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31話 露見

 奇妙な神殿で出会った男のことをアカムは信用しきれないと頭ではそう判断していたのだが、その実、なぜかある程度信用していた。

 それは勘でしかないはずなのだが、なぜだか下手に根拠のある説明をされるよりも勘が問題ないと言っているのだから問題ないのだろうと思えてくるようだった。


「……結局、特に罠もなかったな」

『わけのわからない存在と出会いましたけどね』


 どこか疲れたように呟くアカムに、アイシスが反応する。

 わけのわからない存在などというのだが、それをいうアイシスの声にも男を警戒するような様子はなく、アイシスもまた信用しているようだった。

 アカムもそれを感じ取り、もしかして自分たちは操られているのではと一瞬疑うが、生身である自分はともかく、システムであるアイシスが操られるとは思えないとその考えを否定した。


「ま、あいつについてはやっぱり無視ってことで」

『そうですね。触らぬ神に祟りなしとも……神……まさか……』

「どうした?」

『いえ、何でも。とにかくあのお方は放っておいても問題ないでしょう』


 改めて謎の男に対する対処を口に出すアカムに、アイシスも同意しようとするが、その言葉は途中で途切れ、本当に小さな声でぽつぽつと呟く。

 その声はアカムには届かず突然黙り込んだ様子のアイシスに確認をとるが、なんでもないと特に変わった様子も感じさせない普通の声で告げ、アカムもその言葉に納得した。


 もっとも、直前に黙り込んでいたのに普通の声でそう言ってきたためにアカムは何か気になることがあったのだと悟っていたが、本当に重要なことであれば後ででも伝えてくるであろうと深く考えることはしなかった。


 それからアカムはいつまでもここに居ても仕方ないと、神殿からでようとした。だが、神殿の外へと踏み出した一歩目で何かを踏んだ感触と共に周囲の景色が一変した。

 それはまるで石版を使った時の転移の間隔と同じであり、気づけばアカムは辺り一面が氷でできた場所へと転移していた。


「は!?」

『これは……?』


 突然転移したことにアカムは驚き周囲を見渡すがどうやら魔物に囲まれているということも無いようだった。

 さらに足元を見てみればそこには石版もあったのでよほど変な場所に転移したというわけでもないらしいことを確認し、少し落ち着いて周囲を確認する。


「何もかもが氷で、できているのか……となると出てくる魔物も氷系統と見て間違いないか」

『そうですね……敵性反応が索敵範囲内にいくらかいます』

「ってことは遭遇式エンカウントタイプでもないと」


 改めて確認すると岩のような氷があり、木のような氷があってと本当に氷だけでできているようだった。

 その氷のオブジェはどれもがキラキラと光を反射してとてもきれいなのだが、岩はともかく、木になっている氷は針葉樹を元にしているのか非常に鋭利なものになっていて、うっかりそこに突っ込めば串刺しになること間違いなしだろう。


 それから砂漠でもやったように足のふみ心地を確かめるがやはり氷上であるためかやや滑りやすいようだ。

 とはいえ、こういう地形でもある程度問題ないようにアカムの履いているブーツにはスパイクがついているため、何度か歩いてコツを掴めばアカムも滑らずにしっかりと立つことができた。

 なお、このブーツは特別なものでもなく冒険者の間で広く愛用されているブーツである。


「じゃあ、行くか」

『敵は一番近いのだとあっちの方ですね』


 それだけ確認したアカムはいよいよ攻略を進めることにして、アイシスが教えてくれた魔物のいる方向へと歩いていった。






 それから概ね三時間後。

 アカムは本日の迷宮探索を終えて、自らの転移部屋へと戻ってきていた。

 氷原エリアの魔物は予想通りにそのほとんどが氷系統の魔物ばかりであったが、そうであるためにそのほとんどが火に対してあまりにも弱く、攻撃も氷そのものを射出するだけであったがために、簡単に機械因子オートファクターで防ぐことができたため苦労が無かった。


 その為、どの魔物も攻撃は普通に機械因子オートファクターで弾き、属性変換により火を手のひらから発することで簡単に倒すことができ、これといって危ない場面も無い極めて順調なものであった。

 相手の特徴とこちらの能力の相性が良かった結果なのだろうが、アカムはそれに少し不安を感じていた。


『順調なのはいい事ですよ。そのことに喜びこそすれ、不満を感じるのはどうかと思いますが』

「分かってる。でもどうしても感じてしまうものは仕方ないんだ。まあ、すぐに切り替えるさ」


 アイシスに言われて苦い表情をしながらも、自身でも同じことを考えていたのか、アカムは忠告を素直に受け取り、数回深呼吸して少なくとも不満を表情に出さない程度には切り替えて、転移部屋から出ていった。


