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37話 精霊

『なぜ……? これは……一体……』


 困惑して自分の姿を確認したり辺りを見渡したりしているアイシスを見て、どうやら自分の意思ではないらしいことにアカムも気付くが、特に感想はなく珍しく混乱しているなと微笑ましいものでも見るかのような目で見守っていた。


 それからすぐに魔物が来ていることに気付いたアカムは尚も混乱して首を何度も傾げたりしているアイシスを視界の隅に置きつつ、前方からこちらを見つけてやってきたラヴァコートと呼ばれる、溶岩を纏った人型の魔物に向かって左腕を射出し、溶岩など関係なくその頭を掴み握りつぶした。


 その機を狙っていたのか後ろからフレイムリザードが顔を出したかと思えば、口から火の球を連続でアカムへと吐き出す。

 火の球の大きさは大体アカムの肩幅と同じぐらいの直径があり、それはフレイムリザードの開いた口よりも遥かに大きいので、実際には口先で火の球を作り出して撃ち出す魔法なのだろうが見た目には吐き出しているようにしか見えない。


 アカムは慌てることなく少し右腕を自分から離してから手首と一緒に大鉈を高速で回転させた壁で全て弾きながら、先ほど倒したラヴァコートの魔石を回収してから、左腕を動かしてフレイムリザードの真上から殴りかかる。

 その左腕からはパイルバンカーに使う杭が手首から出された状態であったため、フレイムリザードを串刺しにした。

 急襲された割には実に呆気ない戦闘である。


「他は……いないな」

『申し訳……ありません』


 フレイムリザードの魔石を回収しつつ、辺りをしばらく見渡して敵がいないことを確認したアカムがそう呟けば、アイシスが深々と頭を下げて謝罪する。

 その謝罪は考え込み、そして取り乱したことで索敵を怠り、アカムを危険な目に遭わせたことによる恥からのものだった。


「まあ、気にするな。たまには事前に知らされてないほうが面白いってもんだ。お前もなんか分からんが、想定外の事態になってたんだろ?」

『それは……しかし、索敵を怠ったことは事実です』


 アカムがそう言ってもアイシスが食い下がる。

 その様子にどこか既視感を覚えるアカムは少し考える。


「……なるほど。じゃあ謝罪は受け入れよう。そして、もう許した。これでおしまいな」


 それから出た言葉はかつてイルミアに言われた言葉だった。

 この状況を何とかするならばとにもかくにもアイシスの謝罪を受けねば何を言っても食い下がるのだろう。

 別に謝罪を受けて欲しいわけじゃなく、謝罪を受け入れられたらそれはそれで困るのが、それでも謝罪したいと思ってしまう。

 それは自身も同じような気持ちだったためよくわかっている。


 もっともアカムの時と違うのはこの場合、アカムは然程怒ってもいないということだろう。

 アカムは言葉通り、たまには索敵なしの遭遇戦も面白いと感じていたから怒りなど全く湧いてこなかったのである。


 元々アカムは一人で迷宮に潜っていたのだから、索敵自体はそれなりにできるほうだ。

 最近はアイシスが索敵してくれていたが、かといって索敵できる範囲の敵は自分でも確認するようにしていたし、何よりも現在のアカムは父親になるのだという自覚により、一層警戒していたため問題がなかった。

