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35話 平和な時間

 自重なく機械因子オートファクターの力を使うと決めたアカムはその後四十階層の魔物をあっさりと倒しながら探索し、四十一階層へと進んでいた。

 その要因はいくつかあるが、最初に防御に徹して、相手の攻撃に対処できるかを確認する際に、回避力が格段に上がっていたために、対処が容易になっていたことが大きい。

 その回避力を支えるのは両腕の推進装置だ。


 元々、機械因子オートファクターを導入する際に肉体の耐久力は無理やりあげられているために、推進装置による回避も耐えられないものではなく、守護者ガーディアン戦で散々やっていたからか、アカムは推進装置による回避法に慣れきっていた。


 結果、アカムは防御に徹して様子見する時も推進装置による回避を多用するばかりか、そのまま相手の後ろへ回り込むような芸当もやって見せて、回避にも攻撃にも推進装置による加速を利用するようになっていた。


「慣れるとこの移動も便利だな」

『さすがにあれだけの急加速と急停止を繰り返して平気なマスターは異常です』


 今もまた、推進装置による一瞬の加速や停止、切り返しをしてハイオーガを翻弄して倒したところで、アカムがそう言えば、アイシスもさすがに呆れたようすで、冷静に評価する。

 そうは言われても慣れてしまったのだから仕方ないとアカムは肩を竦めるだけで、特に何か言葉を返すことは無かった。


「さて、四十一階層の魔物も戦ってみた限りは余裕かね」

『そうですね。推進装置による回避法のおかげで、防御面にも余裕が出てきましたからまだ当分は余裕を持って戦えるのではないでしょうか』


 魔石を回収しがらとりあえず戦ってみた感想をいえば、アイシスもそれに同意見のようでアカムはまだまだ上を目指せそうだった。


「まあ、お蔭でブーツの底がかなり磨り減ってきたが」

『あれだけ地面を滑ればそれも当然でしょう』


 戦闘自体は好調といっていいが、アカムが視線を降ろし、磨り減ったブーツを見ながらそんなことを呟けばアイシスは冷静に突っ込みを入れる。


 推進装置による回避法や、後ろへの回り込みをするときアカムは毎回地面を滑るようにして着地をしているために激しく地面と擦れていた。

 そんなことをしていれば怒涛に勢いで摩耗していくのは当然のことだ。


 ブーツがもうボロボロなのと、すでに時間も日が沈んでいる頃であったためアカムは地上へと帰還していった。






 それから三日経った。

 その間アカムは迷宮に潜ることはしなかった。


 それはブーツを買い替えようとした時に、どうせ今後も地面を滑るのだからより丈夫なブーツにしようという発想から魔物の革を使ったブーツを注文し、出来上がるまでに数日かかると言われたからだ。


 この世界で、魔物は全て迷宮にしか存在せず、異界迷宮で魔物を倒しても魔石になるだけで他には何も落とさない。

 だが、これは異界迷宮の場合であり各種族国に存在する迷宮では、魔石のほかに魔物の皮や肉も得ることができるのである。


 それはつまり国内の迷宮に、ある程度の戦力を送ってさえいればいくらでも、食料や資源を得ることができると言うことであり、そのおかげでわざわざ食料や資源を求めて争う必要が無く、種族間での戦争がほとんど無い理由の一つだった。


