27話 砂漠
夕飯も食べ終わり、落ち着いたところでアカムがイルミアに改めて聞き直したところ、やはり本気で子作りしようという話であることは間違いなかったようだった。
理由はやはり、アカムの肉体が全て機械化するのではという懸念があったからでそれを言われればアカムも反論できなかった。
「なに? いやなの?」
「え……いや……あれ、別に嫌じゃないっていうか、そろそろ欲しいな」
何時までも煮え切らないアカムの態度に若干、不機嫌になりながらイルミアが尋ねるが、アカムはアホ面晒して数秒悩み、答えを出した。
一応その答えに満足したのかイルミアも少し笑みを浮かべた。
何とも締まらない話ではあるが、その時点でアカムもようやく覚悟を決め、二人は寝室へと姿を消した。
余談ではあるが、その時の様子をアイシスは当然の如く認識していたのだが、そのことに二人が思い至るのは翌日の朝のこと。
「ほんと気を付けなさいよ?」
「大丈夫だって。油断もしないし、こいつもあるから……あっ」
「あっ」
イルミアがアカムに声をかけ、アカムが自らの腕を掲げながら返事をしたときにようやく二人はアイシスの事を思い出して、揃って顔を赤らめた。
基本的に美女であるイルミアはともかく悪人面のアカムの赤面した顔など拷問でしかないのだが、他にその様子を見ている人はいなかったので被害はゼロであったのが救いだろうか。
結局、少し悩んだ様子のイルミアだったが顔を赤面させたまま、今後も続行と言い切り、アカムもそれに答える形で丸く収まった。
それからイルミアは割とすぐに開き直り、ギルドへと向かい、アカムはずるずると引きずりそうになるのを、超高濃度高圧縮栄養剤を二粒ほど咀嚼することで阻止していた。
その時通りがかった人が朝っぱらからそんな糞不味いものを食べるアカムをみて驚愕の表情をしていたが、そんなことなどアカムは知る由もない。
それからアカムは自らの転移部屋へと到着し、大鉈から鞘を外して迷宮へ挑む準備をしていた。
尚、短剣は左腕が機械因子になったことで調子に乗ったアカムが普通に使用したために砕け散っていたため、既に存在しない。
間もなく、準備を終えたアカムが大鉈を握りしめてから石版に触れる。
大鉈は相変わらず掴む際に弾こうとするがもはやそのことをアカムが気にすることはない。
「我、三十二階層に望むものあり」
気負うことなく、アカムは呪文を唱え迷宮の中へと転移していった。
迷宮の機能によってアカムが転移した場所は砂漠であった。
見渡す限りの砂が広がり、擬似的に再現された太陽光は容赦なくアカムに襲い掛かる。
一歩進むごとに足が沈みこみ非常に動きづらく、おまけに砂山が連なって上り下りが連続しているのだから、ただ移動するだけでも苦労しそうなその風景にアカムはため息を吐く。
「嫌になるな……見渡す限り、砂ばかりで何も見えねえ」
『こまめな水分補給を心がけてください』
「ああ、分かってるさ」
アカムは顔を顰めながらもアイシスの言葉にうなずきつつ、足元を見れば、そこには半分砂に埋まった石版があった。
迷宮内に転移したとき、その場には必ず帰還石版が存在する。
その為こうして最初に石版を確認することでそのエリアにどういう形で石版が存在するのかを確かめることができるのである。
水中エリアの時はアカムは石版を見かけなかったが、実はアカムの頭上に浮くように存在していた。
そして、アカムは半ば砂に埋もれた石版を見て心底うんざりといった表情をする。
「ここはまあ普通に地面に石版があるのはいいとして砂に埋もれるのか……」
『万が一の場合でも石版を見つけるのに苦労しそうですね』
「ああ、その万が一の場合が起こらないように注意しないとな」
今足元にある石版が半ば埋もれているということは他の石版もそういう状態にあると言うことで、石版を見つけるのには困難を極めるだろう。
いざというときに転移して逃げるという選択肢が取れないという状況にアカムはより一層気を引き締める。
なお、一旦戻り転移しなおすという考えは、今回なかった。
前回転移しなおしたのは水中というあまりにも特殊な環境だったためだが、今回は多少行動を阻害されるが地面の上であるためにその必要がないという判断だった。
改めて地面のふみ心地を確かめるアカムだが、ふと何か思いついてアイシスに確認を取る。
「なあ、水中の時さ推進装置で進んだけどあれ、普通に空中を移動できるんじゃないか?」
『……可能ではありますが水中と違い浮力がありませんからね。ただその場に浮遊するならともかく飛んだまま移動するとなると、ゆっくりとぶら下がったような形で移動するか相当な速度で引っ張ることで飛ぶことになります。前者の場合は緊急時に碌な対応が取れませんし、後者の場合は細かい操作は効きませんし呼吸できるか疑問ですね』
「なるほど……それに何の鍛練にもならないしな。まあ、最終手段として砂漠を抜けるために飛ぶことも考えておくが、普通に歩くか」
アカムの問いに、アイシスは可能と答えるが同時に問題点もいくつか提示され、アカムはとりあえず飛行して移動することは諦めた。
