29話 順調に
ササッと魔石を回収したアカムは、今嬉しさのあまり感動しその場に固まっていた。
なぜなら、ようやく己の無駄に有り余る魔力を使って魔法を扱うことができたからである。
もっともそれは機械因子の力によるもので、そもそも属性変換と魔法とはまた色々違う点もあるのだが、そんなことは問題ではなく、アカムにとっては魔法っぽいことができた、というただそれだけのことだがどうしようもなく嬉しいことであった。
『そうは言っても、変換するのも制御するのも私でしたけどね』
「その属性変換とやらもいずれは補助なしに制御して見せるさ」
何に喜んでいるのかを誰かに伝えたいと思っていたからか、アイシスにもその思いは伝わり水を差すようなことを言うが、自信満々にアカムはそう答えた。
属性変換も、と言っているようにすでにアカムは機械因子の機能の内いくらかはアイシスを介すことなく感覚で操作することを可能としていた。
操作可能なのは、戦闘でよく使う分離させての遠隔操作や各部の高速回転、パイルバンカー系の攻撃などでこれらは既にアカムが感覚で操作していてより、瞬間的にアカムが思った通りのタイミングで攻撃を実行することを可能としていた。
感覚で機械因子を操作するというのは元の生身の身体を動かすのとはまるっきり違った感覚を求められるのに、これほど短い期間で慣れてしまうアカムの適応力は魔力回復力並に異常と言える。
「それにしても、これワイヤー射出は属性変換した魔力を伝えるためっていうけど別に遠隔操作して掴めばよくないか?」
『属性変換を行うのはそれこそ機械因子の核部分でそれは肩の付け根にあるので不可能です。分離していないならば手の平からでも行えますが』
「じゃあワイヤーは遠くに伝えるためのもので基本的に属性変換も一応近距離向けの機能か」
今回、ワイヤーを使ってみて気づいたことであるが、ワイヤーの役割はただ、伝えるものであって、ワイヤー自体に属性変換している様子がなかった。そのことを気に掛けたアカムだったが、アイシスの説明を聞けば納得するしかなかった。
『ちなみに属性変換は火、水、風、土、雷とできますが、あくまでそう言った属性に変換するだけで攻撃性を持たせるわけではありません。火、雷はその属性そのものに一定の攻撃力が存在しますが、水はそのままではただの水であり、風をその場に留めることができませんので風の刃などを作り出すこともできませんのでご注意を』
「なるほど……土はどうなんだ?」
『同じく攻撃性はありませんが、こちらはパイルバンカーの杭を再生成するのに使われますので必ずしも無意味ではありません』
「ああ、それに使われるのか」
さらに詳しい説明を聞いて、アカムは思ったよりも限定された機能だなと少し残念に思いながらもすぐに首を振ってその考えを振り払う。
少なくとも火と雷であればかなり強力な武器になるのだから十分頼りになる機能である。そもそも特定の属性に特化した魔法使いも珍しいものではないのだから全てを望む方が間違っているだろう。
そう納得したアカムは探索を再開するため太陽に向かって歩き始めた。
『周辺の敵性反応……皆無ですね。石版はちらほらとありますが』
「ああ、一応警戒しておいてほしいが、まあ発生したときだけでいいと思うぞ。多分ここは遭遇式だからな」
『遭遇式ですか?』
索敵に敵の姿がいないことを伝えるアイシスに、アカムがこれからは発生した魔物だけ知らせてくれればいいと告げるとアイシスが聞き返してくる。
「ああ、普段は魔物が存在せず、冒険者がそのエリアを歩いていると一定の確率で近場に魔物が発生するようになってる場合があるんだよ」
『なるほど、それでどれもすぐ近くに出現したのですね』
アイシスの問いに、アカムが答えるとアイシスも納得したようだ。
この、遭遇式というのは今、アカムのいるエリアのように見通しのいいエリアでよく見かける仕組みで、人によってはほとんど魔物に出会うことなくそのエリアを抜ける場合もあるほど運による偏りが大きいエリアだ。
魔物と出会わない分、次の階層への石版や宝箱探しといった行動が捗るのだが、魔物を倒して魔石を得ないと安定した収入が得られないために出会わないときの方をむしろ外れとする冒険者もそれなりにいる。
アカムの場合は当然出会わないときは外れ扱いである。もっとも、それは魔石が入手できないからではなく戦闘が少なくなるからだが。
「にしてもそういえばアイシスは石版の位置が分かるんだったか」
『索敵範囲内ならばですが』
アカムが先ほどの会話でふと気づいたことを呟けばアイシスが当然のように肯定する。
それなら最初に砂漠に来た時にも石版の心配をする必要がなかったと指摘してくれればよかったのになと思わずにはいられなかった。
『いつでも逃げれるという考えが無い方が緊張感が保てると思いまして』
