30話 謎の男
次階層への石版を見つけて転移したアカムが現れた場所は不思議な場所であった。
辺りは草木が整然とそれこそ人工的に造られた庭のように整えられており、足元を見ればなにやら道の途中のようで白い石が規則正しく敷き詰められている。
後ろを見れば白い道が続いているが、何よりもまず不思議なのは正面の建物であろう。
これ見よがしに石段が積み立てられその上には神殿としか言い表せないような建物が建っている。
おまけに周囲の空気はどこか清浄さを感じさせていて、その空気に目の前の神殿に本当に神がいるのではないかと錯覚してしまう。
「これはまた、奇怪なエリアだな……」
『太陽のある方向に次階層へ続く石版があるのですよね? 太陽、神殿とは反対側のようですが』
「さすがにアレは無視できないだろ」
神殿を見上げてアカムが思わずと言った様子で呟く。
アイシスが太陽の方向を知らせるが、目の前の神殿は明らかに何かがあると主張しているのにそれに背を向けて歩くなどとてもできるものではなかった。
有り体に言ってアカムは目の前の神殿に興味津々であった。
そういうわけで、アカムはその石段を登り、神殿へと向かう。
「そういえば敵は?」
『今のところは全くいませんね。また遭遇式でしょうか』
「かもしれんな。警戒たのむ」
石段を登りながら敵の有無を聞けばいないと返ってきて、そのことにアカムはむしろ警戒を強めた。
そうして石段を登りきれば目の前の神殿の全貌が明らかになる。
白く太い柱がいくつも並んでいてその柱で支えられている屋根などは一枚の岩からできているようにも見えるものだった。
ちょうどアカムの目の前には神殿の入り口であろう場所がぽっかりと開いていて扉などはなく、外から中の様子を伺えるようだった。
「宝箱……?」
『明らかに怪しいですが……周囲に敵性反応は相変わらずありません』
神殿の中にはほとんど何もなく、ただ窓があるのか光が漏れてある場所を照らしていた。
そしてその照らされた場所にはやたらと大きな宝箱が一つあり、アカムはそれを怪訝な目で見る。
アイシスが今一度確認しても辺りには魔物の反応は見られず困惑するばかりだった。
「近づいたら大量に発生するとか?」
『その可能性もあるかもしれませんね』
考えられる可能性をあげるアカムにアイシスも否定できず、とりあえずアカムが石を投げいれてみるが、何も反応はなかった。
次に腕を分離させ遠隔操作で開けようと試みるが、どういうわけか入り口に結界のようなものが発生していて弾かれてしまう。
「いよいよもって何かあるよな」
『私としては無視してここから離れることをおすすめしますが』
「頭ではそうした方がいいとは分かってるんだがなあ」
アイシスの言葉に、頭を掻きつつ、先ほど弾かれた結界に触れてみようと今度は普通に手を伸ばすが今度は弾かれることも、そして何かに触れることも無かった。
すぐに手を引っ込めるがこれといった反応はなく、引き込まれるといった事態にもならなかった。
再び、手を伸ばし、入り口をある程度抜けたところで再び遠隔操作しようとするとやはり結界のようなものに弾かれた。
「遠隔からは無理って事か?」
『案外身体全部が神殿内に入れば問題ないのかもしれません。神殿の外から開けようとするからダメなのではないでしょうか』
「石なんかは素通りしたしそうかもな」
その結果に再び頭を悩ませるが、とにかくこれ以上何かするならば神殿内に入る必要があるという結論になった。
アカム自身これは罠か何かで中に入った瞬間、大量の魔物に囲まれるのではと危惧しているがどうしても気になってしまう。
「仮に、あれが大量の魔物に囲まれる罠だったとして、その場合切り抜けられるか?」
『相手の様子を見るなどせずに最初から全力でやれば不可能ではないでしょう。いざとなれば以前行った魔力障壁もあります。あれを展開した時と同じことをすればまず間違いなく切り抜けられるでしょう』
「そうか……あれと同じことをってことは魔力空っぽにするのか……」
アイシスの言葉にアカムは顔を思いっきり顰める。
アイシスが言う魔力障壁はアカムの魔力を全力で振り巻くことによる障壁であるために展開している間は魔力が空の状態になる。
ただ、常人ならば空になったら気絶するのだがアカムの場合は空になってもすぐに回復するために気絶することはない。
その代わりに異常な気持ち悪さを感じることになるのであまり進んでやりたいとは思えないのだ。
『ええ、ですから私は触れずに立ち去るべきと言っているのですが』
「……いや、行こう」
『そういうと思いました。いざというときは任せてください』
「頼りにしてるぜ」
結局行くことを決めたアカムに、呆れたようにしながらもアイシスは頼もしい言葉をかける。
