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25話 油断大敵

 それからアカムは洞窟の迷路を順調に攻略していき、その間遭遇した魔物はあっという間に倒して魔石もほどほどに集めていた。


「左腕も機械因子オートファクターになったからか複数相手でも余裕だな」

『単純に対処が可能となる方向が増えますからね』


 今もまた、魔物を倒して魔石を拾いながらアカムがそう述べる。

 一度、戦闘中に後方に魔物が発生したのだが、右腕は前方に、左腕は後方にと対処することで難を逃れた。

 そういう場合でなくとも腕二本を尋常ならざる力で扱えるというのは、アカムの攻撃力と防御力を大幅に上げる結果となり、もはや苦戦しないどころかあまりにも余裕で、油断しないように調子に乗らないようにと自分を戒めるのも厳しくなってきていた。


 実際のところ、現在の戦闘能力と今いる階層で出る魔物の強さが噛みあっていないのは事実であることは間違いなく、別段おかしい話ではない。

 だが、アカムにしてみればそんなことは知る由もなく、数刻前にはしゃいでいたのが嘘のように、あまりに簡単なものになってしまった迷宮探索につまらなそうにため息を吐く。


『マスター』

「ああ、分かってる。分かってるつもりではあるが、流石に楽すぎるぞ……」


 ため息を吐くアカムをアイシスが咎めるような声を出し、アカムもそれに頷きながらもどこか緊張感に欠けている。


『では、戦い方を制限でもしてみますか?』

「アホか。持てる能力渋ってその隙を付け込まれたりしたら元も子もねえじゃねえか」


 つまらないのは楽すぎるからというのなら、自分で制限を加えればというアイシスの意見もアカムは即座に否定する。

 現状少し油断しているからといってもその能力を抑えて使うという考えはアカムには無かった。

 その能力を使うのに消耗を強いられるというのならまだしも、機械因子オートファクターである両腕に肉体的な疲労はなく、生身の部分もほとんど動くまでもなく戦闘が終了してしまうこともあってあまり疲れることは無い。

 本来ならば一番の消耗になるはずの魔力にしてみてもアカムにしてみれば全く問題にもならない。

 消耗を気にして抑える必要が無いために無理しないレベルというのはそのまま機械因子オートファクターのフルスペックで扱うことを意味していて、アカムにしてみれば無理でないのなら全力でやるべきという考えは譲れなかった。


『普通なら楽できる相手には楽をして力を温存するものですが』

「温存しなくても消耗が無いのならどこに温存する必要があるのか」

『そうですね』


 呆れながらも一般論を口にするアイシスにアカムが反論すれば、アイシスもそう思っていたのか肯定の返事をする。


「まあ、それだけ深い階層に挑めるだけの力があるってことだろうし、早く次の階層に行けるようにするか」

『そういえばマスターはなぜより深い階層を目指すのですか?』


 アカムが気合いを入れるように努めて明るい声でそう言うと、アイシスが横から質問してきた。


「なぜって……強くなりたいから? いやその証明のためにかね」

『強さの証明ですか?』

「そう……だな。多分そういうことだと思う」


 アイシスの問いに、アカムが少し考えるようにしてから曖昧に答える。アカム自身今まで迷宮に潜る理由を深く考えたことは無かったためにすぐに答えられなかったのだった。

 だが、アイシスに問われて返した答えを口に出したアカムは自分で言ったその言葉が自分の中で何かが符合したように感じ、納得するように頷いた。


『なるほど。階層が深くなるごとに手強い相手が出てくるのであれば確かに分かりやすい指標となりますね。ということはマスターは今、迷宮の三十一階層を楽々と踏破できると証明されたわけですか』


「……ああ! そういうことだな!」


 アイシスの言葉に一瞬ポカーンとしたアカムだったが、すぐに調子よく威勢のいい声をあげる。


『では、さらなる深い階層へと向かうためにも、つまらないからといってため息を吐き、あまつさえ油断するべきではないですよね』

「あ、ああ。そうだな」


 だが、続くアイシスの言葉に、何か流れが変わったような気がして嫌な汗が背中を流れる。


『では、こうしましょう。これまでにも何度かやっているのでお判りでしょうが、機械因子オートファクターは魔力を属性に変換することが可能です。ですので、マスターが気を抜いていると私が判断した場合にはマスターに気絶しない程度に電撃を浴びせてあげましょう』

