります。ですので、この状態が今の私にとっては普通のことなのです」


 自身の状況を理解させるのに成功して満足したのか、なぜか胸を張ってドヤ顔をアカムに向ける。

 アカムも子供ではないため、そんな表情に苛つくわけもなく、寧ろ微笑ましいものでも見るかのような目を向けて、鼻で笑って流した。


 だが、どうやらそれは求めていた反応とは違ったようで、アイシスはムスッとして今度は不機嫌になる。


 そんなアイシスの姿を見て、精霊になったというのをはっきり実感したイルミアは笑みを浮かべ楽しそうにして口を開く。


「なるほど、確かに感情豊かになったわね」

「見ての通り、な。まあ、子供っぽくなったがアイシスはアイシス。特に変わらんよ」

「むう……なにか納得いきません。早く自制出来るようにならねば……」


 相槌を打ったアカムの言葉にそう言われればと納得するように頷くイルミアを見てアイシスは不満顔を浮かべながら呟いていた。

 別にそのままでもいいのにとアカムは思うのだが本人がやる気になっているなら邪魔することもないと、特に何も言わなかった。


 かわりに別のことについて、アカムは報告することにした。


「そういや三つ目、手に入れたぞ」

「それが……今回は使ってないのね」

「さすがに二度も愚を犯さんさ」


 機械因子オートファクターを新たに手に入れたことを現物を取り出しながら伝えれば、イルミアは興味深そうに黒い球を見る。

 そしてそれを軽く転がしながら少し意地悪なことを口に出すイルミアに肩を竦めながらも、アカムは真剣な様子で言葉を返した。


「そもそも使うなら足だが、片足だけだとな」

「そういうのは黙っておくものよ」

「怒ったか?」

「別に。あなたらしくて嫌いじゃないわ」


 使わなかった別の理由もわざわざ伝えれば、イルミアは呆れた様子を見せながらも、その表情は柔らかい。


 突然、惚気始めた二人の姿を見せられたアイシスは砂糖でも吐きそうな顔をしていた。

 以前は特に思うこともなかったことも自我を得ると鬱陶しいと感じることもあるのかと、また一つ精霊になった弊害を見つけ、アイシスは小さくため息を吐いた。




 それからイルミアは料理の続きをするために台所へ消えたため、話もそこで切り上げとなった。

 それなり話し込んでいたが、その辺りはちゃんと計算していたのだろう、焦げ臭いといったこともなく食欲を刺激するおいしそうな匂いが部屋に満ちていた。


「おいしそうな匂いというのがどういうのかよく分かりませんが、とにかくいい香りがするのは分かります」


 しきりに部屋の匂いを嗅いでいたアイシスがふとそんなことを言う。


「ああ、今まで何か食べたことがないからその辺りも理解できないか」

「じゃあアイシス、ちょっとおいで」


 二人の会話を聞いていたイルミアがアイシスを台所へ呼ぶ。


「はい、あーん」

「えっ……?」


 当然、そんなこと言われたこともなければ知識としても持っていなかったアイシスは戸惑う。


「口を開けるのよ」

「えと……あ、あーん……っ!?」


 そんなアイシスにどうすればいいのかを教えてやれば、戸惑いながらも素直にあーんと口に出しながら開けられた口に、イルミアはできたばかりの料理を少量放り込んでやった。

 突然口に何かを入れられたことで目を見開いて驚き固まったアイシスだったが、よくよく味わってみるとそれが気に入ったのか満面の笑みを浮かべる。


「どう?」

「ええと……多分、おいしいです」

「多分? ああ、そうか。もう一度食べたいと思えるならおいしいってことよ」


 イルミアが感想を聞くもいまいちはっきりしない答えに、聞き方を変えれば、今度はハッキリと何度もアイシスが頷いていた。

 それを見て料理をあげたイルミアも満足そうに笑みを浮かべてから、料理をアカムの元まで運ぶ。


「にしても、ものを食べることもできて、味覚も俺たちとそう変わりないか」

「そういえば、考えなしにあげたけど普通に食べたわね」


 アカムがいたところからは見えなかったが、漏れ聞こえた会話から何があったのか察してそう言えば、イルミアも今気づいたとでもいうように少し驚いた表情をする。

 アイシス自身も驚き、そういえばと思い返したところで先ほどの味を思い出して頬を緩めていた。

 そんなアイシスの表情を見逃さなかったアカムだったが、その顔には悪戯を思いついたようにニヤリとした笑みが浮かんでいる。


「なあ、アイシス。迷宮での軽い暴走、やっぱり罰がいると思うんだが」

「それは……まあ、暴走してしまったのは事実ですし……受けられる罰があるのなら私も否はありませんけど」

「じゃあ、これ食べろ」


 精霊になり感情が制御できなかったことから起きた暴走の件を告げつつ、アカムは小袋から超高濃度高圧縮栄養剤ハイレーションを一粒取り出した。


「イルミア、悪いが小皿貰えないか? ……あんがとさん」

 アイシスにはこれを噛み砕くのは無理だろうとイルミアに小皿を取ってもらい、その皿のなかに磨り潰して粉になったハイレーションを入れる。

「さあ」

「……こんなのが罰になるのですか? まあ、いいですけど……うっ!?」


 いくら普段アカムが食べて苦々しい表情をする姿を見ているからといって、実際食べればそこまでのものでもないだろうと高を括っていたアイシスだが、とりあえずペロリと少量口に含むと途端に顔を歪める。


「どうだ? もう一度食べたいか?」


 フルフルと涙目になりながらも首を横に振るアイシス。

 どちらかといえば二度と食べたくないらしい。


「それが不味いってことだ。それ全部食うのが罰な」

「何があったのか知らないけど、アイシスが素直に聞き入れるってことはそれなりの事情があったのよね? ま、頑張りなさい。それ食べたら他の料理も食べていいから」


 アイシスの反応に苦笑しつつイルミアも助ける気はないらしい。

 だがこの不味いものを食べさえすれば、またあのおいしいものが食べられると聞いたアイシスは、少しやる気を出したかのようにキリッとした表情で再びハイレーションを口に含む。




 キリッとしたところで不味いものがおいしくなるわけもなく、アイシスはすぐに情けない顔を晒すのだった。


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