4話 ギルドへ
転移部屋から出ると辺りはオレンジ色に染まっていて、どうやら夕刻らしいことが分かる。
アカムの転移部屋は西側であるため部屋から出てからちょうど西日が正面から射して眩しかったため手のひらで光を遮りながら目を細める。
「よお、アカム。お前も今日は切り上げか?」
「ん? ああ、ウルグか。魔石もいっぱいになったし別の収穫もあったからな」
「おお、宝箱見つけたのか……の割には何も持ってねえようだがよほど小さいもんだったのかそれとも消耗品で使っちまったか?」
横から話しかけてきたのはアカムと同じように一人で迷宮に潜る冒険者のウルグ・ファング。アカムよりも二つ上の先輩冒険者でもあり友人でもある。
獣人種の狼型の男で、アカムよりもでかい二メートル越えの大男。黒い髪は猛々しく生えており、狼のような耳が頭の上部についている。その獣耳の片方は半分ほどから切れてしまっているが傷は完全に塞がっているため随分前の怪我だと分かる。目は薄い茶色で狼をそのまま人にしたように鋭い目つきをしていて、アカムに負けぬ悪人面だ。
道着をノースリーブにしたような服のかなりゆったりしたサイズのものを着ているがこれはウルグの能力である獣化した時の姿に合わせているからだ。そして道着から伸びる手足は獣化していない状態でも毛でおおわれていて、鋭い爪が見え隠れしている。
「そういうわけでもないんだが自分で使うことにしたというか使ってるんだ」
「使ってる? やっぱり薬みたいなものか?」
「いや……そうだなウルグには見せても問題ねえか。アイシス、手だけ擬態を一旦解除してくれ」
「アイシス? ……って――!?」
そのウルグの質問にどう答えようか迷ったアカムだがこの友人ならやたらと広めることもしないだろうと判断して体で右腕を道行く人々に見られないように隠しながらアイシスに擬態の解除をしてもらう。
擬態が解除され現れた機械の腕を見てウルグは驚いて大声をあげそうになるも手で口を塞ぎ阻止する。
「すげえな……こんなん見たことねえ……ってお前まさか腕を?」
「ああ、ドジったっていうか油断しててな。宝箱に罠が仕掛けられてザックリとな。で、その宝箱から出てきたのがこれってわけだ」
機械の義手を見てしきりに感心していたウルグだが右腕が全てそうなっていることを察してもしやと思い問いただせばアカムは右腕を再び人の腕に擬態させながら肯定した。
それと宝箱に罠が仕掛けられていたことも伝えればウルグは目を見開いた。
「宝箱に罠が!? 今までそんなもんなかったってのに……」
「ああ、だからこれからそのことをギルドに伝えようと思ってる」
ウルグとて宝箱に罠が仕掛けられているなんて話は聞いたことも、実際に仕掛けられていることも無かった。
むしろこちらの情報はウルグ自身にも深く関わることであるため、アカムの腕が全く別物になったことよりも深刻そうな表情を見せる。
アカムもこの情報が極めて重要なことだと理解しているためこれからギルドへ行ってギルド長に会おうと考えていてそのことをウルグに伝えた。
「ああ、それがいいな。この情報はすぐに広めるべきだ」
「もしかしたらこれっきりの例外かもしれんがウルグも気を付けろよ」
「せいぜい気を付けよう。戦い以外で手足を失うなどやってられんからな」
「違いねえ。俺もこれが手に入ってなきゃ腐ってただろうな。ああ、そうだウルグ明日は暇か? こいつを慣らしたいんだが手伝ってくれないか」
情報を広めるべきだとウルグも頷いていて、アカムは彼にも一応忠告をしておく。
ウルグも罠で手足を失うなど真っ平御免なようで神妙な顔をして強く頷いた。
そんなウルグから返された言葉にまったくだと頷き自分の右腕を見る。それで思い出したのかウルグに、義手の腕を使い慣らすために手伝って欲しいと申し出る。
「ああ、いいぞ。どんなもんか気になるしな」
「助かる。んじゃ明日の九時ごろにここでいいか?」
「了解だ。んじゃまた明日な」
「おう」
アカムの申し出に気持ちよく頷いてそれを快諾する。ウルグにしてみれば後輩であり友人であるアカムの珍しい頼み事を断るなど最初から選択肢にもあがらない。
アカムはそんなウルグに感謝しつつ、待ち合わせの時間を決め、それに了承を貰ったことで互いに別れ、それぞれの方向へ歩き出した。
冒険者ギルド。
迷宮へ入るために必要なギルドカードを作ることができる石版を管理しているため冒険者になるなら必ず冒険者ギルドに顔を出さなければならない。
ギルドカードを管理するだけでなく、迷宮に潜り探索する冒険者に回復薬などを提供しての支援や、迷宮からの出土品を一括で買い取りを行ってくれる組織で、本部はここ異界迷宮都市にある。
