32話 評価
アカムが睨む先には一人の男が、酔っているのか、はたまた怒りからか、顔を赤く染めながらもその場に立ち、こちらを同じように睨んでいた。
とりあえずアカムは腕をその男へと向け射出し、頭をがっしりと掴み、引き寄せる。
男は突然腕が飛んできたことにギョッとして固まり、それを避けることも暴れることもできずにアカムの元まで引き寄せられた。
「おい、たかだか喧嘩に口を出すつもりはないが人に迷惑かけてんじゃねえ。てめえらのせいでガキが危ない目に遭ったんだぞ」
「ぐぅ……ひ、ひぃ!」
引き寄せる時にはさすがに加減していたために激しく首などを痛めると言ったことも無かったが、それでも強引に引っ張られたために男は呻いていた。
だが、アカムがやや殺気を発しながらも睨んでそう言えば、その男も言葉を理解したのか、はたまた異形の腕に未だ掴まれているからか怯えたように小さく悲鳴を上げる。
アカムは二人に言ったつもりだったのだがもう一人の男の反応が無いとそちらに視界を移せば、ぐったりと気絶している男の姿が目に入った。
宙を舞うほどまでに吹っ飛ばされていたところを、足首を掴み急静止させた後は適当に離したからどっか打ったか、とアカムは納得して頷き、気絶している男の頭を左手で軽く掴む。
(電気ショックを本当に最小で)
《了解しました》
「が!? ……どうなって……っ! あのやろ……う?」
「目は覚めたな?」
持ち上げると共に、アカムはアイシスに電気ショックをしてもらい気絶していた男を強制的に覚醒させる。
すぐに目覚めた男は少しボーっとしていたが気絶する前のことを思い出し、怒りに顔を歪めて辺りを見渡した辺りで視界に入った状況にポカンとする。
周囲は野次馬に囲まれていてすぐ傍にはアカムがいて先ほど男を殴った人物は異形の腕に掴まれているのだから無理もないだろう。
アカムは男が目覚めたのを確認し、右手に掴んでいた男の頭も離せば男は地面に尻餅をついて転ぶが、すぐに逃げようと後ずさる。
しかし、それもアカムに睨まれたことでその場に固まって動かなくなった。
「さて……喧嘩の原因がどっちにあるかとかどちらが悪いかなんてのは知らん。が、てめえらの勝手に周りを巻き込むんじゃねえ。てめえらのせいで子供が大怪我を負うところだったんだぞ」
「い、いや、でも、俺は被害者で」
「知らんと言ったのが聞こえなかったか?」
殴られた男は未だ現状を理解しきれているとは言えなくとも、どうやら悪者扱いされていることは分かったのか、慌てて言いつくろうとするがアカムはそれを黙殺した。
アカムにしてみれば喧嘩の仲裁をしたいわけではなく、その結果に子供が危険な目に遭ったことに対して怒っているために両者の立場など知ったことではなかった。
もちろん殴られた男からしてみれば溜まったものではないのだが、状況が状況だけに仕方がない。野次馬に周囲を囲っていた人々もアカムの言葉に頷いているのを見て、男も下手に喚くのは逆効果のようだと堪忍したように肩を落とす。
「ほら、子供に、通りの人にてめえらは迷惑をかけたんだ。何するべきかはもう分かるよな?」
「え……と……」
「ひ、……あ、あの、すいませんでしたぁ!」
「あ、す、すいません……でした」
アカムの言葉に殴られた側の男は何を言うべきなのかと悩み、先ほどまでアカムに頭を掴まれていた男も少し悩んだが、すぐに地面に頭を擦り付けて謝った。
それを見て殴られた男も何を求められているのかを理解し、どこか納得いかない気持ちを抑えつつもその場は謝ることにして頭を下げる。
「まあ、いいだろ。これからは周りに迷惑を掛けんなよ」
それだけ言ってアカムはさっさとその場から立ち去ることにした。
言うことは言ったので興味が尽きたのもあるが、アカムの両腕に訝しむような視線が野次馬の人から感じていて居心地が悪かったのもあった。
アカムが立ち去ろうと足を進めるとまるで怯えるように野次馬の人壁が左右に割れるのを見て、いよいよ気が滅入るようだった。
とはいえ、もともと「潔癖」なんていう二つ名で畏れられることにも慣れていたためにそこまで精神的なダメージは受けていない。
そうしてさっさと背を向けて立ち去ろうとした瞬間にアカムに声を掛けるものがいた。
「あの!」
「おっちゃん!」
それはアカムが先ほど助けた子供とその父親であった。