「いや、常に緊張しているというのも……な?」

『当然です。過度な緊張など害でしかありません。そのくらい当然わきまえております。ある程度の緊張感を残しつつ多少気を抜いておくのも、技術の一つ。ですが気を抜きすぎるのもよくない。いえ、深く考える必要はありません。ようするに適度に集中していればいいのです』


 アイシスの提案に、顔を引き攣らせつつ一応の反論を試みるがめでたく玉砕し、肩を落とす。


「ここで、嫌だと言ってもやるんだろうなあ……」

『当然です』

「止める手段もないんだよな」

『いいえ、絶対にやめろと命令されればやめますが本当にそれでよろしいので?』


 アカムが諦めたように言葉を零すが、アイシスが一部訂正を入れて確認してくる。

 その言葉にアカムはしばらく考え―――


「……いや、やってくれ。気を抜いて下手をするよりもずっといい」

『了解しました』


 ―――やってくれるように頼んだのだった。

 アイシスの提案も自身のことを思ってのことというのは理解していたからこその答えだった。


 そうしたアイシスとの会話で色々吹っ切れたのかアカムもその後は順調に洞窟を進み、次の階層へと続く石版を見つけるまで、気を引き締めて集中を切らすことなく行動することができていて、結局アイシスから電撃を受けることは無いまま、狩りを終え、地上へと戻っていった。


 実のところ、アイシスは例え、アカムが気を抜いたとしても電撃を浴びせる気など全くなかった。

 迷宮内で、電撃を浴びせて隙を作るなどアカムを補助する役目を持ち、イルミアとも約束をしているアイシスにはとても許容できるものではなかったからだ。

 その為、アイシスの提案は、多少脅すことによってアカムの意識を調整するためのものでしかなく、そしてその狙い通りに事が進んだ為、アイシスも人知れず一安心していた。






「マグナムシャーク……また、珍しい場所に転移したのね」


 ギルドに行きイルミアに魔石を渡して換金してもらっているときに、呆れたようにそう言われる。


「まあな、その一体を倒したらさすがにすぐに離脱したけどな。いくらなんでも水中は厳しいわ」

「他の冒険者もそのエリアに出た時はすぐに入りなおすらしいわ」


 イルミアの情報に、アカムはやっぱりかと頷く。

 水中エリアでも問題なく戦えるのは本当に限られた者だけだろうと、アカムは思い出していた。


「あ、それとまた罠付きの宝箱があったってギルドマスターに伝えておいてくれよ」

「ふーん? それで今度は左腕を犠牲にしたのね」


 アカムがそう言うとイルミアが珍しく冷たい目でアカムを睨み、続いてアカムの左腕をちらりと見てそんなことを言えばアカムが驚いたように目を見開く。


「分かるのか?」

「当然、元あった傷痕が完全に無くなっているもの。つまりそういうことでしょ?」


 少し怒った様子だが、周囲に配慮してかアカムにだけ聞こえるように小声でそう言うイルミアに、アカムは頭を掻いてしまったとばかりに顔を顰める。


「いや、詳しいことは後で話すが、危険な目にあったとか罠でどうこうというわけじゃないんだ」

「……へえ? 分かったわ。後でゆっくり話しましょう。ゆっくりね」


 とにかくまた、大怪我を負ったと心配させるわけにはいかないと、軽く説明を入れるアカムの言葉に何か気づいたのか一層冷たい雰囲気が増したイルミアに気圧されて、アカムの背中に冷たい汗が流れた。


「そ、それじゃあ先帰ってるわ」


 そう口にしてまるで逃げるように足早にアカムはギルドを出ていき、自宅へと早足で歩いていった。

 ギルドを出ていくアカムの背中をイルミアがじっと見ていたがそれにアカムが気づくことは無かった。


 それからアカムは自宅に着いたが、イルミアが帰ってくるのを戦々恐々と待ち続けて気が休まらなかった。

 二つ目の機械因子オートファクターはアカムに大きな力を与えたが、大きな試練もアカムに与えたようである。


 そしてついに、試練の時が来た。

 玄関の扉が開く音がして、足音が近づいてくる。

 そして、部屋に入ってきた人影は当然の如くイルミアである。

 顔には笑みが浮かんでいるがその目は全く笑っておらず、背後には黒いオーラを幻視することができるほどの威圧感を放っていた。


 それを見たアカムは思わず唾をのみ、そして覚悟を決めた。


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