異界迷宮で手に入るアイテムは異界の技術が使われていることが多く、それは多大な利益に繋がるため各種族国で偏りが出ないように冒険者ギルドが調整して流通させているのだ。
だが、そんなことは実際に迷宮に潜る冒険者にとっては知ったことではなく、いつでも魔石や迷宮産の道具を買い取ってくれて、回復薬などを安定した価格で買える便利な場所程度の認識でしかない。
買い取りも一括だからと安く買い叩かれることも無く宝箱から出たアイテムならばしっかりと鑑定された上で、適正価格で買い取ってくれるため冒険者からの評価も好評だ。
その冒険者ギルドの本部の扉を開けてアカムが入ってきた。
受付を見渡すとある女性がいるのを見つける。
その女性は美人ではあるがどこか近寄りがたい雰囲気を纏っていて、その雰囲気とギルド内がそこまで混んでいない状況から他の冒険者たちは彼女を避けていてその女性の担当する窓口はガランとしていた。
アカムはそんなことなど気にもしない様子で迷いなくその女性のところまで歩いていく。
「よう、イルミア。今戻ったぞ。今日の収穫だ」
「あら、アカム、おかえり。おつかれさま」
アカムが声をかけると先ほどまでの雰囲気が嘘のように和らいでその女性は嬉しそうに小さく笑みを浮かべた
その様子を見ていた冒険者の一人がいつもあんな感じならいいのにとつぶやくが、それは彼女を知る冒険者の多くが常日頃から思っている事である。
アカムにイルミアと呼ばれた彼女は人間種の二十三歳で、今はギルドの職員をしているが元冒険者だ。
今は座っているために分かり辛いが、アカムより十数センチ低い程度の長身の女性で、やや筋肉質ではあるが基本的にはスレンダーな体つきをしている。但し胸はスレンダーではない。金髪碧眼の凛とした感じの美女で髪は後ろで三つ編みにしてまとめている。やや吊り上がった目は強い意志を感じさせ、その威圧感に遠目に見るにはいいが近寄りがたいと、周囲の人には思われているのだが、これがアカムの前に立つと途端に嬉しそうに目尻を下げて微笑むので、それを知らない新人の冒険者などはその表情の変化に驚くのだがそれはもはや定番の反応となっている。
そんな彼女のフルネームはイルミア・デボルテと言う。
アカムと同じ名字だが、これは妹や従妹ということではない。
イルミア・デボルテはアカムの愛すべき妻である。
「はい、はい、はいっと……買い取り価格はこんな感じね」
「おう、いつも通り預けといてくれ。それとなギルドマスターと話す場を用意してくれないか?」
「ギルドマスターと……? 何かあったのね。分かったわすぐに用意する」
「すまんな。ああ、イルミアも同席してくれ。お前にも言っておかんといかんことだ」
「……? 分かったわ」
アカムから渡された魔石を素早く確認して金額を提示し、アカムもそれに文句は言わずギルドマスターに話を通してもらえるように頼む。
イルミアはすぐに何かあったのだと悟り、話の場を用意することを約束する。そんなイルミアに同席してほしいとアカムが伝えればさすがに困惑したように首を傾げるイルミアだったが、すぐに気を取り直してそれを了承した。
それからすぐに建物内にある一室に案内された部屋でアカムが寛いでいると部屋の扉が勢いよく開かれアカムよりも遥かにでかい、三メートルを軽く越える男が部屋に入ってきた。
それからイルミアも後から入ってきて扉を閉める。
「待たせたな、アカム。俺に直接話があるってことはなにか重要な情報か?」
「相変わらずでけえなエルマンド。……重要かどうかは知らんが、少なくとも俺個人の考えでは重要な情報だと考えている」
「ほう? それじゃあ聞かせてもらおうか」
そういって、アカムの正面にあった三人用の大きなソファに深々と座るエルマンド。
彼こそが冒険者ギルドのギルドマスターである巨人種のエルマンド・フォートレイである。
目は銀色で本人曰く髪も銀髪らしいが剃っていてスキンヘッドなためそれが本当かどうかは分からない。常に眠そうな顔をしているのだが顔の彫りが深くて日中などは目元が陰で暗くなるからか威圧感が酷く、新人冒険者に怯えられることが常である。性格は陽気で寛容であるため大体のことは笑って流してくれる温厚な人なのだが。それを知らない人からは些細なことでも怒りに触れたら最後。丸太のように太いその鉄拳で殺されると思い込まれていて畏怖されている存在である。
アカムはエルマンドの気性を知っている人間であるため、無駄に緊張することも無く伝えるべき情報を伝え始めた。