22話 三十一階層
ご馳走パーティーを終えた後、アカムたちはすぐに寝ることにした。
その際オリビアはイルミアに抱えられて普段はあまり使われてない寝室へと運び込まれていったが、それを見て嫁を取られたとアカムは若干落ち込むがベッドに横になると数秒で夢の世界へと旅立った。
アカム自身が感じていたよりも魔力を数秒枯渇状態にした疲れは溜まっていたようである。
そして次の日の朝。
完全に元気になったアカムはいつも通り転移部屋まで来ていた。
「我、三十一階層に望むものあり」
大鉈から鞘を外して隅に置き、他にも装備に問題がないかをチェックしてからアカムは石版に触れ、転移の呪文を唱え迷宮へと潜っていく。
迷宮三十一階層。
アカムとしても前回ただ辿りついてすぐに返っただけの初見の階層だ。
転移の呪文はその階層のどこかへとランダムに転移させられるが、アカムが転移させられたのは水中だった。
「――――っ!?」
転移先がまさかの水中であることに動揺したアカムが慌てて口を手で塞ぎ急いで石版がないかを探して辺りを見渡す。
しかし、無情にも周囲には石版は見当たらずアカムが息を止めていられるのも限界にきた。
『マスター。調べてみたところどうやらこの水は本物ではないようです。まるで水中にいるかのように感じられますし、事実水中とほぼ変わりないのですがそれでも本物ではありません。したがって呼吸は可能のようです』
「ぷはぁッ! ……本当だ」
アイシスの言葉に半信半疑になりながらも意を決して息を吸おうとしてみればしっかり呼吸ができたことを確認してホッと胸をなでおろす。
「まさか擬似的に水中を再現したエリアがあるとは……あまり見透しはよくないな」
『水中エリア……であれば魔物もそれに適応したものが出てくるのでしょう』
ぷかぷかと水中に浮きながら改めて辺りを見渡し、実際の水中の中と何ら変わらない様子に感嘆の意を零す。
そして、この環境がかなり厄介であることに気づき眉を顰める。
「さてどの方向へ行こうかね」
『マスター海底……と言っていいかは分かりませんがとにかく底が見えてきました』
「おっと」
目印になるものが何もなくその場で動かずに悩んでいるとアイシスが、地面が見えてきたと報告してきた。
その言葉にひとまず水底に着地しようとバランスを取る。
大鉈を持ち、さらに右腕は不可思議な金属の腕であるアカムの身体はとても沈みやすいもので何もしてなければ浮き上がるはずがなかった。
着底したアカムは改めて周囲を見渡すがやはり目印になるようなものはなく視界も悪い。
とにかく動かねば始まらないがどの方向へ行くかという問題があり、そもそも擬似的なものであっても水中は水中で動き辛い。
「さて、どうしたものか……あ、そうだアイシス。腕を遠隔で操作する時になんか推進装置あっただろ? あれ分離させなくても使えたりしないか?」
『可能です。なるほどそれを使って水中を移動するのですね』
「そゆこと」
ふとアカムがなにか思いついたようでアイシスに確認を取れば、可能という返事が返ってきた。
同時にアイシスに何がしたいのか言い当てられてそれを肯定する。
アカムは大鉈を左手に持ち替え、右腕を前に出した。柄無しの大鉈もただ手に持つだけなら問題にならない。
「よし、んじゃよろしく」
『了解。推進装置起動』
肘の辺りが少し外側に開き、そこから青白い光のようなものが噴射され、アカムの身体は右腕に引っ張られるように水中を進んでいく。
「これ、他の冒険者はどうしてんだ? まともに動くことも出来ねえだろ」
『これは予想ですが即座に帰還して入りなおすのでは?』
「まあ、それが妥当か。石版は海底にあるようだしな」
狙い通り水中をある程度自由に進むことができたアカムだがこれは機械因子があったからこそできたことで、他の冒険者はどうしているのかが気になった。
その疑問に対し、アイシスが推測を立てて、アカムもちょうど視界に入った石版を見ながら同意する。
『右前方から敵性反応。数は一体ですが大きめです。しかも速い』
「さてどんなのがくるか」
アイシスの言葉に右腕の推進装置を止め、その場でアイシスが言った方向をじっと見つめる。
視界は20m先が限界でその先はよくわからないがその方向から何かの影が濃くなっていくのを何とか捉えることができた。
「っ!?」
が、それを認識してからすぐにアカムは右腕を右側に伸ばし、推進装置を起動させて回避運動を取る。
アカムの咄嗟の判断が功を奏して、アカムのすぐ横、先ほどまでいた場所をその巨体が壮絶な勢いで通り過ぎた。
