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26話 心配と涙と

 覇気を纏ったイルミアがそのままゆっくりとアカムの対面の椅子へと座り、じっと見つめてくる。

 何も言わず黙って薄く笑みを浮かべたままじっと見つめてくるイルミアに、アカムは数秒何がしたいのか分からなかったが、自分から言えということなのだと気づきとりあえず両腕の擬態を解除する。

 左腕を見てピクリと瞼を動かすが反応はそれだけでイルミアは継続して黙ったままアカムを見つめる。

 イルミアの放つ威圧感が少しだけ増したが、アカムは努めて平静を取り繕う。


「まず、この通り左腕も機械の腕になった。が、これは戦闘で失ったとか罠で失ったってわけじゃなく、自分の意思で決めたことだ」

「へえそうなの。で?」


 アカムの説明を聞いて怒るでもなく気を静めるでもなく、イルミアは短く先を促すだけだ。

 その様子にアカムは急速に口の中が乾いていくのを感じていた。


「えーと、なぜそうしたのかといえば、まあ強力な力を自分のものにしたかったからなんだ。実際、両腕が機械の腕になったおかげで戦闘もかなり楽になったし、安全性も増したから、力になってくれてることは確かだぞ?」

「ふーん? で?」

「え、いや、だから……その、仕方なく……」

「仕方なく? 全然仕方なくないわよね? それを手に入れた時は腕を失ってたわけでも切羽詰ってたわけでもないんだから。自分の意思で決めたこと、戦闘が楽になった、力になってくれてるだの、それがなによ!? 何言いつくろってもあんたはまた腕を失くしたってことじゃない! そしたら……心配するに決まってるじゃないの! あんたは……っ! そうやって一人で決めて……相談してくれたって……っ!」


 アカムの言葉に始めは静かに責めていたイルミアだったが途中から怒気を爆発させ、机を強く叩いて立ち上がる。

 それから今度はポロポロと涙を流して震えた声になりながらも胸の内を打ち明ける。

 

 その姿にようやく自分が愚かなことをしたのだと気づいたアカムもまた立ち上がるが、なんて言っていいのか分からずにおろおろとしながらもイルミアを抱き寄せた。

 抱き寄せたイルミアの身体は小さく震えていてとても弱々しく、そんな姿にしてしまったのが自分であることを痛感したアカムが自責の念に苛まれるが、今はそのことに弱気になっている場合ではないと、とにかく謝罪しようと口を開く。


「すまん……本当にすまなかった。全く考えが足りてなかった……」

「謝るなら最初に……っ!」

「ああ……俺が馬鹿だった。まず最初に謝らなきゃいけなかったのに……ほんとすまん」


 アカムが本当にすまなそうに謝るが、イルミアはアカムの胸の中で首を少し振り、アカムの胸を叩く。

 力は全然入っておらず軽く当てられる程度のものだったがアカムにはそれが何よりも痛く感じられた。


「っ……! そう言って次があればどうせ……っ!」

「かもしれない……でも次はちゃんと相談する……本当にすまなかった」

「っ! 卑怯、よ……」


 抱きしめる力を強くすると一瞬イルミアがビクッとしたようだがすぐにされるがまま、アカムに体を預け静かに泣いていた。

 アカムはそんなイルミアを抱きしめながらずっと謝罪の言葉を口にして、何度も何度も謝っていた。




 しばらくそうしていたが、イルミアも泣き止んでゆっくりとアカムから体を離す。

 アカムはこのまま離したら消えてしまうのではと不安になり離したくなかったのだが、柔らかい笑みを浮かべたイルミアにもう大丈夫だからと言われれば納得せざるを得なかった。


