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36話 適応力の謎

 四十一階層は先日、すでに魔物と幾らか戦っていたため、程ほどに相手をして、アカムはそのまま四十二階層へと来ていた。


 新調した魔物の革で造られたブーツは驚くほどに丈夫であり、地面をしっかりと掴むように動くことができる。

 さらには父親になるという現実に何だかよくわからない気合いが入った状態も加わって戦闘も極めて順調なものでアカムもこれ以上なくはしゃいでいた。


「亜竜とはいえさすがは竜種の革だな」

『確かにあの速度で着地する時に地面を滑らないのは素晴らしい性能かもしれませんが……よく負荷に耐えられますね』


 はしゃいだ様子を見せるアカムに、アイシスもその性能は認めるが、少し呆れていた。


 アカムのブーツに使われているのは特に強力な魔物である竜種の物で、その中でもワイバーンと呼ばれる亜竜の革が使われている。

 確かに、その新調したブーツは機械因子オートファクターの推進装置による回避においても地面をほとんど滑ることなく踏み止まることができ、丈夫でいいものなのだろう。


 だが、その分地面を滑って流していた分の負荷が全てアカムの足腰に掛かっているはずだった。

 いくら耐久性を向上されているからと言って無視できるレベルの負荷ではないはずなのだが、アカムは本当に負担に感じていないようだった。

 その様子にはアイシスも少し驚いていたのである。


「んーまあ、慣れれば大したことないだろ。最初は滑ると思ってたところで突然止まったから確かに多少痛みも感じたが」

『本当に異常な適応力ですね』


 そう、アカムがあっけらかんとしながら言うのだが、そうと分かったからと言って次からは本当に何ともなくなるなんてことは、慣れたからという理由では説明できない。

 アカムを補助するアイシスにしてみれば、アカムのその適応力は不確定要素であり到底楽観視できるものではない。


 そのはずだったが、アイシスの返答はほとほと呆れた様子ではあるが心配もしていないようである。

 なぜならすでにアイシスはその理由について一定の解答を得ていたからだ。




 あまりにも不可解であるためにアイシスはその秘密を探るため、ずっとアカムの身体を検査していた。

 ただ歩いているときも戦闘中もずっと前から検査し続けていて、守護者戦の時、ようやくその理由に辿りついていたのだった。


 その高い適応力の秘密はある意味では当然の如く、アカムの有り余る魔力にあった。

 もっとも魔力の量や回復力が原因というわけではない。

 普通はただあるだけでは魔力は何も影響は及ぼさないからである。


 だから、アカムは有り余る魔力を使っての身体強化によって適応力を高めているのだ。

 それもただ、普通に使うのではなく、必要なところに集中してである。

 急加速時には内臓に、急停止時には負荷のかかる間接などに、その時の状況に応じて瞬時に強化する場所を切り替えることで適応力を高めていた。


 それだけ見れば、アカムの技術による克服に思えるのだが、この強化をアカムは意識してやっているわけではない。

 だからこそアカム自身は慣れたから大丈夫だと言い張っているのだ。


 そして無意識でやっているわけでもなかった。

 いや、ある程度は無意識でやっている部分もあるだろうが、全てではない。

 無意識とは経験の積み重ねにより、考えるよりも先にしている反射のようなものだ。


 ただ、攻撃の瞬間に集中した身体強化をするといったことであればまだしも、今まで感じたことのない動き、負荷に対して一度目はほぼ無防備に、そして二度目以降からすぐに適応し、適切な強化を割り当てるのを全て無意識での行動とするにはあまりにも異常なことである。


 だからこそ答えは簡単なものである。

 普通は、ただあるだけでは魔力は何も影響を及ぼさない。

 だがアカムの異常な回復力で生み出された魔力は、その魔力自体も異常であった。

 ただそれだけの事なのだ。


 アカムの魔力はアカムの意識とは関係なく、アカムの障害を排するために自動で最適化を行っている。

 これがアカムの適応力の正体だ。

 そして、その適応力は何も身体強化するだけではない。


 かつて、アイシスと出会った時。

 その時、アカムは止血するために肩に集中して身体強化をかけた。

 結果、筋肉が膨れ上がって血が止まったが、身体強化は出せる力を引き上げることはできても筋肉を増量させる効果はない。

 つまり通常ならばあの時のアカムの行動は無意味であった。


 だが、アカムの魔力は状況に応じて最適化し、筋肉を無理やり増量させる効果を発揮していた。

 故に、最初、肉体の補完時に最も損傷がひどかったのは肩周りの筋肉だった。


 そして、その魔力で動く機械因子オートファクターもまたその影響を受けていた。

 故に、アカムは機械因子オートファクターの動きに、機能に即座に適応することができていた。


 通常であれば突然違う感覚の動作を説明されたからと言って簡単にできるようなものではなく、機械因子オートファクターも本来は機能などに慣れるには時間がかかる。

 だからこそ補助のための擬似人格が搭載されているのだ。


 アカムの魔力の性質に気付いた時、アイシスもその結果に、呆れて笑っていた(・ ・ ・ ・ ・)

