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39話 一つ目巨人

 気合いを入れて歩き出してから1時間。

 ある一歩を踏み出した瞬間に、まるで空間が丸ごと変わってしまったかのように周囲の風景が一変した。

 空は先ほどまで一面黒煙が覆っていたにもかかわらず、雲一つない青空で、周囲にあった黒煙をあげる火山も見当たらず、いつのまにやらアカムの胸辺りまで伸びる草が一面に広がっていた。


「っ!? これは一体?」

「っと、こっちじゃなかったか」


 先ほどまではどの方向を見ても黒煙を上げる火山が連なるエリアだったのが、突然草丈の高い草原に様変わりしたことにアイシスが驚きの声をあげる。

 一方でアカムは特に驚くことなくそんなことをぼやく。


「マスター、これは?」

「迷宮は同じ階層で複数のエリアがあるってのは知ってるだろ? だからこれは、別のエリアに入ったってことだ。次の階層へ向かって歩くなら基本別エリアには入らないが、次の階層への石版がある方向から垂直方向に移動するとこうして突然エリアが変わるんだ」


 どうやら事情を知っているらしいアカムにアイシスが問えば、すぐにその答えが返ってくるが、それにしても先ほどまでの火山や黒煙はどうなったのかとアイシスは首を傾げる。


「気になるなら少し後ろに下がってみるといい」

「え……っ!? なんですかこれ!?」


 本当に感情豊かになったなと思いつつ、アカムから見れば未だ草原の中にいるアイシスが驚いた表情で見渡している姿を見守る。

 その視線に気づいたのかアイシスは慌てて取り繕って説明しろとでもいうような目でこちらを見てくる。


「クク……これが別のエリアに入るってことだ。入った瞬間から周囲の景色は一変してそのエリアの景色に固定される。だから、ある境界線の前まで来て一歩先が別のエリアだとしても、実際にその線を超えるまでは別のエリアがその先にあるかなんて分からないってことだな」

「なるほど。やはり迷宮とは不思議ですね」


 苦笑しながらもアカムが答えてやれば、アイシスは澄ました顔で頷く。

 どうやら先ほどの驚きから取り乱した自分の姿は無かったことにするらしい。


 そんな内心を読み取ってアカムはそのことに触れずとも、少し笑っていた。

 その様子にアイシスも、胸中バレバレらしいことに気付きムッっとする。


「くっ……精霊になったことの弊害ですか……」

「別にいいじゃねえか」

「積み上げてきたイメージが……っと、敵性反応がこちらへ向かってきます」


 不満気に呟くアイシスと、適当に慰めるアカム。

 尚も不満を訴えるアイシスだったが、ふと子供っぽいムスッとした顔から何かに気付いたように真剣な表情になり、魔物の存在を告げる。


 アカムも先ほどまでのふざけた様子を潜め眼光鋭く周囲を見れば、すぐにその魔物を視認する。


「一つ目巨人……サイクロプスか」


 サイクロプス。

 一つ目の4、5mの巨人で、主な武器は怪力と回復力で、やたらと太い丸太を軽々と持っている。

 が、それはただの基本性能でしかなく、とっておきは別にある。


 アカムとはまだ100mは離れているが、そのサイクロプスの目玉はアカムを射ぬくようにアカムを凝視していて、まだ離れているにも関わらず、ゾッとするような感覚にアカムはその場から横に飛びのく。


「っと!」


 飛びのいたアカムの横を何か、光線のようなものが通り過ぎ、それに触れた草は燃えるよりも早く消滅した。

 そして光線の当たった地面にはぽっかりと穴が開いていて、所々が赤熱して溶けているようである。


 この光線こそがとっておきで、サイクロプス最大の武器である。


「まあ目から光線とか眩しくてやってられないと思うんだがなっ!」


 その攻撃方法に感じたことをぼやきつつ、アカムは左腕の推進装置に引っ張られるようにしてサイクロプスへと急接近する。


「うげっ!?」


 驚異的な速度で進んでいたアカムだったが後半分といったところで何かに気づき右腕の推進装置も起動して横へ回避すると、再び横を光線が通り過ぎる。


「それなりに速い間隔で連発できるらしいですね」

「らしいなっ!」


 感心した様子で、相手の攻撃について解説するアイシスに、アカムは言葉短く相槌をうつ。

 それから、着地すると同時に数回飛び跳ねるようにして体勢を立て直しながらも、今度は推進装置ではなく身体強化をしてサイクロプスを中心に円形に走り、徐々に近づいていこうとする。


「っ!」


 が、ゾッとする感覚にアカムが急停止を掛けると、目の前を光線が通り過ぎる。


「案外、方向転換も速いと」

「見た目には鈍そうに見えますがなかなか素早いですね。もっとも距離があるというのもあるのでしょうが」


 どうやら回り込むにも距離が離れすぎていて相手の視線を振りきれないことに気付いたアカムは再び、推進装置を使っての接近を試みる。

 ただし、今度はただ真っ直ぐではなくジグザグに進む。

 一回、二回と光線を躱すことに成功したが、アカムが再び方向を切り替えようとした瞬間にアイシスがサイクロプスの視線の動きに気づく。


「っと、緊急回避」

「ぬ!?」


 アイシスの操作によってアカムが進もうと思っていた方向とは逆方向へ、移動させられて想定外の方向へ動いたことで軽く唸るが、すぐに光線が先ほど自分が移動しようとした場所を貫いたことでどういうことかを悟る。


