20話 配達人
ギルドで異常種についてあれやこれやとあった後、アカムは店を冷かしながら自宅へと向かっていた。
迷宮に再度潜ることも考えたのだが、一度迷宮からでた以上はその日のうちに再度潜る気にはなれなかったのである。
そうして自宅までくるとアカムは背中に翼の生えた小柄な女の子が自宅前にいることを確認する。
「ようオリビアじゃねえか。一月ぶりだな」
「あ! アカムっち! おっはー!」
その人物とは知り合いであったのでアカムが声をかければ、それに反応してオリビアと呼ばれた少女が振り向いて、アカムを確認すると一瞬固まったがすぐに満開の花のような笑みを浮かべて軽い調子で手を振ってきた。
「相変わらず馴れ馴れしいな、お前は。それに今は昼だ」
「んふふ、アカムっちは相変わらず硬いなあ。もっと笑おうよ!」
「理由もなく笑えるかアホめ」
その馴れ馴れしい態度に苦言を零すが、オリビアはものともしない。
今ではオリビアが軽い調子で話し、アカムが苦言を零す姿が当たり前となっているが、今から二年前、二人が出会った時にはこんな感じに気軽に話せる状態ではなかった。
オリビア、フルネームをオリビア・フロート。
身長はアカムの胸に届くか届かないかの142cmの小柄な17歳の少女である。
髪は明るめの茶色で短く切り揃えていて、目は金色でぱっちりとしていて頬は程よくぷっくりとした元気でかわいらしい。
年齢にしては身長が低いのは彼女が有翼種だからだ。
その種族名が示す通り、彼らは背中に鷹や鷲のような大きな翼を持っていて、人類の中で唯一空を飛ぶことを可能にした種族で、種族的に低身長という特徴がある。
背中に翼があり、低身長であること以外は人間種とほとんど姿は変わらないのだが、彼らにはもう一つ特徴的な能力が備わっている。
「それにしてもアカムっち……その腕どったの? なんか変……金属みたいな」
「あー、アーラの目はこの擬態をも見破るか」
オリビアに腕のことを言い当てられてアカムは右腕を軽く動かしながら少し驚くが、予想はしていたのか前にウルグの子であるキールに見破られた時よりもその驚きは小さいものだった。
有翼種に備わっているもう一つの特徴的な能力。それはアーラの目と呼ばれる対象を見抜く力である。
その目にかかれば魔法付呪品などはその魔法効果をハッキリと判別することが可能になる。その力は物に留まらずその時の人の能力であったり害意といった漠然とした物も見抜くことができ、その能力は他の人から見れば脅威でもあり、羨ましいものでもある。
だが、他種族との関係は大方良好で、有翼種に能力を見てもらい、自分が何を目指すかの指標にする者も多い。
なお、アカムもかつて見てもらったのだが、アーラの目をもってしても正確に見抜けないほどの魔力回復力があるというお墨付きをもらっている。
そんな害意も見抜く力を持つオリビアであるが、この少女、アカムと初めて出会ったときに気絶していたりする。
あろうことか、害意など関係なく顔が怖くて気絶したと目が覚めた後冷静になったオリビアに告げられたアカムはなんとも言えない気分になり、酷く疲れを感じていた。
なんだかんだで今ではそれなりに親しくなったが、親しくなったら親しくなったでやたら馴れ馴れしく鬱陶しい少女へと早変わりして、またもアカムを悩ませ始めたのである意味アカムの天敵であるかもしれない。
「うーんでもそれ以上は全くわかんないなあ。でも害はないっぽいよ!」
「まあ、実際助けられてるし害は……まあほとんどないのは分かってるよ」
アカムの右腕に少し首を傾げながらも問題がないことだけは見抜いたオリビアが再び笑みを浮かべ、アカムもその言葉に肯定しようとするが、少し思うところがあったのか微妙に言葉を変える。
「で、お前が来てるってことは配達か」
「そ! それに今日アカムっちの結婚記念日っしょ? イルミアさんの作るごちそうおいしいんだよねー」
「はあ……まあ、別にかまわんが人の結婚記念日とか普通は遠慮するもんじゃないのかね」
「馬鹿だなあ、アカムっちは。遠慮じゃお腹は膨れないんだよ?」
堂々とした様子で記念日のごちそうにありつこうとするオリビアに溜息を吐きながらアカムが一応反論するが、彼女にその程度の反論が通用するはずがなかった。
そもそも、アカムが別に反対しているわけではないことなどオリビアにはその目ですでに見抜かれているのだ。アカムの反論は口だけでしかないことは彼女にバレバレであった。