 今日のところは特に著しく疲れるようなことも無く、普段通りに魔石がいっぱいになるまで迷宮にいたので転移部屋を開けたアカムの目に映ったのは、本当に沈みがけの夕陽だった。

 辺りを見渡せば、どうやら他の冒険者も同じ頃に探索を切り上げてきたようで、多くの冒険者の姿を確認できる。


「こりゃギルドは少し混んでるかもなあ」


 それを確認して疲れたように言葉を零すアカムだったが、かといっていかないわけにもいかないため、アカムはギルドへ向かって足を進めた。


 そして、ギルドへと着くと予想通りにギルドには多くの冒険者が詰めかけていて、アカムも嫌々ながらも魔石の売却に並ぶ列に並ぶ。

 どうやらこの時間帯だとアカムが一番遅かったようで最後尾である。

 その際に前にいた何人かの冒険者がビビったのか順番を譲ろうとしたのだが、当然アカムはそれを固辞してそのまま礼儀正しく待っていた。


 そうして半ばボーっとしながらも自分の番が来るのを待っていたアカムだったが、そのアカムの横を一人の男が通り過ぎる。

 おそらく用を終えた冒険者なのだろうがアカムはなんとなく振り返り、その男の背中を見ると、それは迷宮で出会った男の姿にそっくりで、目を見開いで驚いた様子を見せる。


 もっとも見れたのは一瞬のことでしかも後姿だけであり、アカムもあれだけ意味深に言っておきながらこんなところで出くわすこともないかと思い直し、すぐに忘れて再びボーっと自分の番が来るのを待つのだった。


 それから十五分程経ち、アカムの順番が回ってきたために早速魔石を換金する。

 当然それはイルミアのところであったが、待っている間に後続の冒険者が来ていたために話し込むことは無く、アカムは軽い挨拶だけしてギルドから出て自宅へと向かった。




 自宅への道中には、屋台や食堂、酒場などが立ち並んでいる通りがあり、そこは迷宮から帰ってきた冒険者などが飲んで食って騒ぐとても賑やかな空間だ。

 また、魔灯により完全な暗闇になることは無いためか、子連れて食べに来る者もちらほらと見かける。

 そんな雑踏の中をのんびりと歩いていると近くの酒屋から何やら騒がしくなる。

 その騒ぎはとても穏やかなものではなく、どうやら中で喧嘩が巻き起こっているらしい。


「ったく喧嘩は迷惑にならんとこで……っ!」


 喧嘩ぐらいは珍しくもないことなのでアカムもそこまで気にするわけでもなく、無視するつもりだったのだが、その酒場の入り口をぶち破りながら大柄の男が飛んでくるのを見てギョッとする。

 そういうこともあると慣れた人は酒場から離れていたためにほとんど問題はなかったのだが、その男が飛ばされた方向には運悪く子供が歩いていて、衝突しそうになっていたことを見て周囲の人も悲鳴を上げた。


 視界の端で親と思わしき人が助けようと手を伸ばすが到底間に合わないだろうというタイミングにアカムはほぼ反射的に、腕の擬態を解き分離、射出してその飛んできた男の足を掴み、子供にぶつかるのを防いだのだった。


「危機一髪だったな」


 ひとまず子供は無事助けられたと安心したように一息吐いて、その場で固まってしまっていた子供のところまで歩いていく。

 腕も擬態を解除したままで視線が集まっていることに気づいているがそんなことなどアカムは気にしていなかった。


「おう、坊主。父ちゃんとこに下がってな」


 分離した腕を戻しつつ、アカムは満面の笑みを浮かべながら子供にそう言った。

 その裏ではああ、怖がられるんだろうなあと半ば少し落ち込んでいたアカムだったが返ってきた反応はある意味意外なものだった。


「あ、ありがと! おっちゃん!」

「おっちゃ……ああ、無事でよかったな。ほら向こうで父ちゃんが心配してるぞ」

「うん!」


 怖がれるどころかむしろ目を輝かせてお礼を言われたアカムは目を丸くして、すぐにまた笑みを浮かべて子供を親元まで下がらせた。

 怖がられなかったことについては正直に嬉しく感じていたのだが、おっちゃんと呼ばれたことには少しショックを受けたアカムは少し気を落としていたが誰もそれに気づいたものはいない。

 それはアカムはそれ以上に怒気を漲らせて酒屋の中にいる、男を殴り飛ばしたであろう人物を睨み付けていたからだ。


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