「パターン読みやがったか!?」

「考える頭もそれなりにあるようですね」


 さすがのアカムも推進装置で自由自在に動き回るというわけにもいかないため、一回一回同じテンポで転進していたのだがそこを突かれたようだ。

 それでもサイクロプスとの距離はもう5mまで来ていて、ここまでくればアカムの間合いまで後一歩か二歩とかなり近づいている。


 だが、その数歩を踏み出すよりも前に、サイクロプスはその怪力によって持っていた丸太を振り回し、アカムを薙ぎ払おうとしてきた。


「あっぶ!?」


 それを咄嗟にジャンプして躱したアカムだったが、それはサイクロプスの術中だった。

 空中に飛び上ったアカムに対してサイクロプスは即座にあいたもう一方の手で叩き落とそうとしていて、アカムが気づいたときにはその手はもう目の前だった。


「ぐぅッ!?」


 アカムも回避できずに吹っ飛ばされるのだが、それはサイクロプスの怪力に襲われたにしてはいささか勢いが弱いすぎるもので、どういうわけかサイクロプスもまた弾かれたように大きく体勢を崩していた。


「さすがマスター。とっさの判断にしてはいい判断です」

「くぅ……っ!」


 空中で体勢を立て直し、うまく着地したアカムに対し、半回転しながら地面に転んだサイクロプスを見てアイシスがそんなことをいうが、アカムも軋むような痛みに歯を食いしばっていた。


 アカムが咄嗟に取った行動は回避や防御ではなく迎撃。

 目の前に迫るその腕にアカムはとにかく大鉈を全力で振ったのである。


 それは咄嗟の事であり、とにかく全力をと考えていたアカムは大鉈を両手で振ったのだが、刃筋を立てられず、それどころか腹の部分で思いっきり叩く結果になったのだが、大鉈は《不壊》の魔法効果があるために壊れることはなかった。


 そして、機械因子オートファクターの力は生半可なものではなく、大鉈は凄まじい速度で振られ、その衝撃によりサイクロプスの攻撃のほとんどを相殺することに成功したのだ。

 もっとも、それでも吹っ飛んだのは、全てのエネルギーを相殺できたわけではなかったためである。


「っつう……っと、あいつは!?」

「ご安心ください。大鉈を受けた手が相当痛むのでしょう。こちらに構う余裕もないようです」


 少しずつ痛みが引いてきたところでアカムが慌てて立ち上がりサイクロプスの姿を探す。

 そんなアカムにアイシスがサイクロプスの現状を伝え、ある方向を指さす。

 アイシスが指さした方向へ視線を向けると、倒れたまま無事な方の手で拳を作り地面を何度も叩くサイクロプスの姿があった。


「あの暴れ具合は一体……」

機械因子オートファクターの全力を受けましたからね……骨などは粉々でしょう。中途半端に耐久力があったせいで腕も吹き飛ばされずに残りましたから、衝撃も腕だけに留まらず胴体にもいくらかダメージを受けていると思います」


 アイシスがサイクロプスの状態をある程度解析して伝えてくれ、アカムはその言葉に納得して、少し憐れむような目でサイクロプスの暴れる様を見る。


 だが、それもすぐに切り替えるとアカムは左腕を未だ暴れるサイクロプスへ向けるとワイヤーを射出する。

 ワイヤーが巻き付いてきたことでこちらの事を思い出したのかサイクロプスが無理に立とうとするが、それよりも早く、ワイヤーを通して強力な電撃がサイクロプスに浴びせられ、数秒痙攣した後に徐々に体が消えていく。


 消え始めたのを確認してアカムも電撃をやめ、ワイヤーを回収してサイクロプスがいた場所まで歩いていくと、そこには魔石が一つ転がっていて無事倒せたことを知らせてくれる。


「ふう……案外手ごわかったな……」

「そうですね……そう言えば腕を遠隔で操作すればよかったのでは?」

「腕を飛ばしてる間に生身を攻撃されるかもしれんしなあ。俺の生身の能力であの攻撃を躱し続ける自信はちょっとないな。ましてや腕の操作に気を取られながらとか無理だ」


 そういって魔石を拾いながらアカムは疲れたようにため息を吐く。


 そしてふと、両足を機械因子オートファクターにしちまえばその辺りも解消できるかと考え、すっかり機械因子オートファクターに抵抗を感じなくなっている自分に気づいて思わず笑ってしまう。

 

「どうしました?」

「いいや、なんもねえさ」


 その様子に声を掛けてきたアイシスに被りを振り、アカムは笑って誤魔化した。


 それから超高濃度高圧縮栄養剤ハイレーションをまとめて十粒噛み砕いてからアカムは迷宮探索を再開する。


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