「散々泣いたらスッキリしたわ」

「……本当にすまなかった」


 ケロっとした表情でそういうイルミアにアカムは床に膝をつき深く頭を下げて再度謝罪する。

 そんなアカムを見ながらもイルミアはゆっくりと自分の椅子に座り、一度深呼吸をしてから口を開く。


「……私がどれだけ心配したかはもう分ったでしょう?」

「……ああ」


 特に怒気の混じっていない普通の声でイルミアがそう言えば、アカムもやや暗い様子で頷く。


「じゃあ、もういいわ。一応あんたは反省して、私は謝罪を受け入れた。この件はそれでおしまい」

「だが……」

「おしまい!」


 明るい調子でそう言われるがアカムの気は晴れず再び謝罪しようとするが、それもイルミアに止められる。

 話の頭で釘を刺されて言葉が出てこず口を開けたまま、アカムはイルミアの表情を伺えば絶対にこれ以上の話はしないという意思が感じられアカムも口を閉じ、一つ頷いた。


 そんなイルミアを見て強いなと思いつつ、どうしてもと湧き上がる気持ちがありそれを伝えるためにアカムは再び口を開く。


「……これだけは言わせてくれ」

「もうおしまいって……」

「心配してくれて、ありがとう」

「っ! ……当然のことよ」


 いつになく真剣な様子でアカムが感謝の言葉を言うと、イルミアも驚いたのか一瞬固まるも、すぐに笑顔になってその言葉を受け止めた。

 アカムもそれだけ言ってようやく自分の中でもある程度の納得ができたのか床から立って椅子へ座りなおしてイルミアと向かい合い、苦々しくも軽く笑みを浮かべる。


「……なによ」

「いや……その、なんだ。お前と結婚できた俺は幸せ者だなって」

「っ……ふん、ばーか」


 突然のアカムの言葉に驚いたイルミアは顔を赤くしながら立ち上がり台所へと向かう。

 最後に小さい声で言われた言葉にアカムは苦笑しつつ、その背中をじっと目で追っていた。






 机の上にはおいしそうな料理の数々が並んでいる。

 イルミアの作る料理はそのまま店に出しても通用すると思わせるほどにおいしいもので、香りも食欲をそそるもので、そんな料理が机の上に所狭しと並べられている。

 だが、アカムはそれらを食べることはできない。

 その並べられた料理は全てイルミアが食べるためのものだからだ。

 代わりにアカムの前に置かれている皿には丸薬のようなものが盛られている。


 それは超高濃度高圧縮栄養剤ハイレーションと呼ばれる冒険者の必需品である携帯食。

 一粒が指先ほどの大きさだが、それには体を動かすためのエネルギーとなる栄養がこれでもかと凝縮されていて非常に便利な携帯食だが、その代わり味は糞みたいに不味い。

 そんな不味いハイレーションが山盛りでアカムの前に出されていた。


「もしかしなくても俺の飯はこれってことだよな?」

「そ、心配をかけさせた罰よ。もちろん水をがぶ飲みして押し流すのはだめよ? 一粒一粒ちゃんと噛み砕いて味わって食べなさい」

「……了解しました」


 非常にいい笑顔で答えるイルミアに口元を引き攣らせながらもアカムは頷くしかなく、それはまるでアイシスの言葉のように平坦な声でそう了解したと返事をして、ハイレーションを口に含み涙目になりながらもひたすら味わい続けた。

 それをみてイルミアは楽しそうに笑いながらも自らが作った料理を、アカムに見せつけるようにゆっくりと食べていた。


 一方で、一言も言葉を発することが無かったアイシスはといえば、こちらも人知れず深く反省していた。

 かつてイルミアにマスターを全力で守ると約束したにも関わらず、結果はイルミアに心配をかけさせてしまったからだ。

 あの時、機械因子オートファクターの使用を止めさせ、相談するべきと提言しなければならなかったのだと己の愚を恥ずかしく思っていた。

 そして二度と同じ過ちは繰り返さないと誓っていた。


「そうそう、思ったんだけど今後もオートファクターだっけ? それをあんたは見つけてくると思うのよね」

「あ、ああ。俺も思ったりしたけど……次は絶対相談するぞ」

「それは当然してもらうけど、多分結局あんたはそれをまた使って体を機械に変えてしまうでしょう?」

「いや、お前が嫌だっていうなら……多分」


 顔を顰めながらもハイレーションを食べていたアカムにイルミアが声をかけ、さも当然のように考えをいえばアカムはしどろもどろになりながらも一応否定する。

 が、イルミアは鼻で笑ってアカムの反論を流し、言葉を続ける。


「あんたは馬鹿で、強力な力が得られるならそうするでしょうよ。私が嫌ならとか言ってるのがその証拠よ。ま、どうせ、私は最終的にあんたの考えに従うでしょうからそれはいいのよ。けど、そうなると今だけしかできないことがあるわ」

「ぐう……で、今だけしかできないことって?」


 イルミアの言葉にアカムは反論できずに唸るが、気を取り直してイルミアの言った言葉で気になったところを尋ねた。


「当然、性行為よ」

「は?」

「性行為。男と女が組み合って子供を作る行為のことよ」


 恥ずかしげもなくあっけらかんと言われたその言葉にアカムは思考を停止する。

 そんなことなど知ったことではないとイルミアは話を続ける。


「つまりね。これから子作りに励みましょう?」

「つまり避妊せずに……?」

「そ、これから毎晩子供ができるまで。頑張りましょうね」


 そう言って話は終わったと再びイルミアは料理に舌鼓をうちおいしそうに笑みを浮かべる。

 アカムは突然言われた言葉に呆然としつつも、糞不味いはずのハイレーションを表情をほとんど変えず咀嚼していった。


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