その思いが伝わったのかアイシスがそんなことを言う。
相変わらずだとアカムは首を軽く振るだけで特に何も言わなかった。
それから少しして再び目の前に魔物が出現する。
「っと、これは教えられるまでもなく目の前に出現するな」
目の前の空間に砂が集まって固まっていき、形作られていく。
やがてアカムと同じぐらいに大きい、砂でできた人型の魔物が二体姿を現した。
「ゴーレムか。砂でできてるってならサンドゴーレムってところか」
『敵は二体です。決して油断はなさらぬよう』
「わかってるよ」
魔物の姿を見て呟くアカムにアイシスが注意を飛ばす。
二体のサンドゴーレムはすぐに動き始め、アカムへと突進してきた。
その移動方法は走るというよりも地面の上を滑るような動きでその速度はとてもゴーレムとは思えないものだった。
あっという間に目の前まで迫った二体のゴーレムは左右に分かれ挟み込むようにそれぞれアカムめがけて砂の拳で襲い掛かってくる。
アカムはその拳を真っ向から受け止めようと左右から迫る拳に右に大鉈を、左には手のひらを合わせて防御する。
砂の拳がそれぞれにぶつかると驚いたことに簡単にその拳は砕け、サンドゴーレムが振った勢いそのままに大量の砂がアカムへ向かいなだれ込み、身体に巻き付こうとしている。
「そういうことかっ!」
ただ、物理で攻めてくるわけではないらしいとその様子から判断したアカムは大鉈を持つ右手を高速で回転させる。
その際、大鉈を少し傾けてこちら側に風が送られるようにして強風を生み出した。
それはさながら扇風機の様で、アカムの狙い通り、身体に巻き付こうとしていた砂も剥がれ、その隙に大きく後ろへと下がった。
アカムを取り逃がしたサンドゴーレムも腕をすぐに元に戻して再びアカムに向かって地面を滑走する。
アカムもそれ以降はなるべく足を止めないように、挟まれないように立ち回ってサンドゴーレムの攻撃を防ぎ、回避していった。
そんなやり取りを何度かした後、大きく距離を取ることにアカムは成功するが眉を顰める。
「サソリもアリジゴクも武器は一種類だけでもなかったがこいつらは殴り一辺倒なのか?」
『一応、身体の各部になっている砂を操ってはいるようですが』
アイシスが言うように、防御時に砂を散らしてもそのまま砂が襲い掛かってくるのだが、それを踏まえてもサソリやアリジゴクよりは楽な相手に思えてならなかった。
そんなアカムの考えを読み取ったわけではないのだろうがサンドゴーレムらに変化が訪れた。
「砂が剣の形に?」
『もう一体はなにやら大盾のようなものを作り始めましたね』
片方は人で言う手の部分が鋭く長いものへと変化し、もう片方は両腕の肘から先が大盾になっていった。
そして、変化を終えた二体のゴーレムは大盾が前、剣の方はその盾に隠れるように後方に並び、アカムへと滑走してくる。
接近した大盾の方はただ、アカムの目の前で盾を構え続けるだけだが、これがしつこく幾ら回り込もうとしても常に盾を向けられる。
剣の方は大盾の陰に隠れていて先ほどから見ることができないが、そのあたりはアイシスがきっちりと把握し、アカムに伝えていた。
『敵、常に大盾の後ろに隠れるように移動してますね。っと、マスターしゃがんでください』
「あいよ……っ! そういうことか」
アイシスの情報にしたがってアカムがしゃがんだタイミングで先ほどまでアカムの頭があった場所を砂の剣が貫く。
その砂の剣は砂の大盾の中から伸びてきているのを見て、二体のゴーレムの変化の意味を理解する。
とにかくこの状況を脱しなければと大鉈を横に構え、左手を鉈の側面に合わせ、両腕を全力で押し出した。
刃幅の広い大鉈の側面を向けて思いっきり押したために、ゴーレムの大盾を叩くことになったが、その威力に大盾はもちろん背後にいたゴーレムの本体や、剣型のほうも砂となり吹っ飛ばされる。
その時、集まっていた砂が散らばっていったが、その中に何やら砂とは違う球体が二つ混じっていたのをアカムが捉えたが、それもすぐにひび割れ砕け散ってしまった。
「……あれ、もしかしてさっきのが核か?」
『そのようですね』
その後も少し警戒していたのだが、魔石が二つ目の前に発生したことで、どうやら先ほど見た砕け散った球体が核だったようだと理解する。
アカムは大盾を使って視界を防ぎ、裏から攻撃するという連携に、苦戦するかもしれないと思っていただけに、状況を脱しようとした行動で倒せてしまったことに呆気ないなと感じてしまう。
その結果に、まだまだ機械因子の力のおかげで苦戦することはなさそうで、案外防御の方も何とかなりそうだとアカムは少し自信付く。
この後も何度か敵と遭遇したが、いずれもすでに戦ったことのある三種の魔物で、即座に魔物を片付けて魔石を回収して進んでいたアカムは次階層への石版を見つけ、さっさと次階層へと挑むことにした。