アカムが考えた方法による飛行は魔力をさらに消費するという問題点もあったのだが、魔力供給に関する問題はアカムにとって問題ではないためにそのあたりの説明をアイシスは省いている。
魔力の異常回復能力はアカムが思っている以上に貴重な能力であった。
そうして砂漠エリアの環境を一通り確認したアカムはとにかく太陽の方向へと向かって歩き始めた。
辺り一面が砂であるために目印がそれしかなかったという理由もあるが、屋外タイプのエリアの場合、太陽ある方向を目指せばそこに次階層へ続く石版があるという通説が冒険者の間にはあるという理由もあった。
『! 敵性反応がすぐ目の前の地面の下に発生しました』
「っと、ちょうど発生したのか」
しばらく歩いているとアイシスが警告してきて、それを聞いたアカムがすぐに戦闘態勢を取る。
だが、魔物は反応を見せず、辺りは静まったままだ。
「……? 魔物はこちらに気づいていないのか?」
『いえ、何をしているのかは分かりませんがこちらには気づいているようでしきりに動いているようですが』
「じゃあなにを……っ!?」
首を傾げつつも警戒を解かずその場で構えるアカムに、アイシスが魔物の状況を伝える。
ますますわけが分からないと眉を寄せるアカムだったが、次の瞬間足元の砂が沈み込んだことで体勢を崩す。
「しまっ……!」
『落ち着いてください。それよりも周囲の状況を確認してみてください』
突然、砂が無くなったかのようになったために転んだアカムは体の腰ほどまでが砂に埋まって慌てていたが、アイシスの言葉に落ち着きを取り戻し言われた通り周囲を確認する。
すると先ほどはほぼ平面に近かったのに今ではすり鉢状に凹んで、穴の底に砂が流れている状態であることが分かった。
それを見てハッとなり、アカムはその穴の底をジッと睨むと、その視線を感じ取ったのか魔物が砂の中から姿を現した。
ミミズか蛇を大きくしたような姿でその頭には鋏のような大きな口のようなものがくっ付いてこちらを捕食するようにカチカチと打ち合わせている。
「なるほど……顔を出さずに何をしていたのかと思えばこういうことか」
『姿は蛇のようですが習性はアリジゴクみたいな魔物ですね』
アカムは地中でしきりに動いていた理由に納得し、アイシスはその魔物の姿に思いつく生物の名をあげるが、その魔物はサンドイーターと呼ばれる砂を食べる魔物だ。
現状、それなりに危険な状況ではあるが、アカムの顔には焦りの色は見えず、笑みが浮かんでいた。
だが、その笑みもサンドイーターの次の行動により消え、アカムは即座に大鉈を盾のように側面を正面に向けて構える。
アカムが大鉈を構えるのとほぼ同時に、何かが大鉈に衝突してそれは粉塵の如くまき散らされたがその攻撃自体による負傷はなく、防御に成功していた。
しかし、その衝撃でアカムの身体が余計に砂の中に埋まることになり、胸のあたりまでが砂に沈み込んでしまった。
「ちっただ、獲物が沈むのを待つわけでもなかったか」
『砂を一塊に集めて撃ち出したようですね。次弾、来ます』
「何度も食らうかっ!」
舌打ちして文句を飛ばしながらサンドイーターを見据えるアカムに、アイシスが先ほどの攻撃がどういうものだったかを伝えると同時に再び同じ攻撃が来る兆候を察知した。
アカムは気合いを入れて声を発すると共に、左腕を射出して魔物の前、集まった砂弾のすぐ前に配置して、手を開く。
間もなく、打ち出された砂の弾はその手のひらへと衝突し、砂の多くをサンドイーターへと跳ね返した。
もっともそれでサンドイーターにダメージを与えられたわけではなかったが、少なくともサンドイーターの注意は眼前にある左腕に集められた。
その間にアカムは右腕の推進装置を起動させ、砂の中から脱出し、空へと飛びあがった。
撃ち出されるかのような勢いであったために先ほどまで埋まっていた場所の砂が爆発したように吹き飛ぶ。
そのままサンドイーターの直上まで飛び上がったところで推進装置を切り、落下するままにサンドイーターへと向かい、大鉈を振り下ろした。
「っらぁ!」
アカムの一声と共に振り下ろされたその大鉈はサンドイーターを真っ二つにするばかりか、地面の砂を大きく叩き、その衝撃で大量の砂が宙へと打ち上げられた。
真っ二つにされたサンドイーターはすぐに魔石と化し、アカムはそれを慌てて拾い上げ、再び推進装置を起動して急いで穴の外へと避難した。
「ぐぅ……! この急加速は結構辛いな……!」
『マスター、わざわざ大量の砂を打ち上げるだなんて砂風呂にでも入りたかったのですか?』
「うるせえ」
急加速により少しばかり生身の部分が痛み唸るアカムにアイシスが冷たく言葉を投げつけた。
先ほど、アカムが慌てていたのは攻撃して大量の砂を打ち上げたためにそれが降りかかってくることを即座に察知していたからだった。
その判断は正しく、先ほどまではすり鉢状に凹んでいた穴は綺麗に砂で埋まっており、まさに危機一髪のところだった。
それからすぐに痛みも引き、問題がないことを確認したアカムは移動を開始した。
辺りは砂埃に包まれていて非常に居心地が悪く、早く抜け出すようにアカムの歩く速度はやたらと早足になっていた。