その言葉に少し気が楽になったアカムはいよいよ神殿の中へと足を踏み入れた。
そして完全に体が神殿内に入ったが、特に閉じ込められるといったこともなく、神殿内であれば腕も分離して動かせるようだった。
そのことを確認したアカムはそのまま宝箱を開けようと腕を動かす。
『マスター、宝箱の中に反応が……魔物ではないようですが、生命反応が確認できます』
「はあ?」
アイシスの言葉に腕を止めたアカムは素っ頓狂な声を出す。
宝箱の中に突然生命反応が現れたと言うのだからそれも当然のことだろう。
『これは……人……? しかし、この内包する力は……』
「おい?」
『中身は人……と思われます。ただ、内包する力が凄まじく、マスターが、いえ、誰であっても絶対に勝てないほどの力の持ち主です』
アイシスがより詳しく反応を調べるが、その結果にアイシスも幾分戸惑っているようだった。
アカムもその言葉にはさすがに顔を顰める。
もっともそれは絶対に勝てないなどと言われたことに対する不満により、であったが。
そんな会話をしていると宝箱の内側からコンコンとノックするような音が聞こえてきた。
それを聞いたアカムがじっと宝箱を見るが特に反応はない。
もう一度コンコンと音がして、なぜか早く開けてくれと言われているような気がしてアカムは無意識に宝箱を開けようと腕を動かしていた。
『マスター!?』
「はっ……今、開けようと……?」
アイシスの声に、少し驚いた様子でアカムが目をパチパチとしながら呟く。
無意識に動かされたことでアカムは一層警戒心を強めるが、次の瞬間宝箱の蓋が勢いよくはじけ飛んだ。
「っ!」
そして、宝箱の中から何かがゆっくりと、人型のナニカが姿を現す。
見た目には男で、身長はアカムよりは低く体もそこまで筋骨隆々というわけでもないがそれでもかなり鍛えられた体つきをしている。黒髪の黒目で顔はそれなりに整っている方で、上は薄茶色のシャツの上からグレーのベストを着ていて、硬い生地の藍色のズボンに茶色の革のブーツといった格好をしている。
「おっす! んだよやっぱりそこにいたんじゃねえかよ。なら開けてくれっての」
出てきた男に警戒していたアカムにその男は、何でもないように軽く手を振り、宝箱を開けてくれなかったことに文句を言ってくる。
少なくとも話は通じるらしいと少しだけ安心するアカムだが、警戒を解くことは無い。
「あんた……何者だ?」
「ん? 俺か。まあ何者って言われればそうだな異世界人ってところかね」
アカムの問いに少し悩んでから相変わらず軽い調子でそう答える男は笑っていて、敵意などは少しも感じない。
だが少なくともその言葉は嘘というよりは本当のことを言っていないと感じられたためにアカムは警戒心を高めた。
「あれ? 余計に警戒されたか? まあ、いいけどさ。異世界人ってのも強ち嘘じゃない。それは分かるだろ? 確かに正確ではないがその辺は勘弁してくれ」
アカムが警戒したのを悟ったのか男は困ったような表情を見せながら、色々弁解する。
なんとなくアカムもその男の言うことは事実なのだろうとは感じるのだが、いまいち信用しきれない。
「あー……もっと気楽にいこうぜ? っていっても無理か。まあ、いいや。とにかく俺は敵じゃない。というかお前もこの世界もどっちも害する気はないからさ。この世界に来たのはほとんどお遊びで、お前の前に現れたのはちょっとした確認だ」
「つまり狙って俺の前に現れたと?」
それだけ警戒されているのに、変わらず軽い調子で男が言った言葉に、アカムがより鋭い目で睨み、そう尋ねる。
「おっと、口が滑ったか。まあ、いいや。とにかくそれだけだ。あ、俺の存在は他の人には内緒にしておいてくれ。じゃあな、次会うときを楽しみにしてるぜ、アカムくんにアイシスちゃん」
「なっ!?」
『……すでに索敵圏外です』
アカムの問いに答えることなく、男はしまったとばかりに額を叩くが、その動作は非常にわざとらしく、まるでその通りとでも伝えるようだった。
他にも色々疑問が残っていたがアカムがそれを尋ねるよりも前に、その男はすぐさま別れの挨拶を述べると共に、轟音と閃光と共に姿を消し、遠ざかる雷鳴の音だけが後に残った。
「なんで俺らの名前を……」
『分かりません。ただ、彼の言葉に嘘はなく本当に害は無いと感じられました』
「俺もそう感じた。……なんか、アイツのことは気にするだけ無駄な気がするな」
最後に名前を呼ばれ、なぜ知っているのかと疑問に感じつつも話していて感じた感覚を信じることにして、アカムは謎の男の事は気にしないことにした。
30話とキリがいいので過去作の方も宣伝あとがき
死んだら神になりました。(完結済)
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