「でも残念。まだいくつか配達先が残ってるんだよね。あ、これお手紙ね。また後でくるよ!」
「へいへい」
そう言って、肩にかけていた袋から手紙を取り出したオリビアはそれをアカムに渡しながら翼を羽ばたかせる。
アカムも軽く手を振りつつその手紙を受け取って、空へと飛んでいったオリビアを見上げ見送った。
オリビアの仕事は飛行能力を活かした配達人だ。これは彼女が変わっているということも無く有翼種の人には珍しくない仕事であった。
まあ、どうせ夕方には来るだろうなと、アカムはもう姿の見えなくなったオリビアのことは一旦頭から外して手元の手紙に視線を移す。
「糞親父からか……」
差出人の名を見て若干暗い表情になるアカムだったが、すぐに手紙を開け、中を確認し、細かい字がびっしりと書かれているのを確認して目を細める。
とりあえず家の中でゆっくり読むかと一旦手紙をしまい、家の中へと入って装備を壁にかけておく。
それから改めて手紙の内容を確認し始める。
細かい字で長々と書いてあったが、その内容は父と母は毎日仲良しでラブラブで熱々なんだというどうでもいい報告が大半を占めていて、一行分だけ使って弟達も元気であるという報告があり、最後にアカムが元気でやっているかを確認するような内容だった。
といってもその文が「追伸、お前は元気か?」というおまけ程度の扱いであることになにか納得いかない物を感じつつアカムは口を開く。
「字細かすぎ! 長すぎ! しかもその内容全部くだらねえじゃねえか! あの糞親父め!」
『やあ、アカム、お前が家を飛び出してからもう十年。俺たちはお前のことが心配で、心配で毎日夜はベッドで大盛り上がりさ。いや、どうしてくれるんだ? さすがにお前ももう弟や妹はいらんだろうとは思うのだが、もしかしたら近々そういった報告があるかも――――』
「やめろ」
叫んだアカムに、それまで黙っていたアイシスが突然ダンディーな声でその手紙の内容を一部復唱し始めた。その声は何をどうして知ったのかアカムが覚えている父親の声そのままで、しかも話し方までそっくりで話すのでアカムは聞くに堪えないと首を振り、復唱をやめさせる。
「手紙も安いもんじゃないだろうにこんな内容で寄越すなよなったく……」
『ですが、いい父親ではないでしょうか? そんな特別な内容でもないことにお金を出しても伝えたいと、会話したいということなのでしょう』
「いやいや、それはねーな。絶対ねーわ。絶対ただの嫌がらせだぜこれは」
アイシスの言葉にもアカムはそれを全否定しつつ、手紙を綺麗に折り畳み、棚を開け、そこに放る。
その棚には今放ったばかりの手紙と同じようなものがたくさん入っている。
それから今度は別の棚を開け、中から幾分上等な紙とペンを取り出して机に置くとアカムはそれに何かしら書き始めていく。
その字はアカムの父親の手紙と同じくらい細かい字だった。
『……マスターも不器用ですね』
「そんなんじゃねえよ。貰った以上は返すのがだな」
『マスター。男の、それもマスターのような悪人面で照れ隠しされても気持ち悪いです』
「糞システムがっ!」
『アイシスです』
その様子を見て、アイシスが茶々を入れ、アカムが言い訳のような事を言うのだが、それをバッサリとアイシスは切り捨てた。
相変わらずの毒舌にアカムは忌々しげにするが、アイシスは平然とそれを流す。
迷宮で少し、気まずい空気が流れていた二人だったが今ではそんな空気も一切なく、アカムも文句を言いながらもどこか笑みを浮かべていて楽しそうだった。
それから三時間ほどかけて手紙を書き終えたアカムが大きく伸びをしていると、扉が開けられる音がする。
「ただいま」
「お、おじゃましまーす……」
どうやらイルミアが帰ってきたらしい。おまけにオリビアも途中で合流したのか少し苦しそうな声が聞こえる。
書いた手紙を折り畳むとアカムはそれを持って立ち上がり、二人を迎えるために玄関の方へと足を進める。
そこには柔らかい笑顔でこちらを見るイルミアと、大量の食材を持たされているオリビアの姿があった。
「タダでごちそう振る舞うのもねえ?」
「そうだな」
「ちょ、ちょっとー! もう腕限界なんですけど! アカムっち助けて!」
「断る」
イルミアの言葉になるほどと納得したアカムはオリビアからの救援要請を断ると奥へと引っ込んでいった。
イルミアもアカムの後を追って部屋へと消えて行ってしまったためオリビアも慌てて追いかける。
オリビアは台所まで食材を運ぶ任務を無事達成したのだった。