 もちろん、声を出していたわけでも姿を見せていたわけでもないのだから、アカムはアイシスの感情に気付くことはなかったが、確かにアイシスは笑っていたのだ。




 そういった、適応力の原因についてすでに解答を得ているアイシスだが、その適応力についてアカムに伝えることはしていなかった。

 そして、する気も無かった。


 魔力による自動最適化。

 それはかなり強力なものだ。あらゆる状況にも適応できるのだから。

 そしてその代償にアカムは自らが操作できる魔力は少ないものになっている。

 故に放出するなら生活魔法が限界で、身体強化も中の下のレベルでしかない。


 だが、それをアカムに伝えてしまえば確実に意識することになるだろう。

 そしてそれは魔力による自動最適化を阻害しかねないのだ。

 なぜなら魔力は人の意思によって操作することが可能であり、それは異常な性質を持つアカムの魔力も変わらないからだ。


 逆に意識的に行うことを可能にすればそれこそ、使える魔力全部を使っての身体強化も可能になるかもしれない。

 だが、それは不可能であることをアイシスは知っている。


 それはアイシスがアイシスであるがゆえに断定できることだ。

 機械因子オートファクターの擬似人格ではなくアイシスという一つの個体であるからこそ断定できること。


 自動で適応し、場合によっては性質を変えアカムの障害を排する魔力。

 アカムの意思で操作できる魔力はアカムの意思による影響を強く受けるために、普通に身体強化や生活魔法に使っても何か特別な変化が起きるわけではない。


 しかし、機械因子オートファクターはアカムの意思など関係なく、その源泉を取り込むものである。

 故に、その魔力を取り込んだ機械因子オートファクターはアカムに適応させられて、元はただの擬似人格、システムでしかなかったAIは変質した。


 変質したAIはAIではなくなり、システムではなく確かな個体としての人格を得たのである。

 そしてアカムに名付けられたことでアイシスはアイシスになった。

 故に合理的な判断をするだけでなく思考し、必ずしも正しいことばかりを選択しないことをアイシスは可能にした。

 本来ならば存在しえない感情を有することをアイシスは可能にした。


 アカムの魔力で変質して生まれたアイシスであるからこそ、その適応力についての答えを得ることができた。

 そして、それを知ったことで、アカムの魔力により生まれたアイシスは思い出したのである。

 魔力をアカムが自由に扱えないことを。


 だから、アイシスはそれをアカムに伝えることをしない。

 聞けば、少なからず落ち込むだろうから。

 そしてそれでも諦めずに挑戦して、結果的には適応力を落としてしまうことが簡単に予想できるから。


 だから、伝えるつもりはなかった。

 つまらないことに悩み苦しむ姿を見たくはないから。


「おい……おいって……おい、アイシス?」

『え……はい、なんでしょうか?』


 ふとアカムの声が聞こえて、アイシスは慌てて返事をする。

 適応力についていろいろ思い出していたらか、考え込んでしまいアカムの声に気付けなかったようであるとアイシスは反省する。


「さっきから返事もしないし、なんかあったのか?」


 それは咎めるわけではなく心配するような、そんな響き。

 アイシスはその声を聴いて、少し嬉しくなった。

 アカムは最初からアイシスの事をシステムではなく一つの人格として接していた。

 それは今も変わらない。

 それが、ただ嬉しかった。


 だからアイシスはその感情のまま、相手には見えなくとも笑顔を浮かべ、アカムを正面に(・ ・ ・)見据えて(・ ・ ・ ・)言葉を返した。


『なんです? 私がいないと寂しかったですか?』

「姿を現して何を言うかと思えばそれか! この糞システムがっ!」


 いつも通りに煽るように言えば、いつものように返事が返ってくる。

 それがやっぱり嬉しくて、楽しいものだとアイシスは感じていた。


 だが、ふとアカムの言葉にアイシスは、違和感を覚える。

 アカムは姿を現してと言っていた。

 アイシスは別に映像によって姿を表そうなどとはしていないはずだ。


『え……?』


 気づけば困惑した様子で思わずそんな声がアイシスから漏れていた。


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