通り過ぎたソレはアカムから少し離れたところで振り返って余裕を見せるように止まって揺らめいている。
その姿は鮫そのもので、マグナムシャークと呼ばれる水棲の魔物だ。
「ぐぅ……水圧がきついなこれ」
その姿を確認しつつアカムは咄嗟に回避したときの水圧で痛めた身体をほぐすように動かしている。
「こりゃダメだな。生身じゃとてもこの水中で素早く動けん」
マグナムシャークはアカムがまともに動けないことを確認してか再び振り返り、視界から消える。
アカムは弱音を吐くがその顔には笑みが浮かんでいた。
相手の姿は見えずともアイシスが知らせてくれるので問題はない。
生身ではまともに動けず迎撃も難しいがすでに対処法は思いついていた。
アカムは右腕を真っ直ぐ前に伸ばす。
「生身じゃ無理だけど腕だけなら当然何の問題もない」
『前腕部を分離、ターゲット――ロック、高速回転開始、推進装置起動――発射します』
アカムの右腕は肘から分離し、手首から先は高速で回転を始める。
後ろからは青白い光が漏れていて、アイシスの合図で腕は高速で水中を突き進んでいく。
水の抵抗も感じないとばかりに突き進んだ腕はそのままマグナムシャークへと直進し、ちょうど進路を変えようとしていた鮫の横っ腹に突き刺さった。
そのままやれば貫通することもできたが、アカムは突き刺さった感覚を感じた瞬間に回転を止め、鮫の身体を掴み、腕と一緒に引き寄せた。
鮫は逃げようとバタバタと暴れているが機械因子の力を振り切ることは叶わないようでビクともしない。
近くで観察すれば自らとほとんど変わりないほどの大きな鮫の姿に感心しつつ、アカムは左手に短剣を持って、その腹を何度か斬り裂けば息絶えたようで体は消え、魔石が残された。
「ふう。終わってみればあっけなかったな」
『当然です。機械因子の力があれば水中であろうと問題ありません。とはいえ、ここは一度帰還して入りなおすことをおすすめします』
「だな。この腕には問題なくてもさすがに俺が対応しきれん」
魔石を回収しつつ、アカムが感想を言えば、アイシスが当然と誇らしげにしながらも場所を移すことを提案する。
その案にはアカムも大賛成であり、先ほど見つけた石版へ戻りアカムは一旦帰還した。
改めて入りなおしたアカムが転移した場所は洞窟のような場所だった。
周囲を見ればいくつも分かれ道があって、迷路のようになっているようだ。
一定間隔で光を発している石が設置されていてある程度先を見渡せるようになっている。
「洞窟迷路か」
『同じ階層に洞窟と先ほどの水中エリアが混在しているというのはどうしても違和感を感じるのですが』
「そういうもんだって考えた方が楽だぜ」
アイシスが先ほどとは様相が違いすぎるエリアに困惑する様子を見せるが、アカムはそれについては深く考えないようにしている。
迷宮の仕組みは不可解なことが多すぎて考えるだけ無駄なことも多く存在することをアカムは知っていた。
『! 早速ですが前方に敵性反応があります。……あの影のあたりにいるはずですが』
「いないように見えるが……いやあの位置であんなはっきりとした影はおかしいな」
アイシスに言われたところを見れば確かに影はあるが魔物の姿は見えない。
だが、アカムはふとその影に違和感を感じ取った。
確かに洞窟には光源があるのだから影ができてもおかしくないのだがその影はあまりにも黒すぎた。
まるでそこだけが黒く切り抜かれたように真っ黒だったのである。
「せいッ!」
アカムは洞窟の壁を少し砕いて、ちょうど手に掴めるほどの石を取ってその影へと全力で投げた。
投げただけとは思えないほどの速度で投げられた石がその影に直撃すると影は大きく吹き飛ばされた。
『影に擬態とは面白いですね』
「気づかなかった冒険者が傍に来たところで襲い掛かるんだろうな」
アカムが右腕を遠隔操作してその影を掴み上げれば狼の姿をしていることが分かる。
その狼型の魔物はシャドーウルフと呼ばれるもので、その名の通り影に擬態してジッと待ち、不意打ちを仕掛けてくる魔物だ。
「アイシスの力で何よりも強いのはその索敵能力かもな」
『確かに事前に相手の場所が分かっているというのは大きな利点かもしれません。ですがあまり過信しすぎないほうがいいかと。こちらの索敵能力を上回る隠密能力を持つ相手がいるかもしれませんので』
アカムの言葉にアイシスは過信しすぎないように注意する。
しかし、その声色にはそんな存在はいないだろうという自信が漏れているようだったが。