 問題がなかった以上はアカムにとって索敵されなかったことなど些細なことでしかなかった。


『イルミア様の言葉ですよね……』

「ああ、たしかに受け売りだが、今の俺の本音でもあるからな」

『……なんか言葉がやけに軽く感じます』


 そして、アイシスが指摘するようにその言葉に込められた思いなどほとんどありはしないのでその言葉は軽い。

 アカムとしてはとにかくこの面倒な流れをさっさと断ち切りたかっただけで、要するに限りなく自己中な考えによる発言である。


 しかし、これでもアカムなりに真摯に謝罪を受け入れたつもりであり、アイシスもそう言われた手前、これ以上食い下がることもできない。


『はあ……分かりました。この話はこれでおしまいですね。ええ、分かりましたよ』

「なんで若干不機嫌になってんだか」


 疲れたようにため息を吐きながらも、苛立ちを隠そうともせずに言うアイシスに肩を竦めるアカム。

 だが、ある意味アイシスらしくなってきたかと一安心していた。


「で、結局どういうことなんだ? そうやって姿を現したのはお前の意思じゃないんだよな?」

『私にも分かりません……いえ、今の自分の状態は分かるのですがどう説明したらいいか……』


 とりあえず終わった話はさておき、アカムは一体何があったのかを問いただす。

 アイシスもその質問が来ることは分かっていたからか、すぐに苛立ちを霧散させて悩んだ様子を見せる。


『いうなればただの道具の状態から一つの生命を得た状態……でしょうか』

「うーん……あ、もしかしてクル婆が言ってた精霊みたいなもんか?」


 アイシスのいまいちはっきりしない答えにアカムもよくわからず考え込むが、ふと思いついたように声をあげる。


『精霊……ですか?』

「ああ、何でもエルフの連中は魔法を使う時、風の精霊とか水の精霊だとか、とにかく精霊っていう魔力だけの身体を持つ気ままな存在に、自身の魔力を与え、その代わりに望みの魔法を使って貰うらしい。まあ、俺はその精霊ってのは見えなかったが、とにかくそういう気ままで不思議な存在がいるとのことだ」


 もしかしたらでも、挙げられることのできる存在を知っていたアカムにアイシスは軽く驚きつつも、相槌を打てばアカムは一つ頷いて先を話す。


「そいつらは普通の生き物とは違うが確かにそれぞれが自分の意思を持って自由に生きているらしいから、よくわからんがアイシスも、生命を得たってんなら精霊じゃないかってな」


 そのまま、アカムの言葉を真剣に聞いていたアイシスは、それが自分の中でぴったりはまったように感じた。

 精霊。

 自由で気ままな魔力だけの生命体。


 今のアイシスもどうやら魔力だけの生命体であることは分かっているから精霊といえるかもしれない。

 また、精霊にはそれぞれ属性がつくことを考えればその属性に関する役目を持っているのだろうとアイシスは推測する。

 仮に自身も精霊であれば、何か属性かそれとも別の役目があるだろうか。

 と、一瞬考えるが、その答えは考えるまでもないことだった。


「なるほど……どうやら、私は確かに精霊となったようです。それもマスターの精霊として」

「は? 俺の精霊? 精霊って火とか風とかそういうのじゃないのか?」


 突如、今までよりもずっと透き通った声になったアイシスがそう言えば、アカムは声に疑問を感じた様子もみせずにその内容に素っ頓狂な声をあげる。

 だが、得られた情報から察するにそれで間違いはないとアイシスは確信している。


「少し話は変わりますけど、ここに精霊が住んでいるとしたらどんな精霊がいると思いますか?」

「なんだいきなり……うーんまあ火山エリアだし、火の精霊じゃないかね」

「さすがはマスター。正解です」


 突然の質問に首を傾げながらも答えれば、それであっていると頷かれるが、だからどういうことなのかとアカムは目で訴える。


「このエリアに存在する魔力には火属性の魔力が多く含まれています。だからここに住む精霊は皆、火の精霊であり、そして彼らも火属性の魔力で構成されているようです」

「彼ら? 精霊が見えるのか? というか居るのか」

「ええ、自身が精霊であると自覚したからでしょう。突然と見えるようになりました。自分でも驚きです。私の存在も完全に固定されたようですし」


 そう言って両手を肩の高さまで上げて首を振る。


「で、要するに火の精霊というのは火属性の魔力で構成された精霊のことを言います。で、私を構成する魔力ですがこれはマスターの魔力によって構成されています」

「だから、俺の精霊と?」

「はい。そういうことになります」


 説明を聞き、確認を取れば間違いないと頷かれるがアカムはまだ首を傾げている。


「まだ、何かありますか?」

「いや、それで結局どうなるんだ? 精霊なら自由にどっかいっちまうのか?」


 それを言うアカムの表情に陰りはない。

 だが、どこか不安の色が声に籠っていた。


 それをアイシスも感じとっていたが、そのことを指摘することなくただ、首を振る。


「いえ、私はマスターの精霊です。それに機械因子オートファクターの補助から外れたわけでもありません。ですので別にどこにもいきません」

「……そっか。じゃあアレだな。微妙な変化はあれどこれからもよろしくってことか」

「はい。これからもよろしくお願いします」

「……ああ、よろしく」


 分かりやすく安心した様子を見せたアカムに笑みを浮かべながらアイシスはこれからもよろしくと軽く頭を下げた。

 アカムもどうやら胸のうちはバレバレらしいと分かって照れたように笑いながらそれに答えると何やらアイシスが目を細めてこちらを見てくる。


「なんだ」

「いえ、やはりその顔で照れられても気持ち悪いなと」

「っ……! この糞システムが」

「アイシスです。そしてもはやシステムではありませんので」

「糞精霊がっ!」


 最後の最後にアイシスが余計なことを言って、いろいろと空気をぶち壊し、精霊になってもいつも通りの悪態に、アカムは吠えた。


 アイシスの存在が変わっても二人の関係性が変わることはなかったようである。

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