 ほとんど、ということは完全に無いわけではないということである。

 その原因は異界迷宮の存在だ。

 当然の如く異界迷宮で手に入る、異界の道具は自国の迷宮で手に入れることはできない。

 その為、それらを独占しようとずっと昔に争いが起きたことがあった。


 異界迷宮のアイテムを欲しいのはどこの種族国も同じだ。

 故に、ほとんどの種族が争いに参加することになったが、資源は自種族国内の迷宮からいくらでも手に入るのだからそれは凄惨な争いになった。

 結局、戦争は痛み分けに終わり、異界迷宮は緩衝地帯とされ、各種族国の間で協定が結ばれたのだった。


 大幅に話は脱線したが、とにかくアカムは種族国の迷宮から得られる魔物の革を使ったブーツを注文し、ブーツが完成するまでは迷宮に潜れない日々が続いていた。




 基本的には迷宮に潜ること以外に何か趣味があるわけでもないアカムはその間何をしていたかといえばギルドに籠っていた。

 別にイルミアと話すためにではない。

 もちろん合間合間にイルミアと話し込むことはあり、アカムもその時間を楽しんではいたが主目的ではなかった。


 アカムがギルドで籠っていたのは一言で言えば勉強のためである。

 ギルドでは迷宮で現れる魔物の特徴についてまとめた図鑑を無償で貸し出しているためアカムはそれを借りて魔物について名前や特徴などを覚えようと努めていたのだ。


「このドッペルゲンガーとかどうなんだろうなあ……どこまで再現してくるのかが問題だなあ」

機械因子オートファクターの力まで再現されるとかなり厄介かもしれませんが、特徴として武器などは再現されないと書かれていますし、大丈夫でしょう》

「しかし、別にコレそのものを再現する必要はないわけだし、力とかだけを再現される可能性も」

《私が言うのもなんですが、機械因子オートファクターの力は半端なものではありません。再現したとしてもおそらくはかなり劣化したものになります。いくら再現できるとはいえ限度はあるはず。限度がないと言うのならそれこそ神の力すらも再現できることになってしまいますから》


 今も、記憶にない魔物についての情報を見て頭を悩ませている。

 ドッペルゲンガーという出会った者の姿と能力を再現するという力がどのレベルまで再現してくるのかアカムがぼやけば、アイシスが推測を立て、それにまたアカムが可能性をあげてと議論を重ねながら頭に叩き込んでいる。


 今いるのはギルド内に用意された本を読むためのスペースであるために周囲にはアカムと同じように迷宮の魔物に対する知識などを覚え込んでいるためアカムも小声で話し、アイシスは周囲に声が聞こえないように脳内に直接話しかけている。


 その為、周囲からは一人でブツブツと呟きながら真剣な様子で魔物の図鑑を読んでいるようしか見えず、こうやって努力を重ねることで一人でも深い階層まで到達しているのかと見直されて、地味に周囲の評価をあげ、中には尊敬の眼差しを送る者もいた。


 もっとも、窓口の方の仕事がなくなりある程度暇になるたびにイルミアがやってきて、嬉しそうに会話をする仲睦まじい姿を見せつけられ、尊敬の眼差しは嫉妬の眼差しに変わっていったが。


 とはいえ、誰もアカムにもイルミアにも突っかかることは無い。

 どちらも普通に接する分にはそれなりに頼りがいがあったり、親切にしてくれたりするが、敵に回った相手に対しての判断はとても早く、穏便にことを済まそうなどという考えは持ち合わせていないからだ。

 潔癖と鉄拳の夫婦が起こした事件は異界迷宮で活動する冒険者の間では有名な話なのである。


 おまけに最近のアカムは両腕が異形のものなっているためにより一層畏怖されるようになっているのだ。

 あまりにも異質なその腕に威圧感を感じないものはいない。


 そう、アカムは結局街中で擬態することはなくなっていた。

 なぜ擬態しないのかといえば、それはかつて愚痴を言った時にイルミアに言われた「周知のため」という言葉に思うところがあったからである。


 あの時は自分の馬鹿加減に項垂れるしかなかったがよくよく考えれば周知しておくのは非常に大事なことであるとアカムは気づいたのである。

 迷宮内は広いために人に出会うことは少ないがないわけではない。

 その時、異形の腕を見て魔物と勘違いされたら溜まったものではないと考え、アカムはあの日以降も擬態はしないようにしたのだった。


 もっともその理由には既に手遅れだろうという思いもあったのは否定できないが、そういう考えもまた理由の一つではあった。

 決して、自分の馬鹿を庇うための言い訳ではない。






 そんなわけで数日は、アカムはギルドで図鑑を読んだり、適当にぶらついたりして平和な時間を過ごした。

 そして、注文していたブーツもようやく受け取ったところで明日からはまた迷宮探索だなと意気込んでいたアカムに、イルミアがある報告をする。


「ねえ、アカム。夜の日課についてだけど、もうしなくていいわよ。というか禁止ね」

「へ? それってどういう……」

「どうもこうも、そういうこと、よ」


 唐突に告げられたイルミアの言葉に、どういうことか理解できず、アカムが聞き返す。

 イルミアは詳しくは言わず、ただお腹を優しく擦りながら嬉しそうに微笑むだけだ。


 だが、その様子を見ればアカムもどういうことか理解する。


「そうか……俺も父親になるのか……」

「そういうことね。これからは今まで以上に命大事にしなさいよ?」


 感慨深いものを感じるのか少し遠い目をしながらそう呟くアカムに、イルミアが冗談っぽく、けれどもありったけの想いを込めて念を押す。


 アカムは少しだけ考えるように見せてすぐに満面の笑みを浮かべて力強く頷いた。

 その笑顔はイルミアが大好きな、見るだけで安心できるようでとても頼もしい笑顔だった。


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