その二人にはこちらを恐れているような雰囲気はなく、ただ何かを伝えようとしているようだった。
「息子を助けていただき、本当にありがとうございます」
「おっちゃん、ありがとう! その、その腕すげえかっけーな!!」
感謝の礼に深々と頭を下げる父親の横で、子供も同じように礼を言いつつアカムの腕をキラキラとした目で見つめていた。
言われた言葉にアカムは一瞬固まるが、すぐに嬉しそうに笑みを浮かべ子供の頭を軽く撫でてやる。
それを見ていたからか先ほどまで恐れている様子であった野次馬たちも態度を一変させてよくやったぞなどとアカムを褒め称えはじめた。
さっきまで恐がっていたくせにと思わないでもなかったが、それでも褒められることは喜ばしく、異形の腕でも受け入れてもらえたと感じて胸が暖かくなるようだった。
その後は子供と父親に別れの挨拶をして家へと帰ったアカムだったが、その様子はどこか上機嫌なようだった。
それから一週間後。
相変わらずアカムは迷宮に潜り、攻略して四十階層まで辿りついたところで探索を切り上げ、街へと戻っていた。
結果的に子供を助けた後、上機嫌に家に帰ったアカムだったがよく思い返してみると、あの場は雰囲気に押されていただけで、やはりいくらかは白い目で見られるのではないかと考えていたアカムだったが、一週間経った今、アカムの考えとは裏腹に誰もがアカムのことを持ち上げるようになっていた。
そうして持ち上げてくる人は皆、同時に同情的な視線をよこすのでますますアカムは戸惑うばかりだ。
「その腕を人目に晒すのはとても怖かっただろうにアンタはその恐怖を抑えて子供を助けたんだろ? なんて勇気のある人なんだ」
などと言われることも多く、そのことに悪い気はしないのだが、なぜどいつもこいつもこの腕に恐れを抱かないのかと首を傾げるばかりだ。
確かに子供を助けるために擬態を解除したのは事実で、当然見られたら変に目立つから怖かったというのも強ち嘘ではないのだが、だからこそある程度正確に人々が把握していて受け入れてくれたことにアカムは気持ち悪さを感じる。
その話を誰から聞いたのかと、アカムは何度か尋ねてみたが決まって黒髪の青年が声高に演説していたのを聞いたのだと返ってきて、そんな他人が言っていたからって実際に見ても普通に受け入れられるものなのかと思うのだが、現実はそうなのだから認めるしかなかった。
そんなわけでアカムは街中でも擬態することは無くなりその状態で歩いても特に不都合がない状態になっていた。
しかし、その代わり好奇心に満ちた目で注目されることが多くなり、丁度転移部屋から出た自分に集まった視線を感じてアカムは大きくため息を吐く。
日はもう沈み、辺りは魔灯があると言っても薄暗くなってもこれなのだから、日中目立つ時間帯だと余計に酷いものになるだろう。
その為にアカムは、迷宮に潜っている時間が長くなっていた。それは迷宮の中であればそう言った視線に煩わされることも無いと言う理由があった。
いい加減この視線も無くならないものかと感じながら、アカムは魔石をギルドで換金してから自宅へと帰っていった。
「そんなの普通に擬態すればいいじゃない。何よりも目立つのはあんたの機械の腕なんだから、それが無ければチラッと見た限りではそうそうわかんないわよ」
いよいよ我慢ならないとアカムが愚痴をイルミアに零した時の彼女の返事がこれである。
彼女の言葉にアカムは衝撃を受けたように口を開いてイルミアの顔を凝視する。
「え、なに。思いつかなかったの? 私は、なんだかんだで周知させたいからしないようになったと思ったんだけど」
「……アイシス」
『マスターは目立ちたいのだと正確に理解していたために何も言いませんでしたが、何か問題でも?』
呆れた様子のイルミアの言葉を聞き流しつつアカムは不満を押し殺したような声でアイシスに呼びかけると、いつも通り馬鹿にするようなことを言う。
やはり、アイシスは集まる視線について解決法を分かっていたらしい。
「はあー……糞システムが」
それを確認したアカムは大きくため息を吐き、毒を吐いた。
『アイシスです』
「今回はあんたが自分で気づけばよかったことでしょ」
その毒をアイシスは軽く流し、横からイルミアの言葉が投げつけられアカムは何も言えずに項垂れるのだった。