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2話 機械因子

 掴み上げたそれは魔石ほどの大きさの黒い球。

 何の変哲もない、ともすればただの金属の塊にしか見えないそれを眺め、アカムは後悔の念が込み上げてきて知らず知らずのうちに涙を流す。

 もちろん異界迷宮から出てきたものなのだから未知の金属である可能性は高く、売ればそれなりに高く売れるだろう。

 だが、右腕を失ったアカムからすれば魔石と同じぐらいの大きさの金属の塊などちっぽけな物にしか見えなかった。

 力いっぱい握って投げようとするがそれも馬鹿らしくなって途中でやめる。

 すでに血を大量に失っていたことと、どうしようもない精神的なショックからアカムは膝から崩れ落ちる。

 アカム自身の血で汚れた左手には黒い球が握られたままだ。

 だからこそアカムは、黒い球にその血が吸いこまれているということに気づけなかった。


『一定量の血液を確認……システムを起動します』


 ふと平坦な声が聞こえ、アカムは反射的に剣を構えようと動く。

 だが反射的に力を入れようとしたのは右腕でありそれによって傷口が刺激され痛みに顔を歪める結果となった。

 何とか痛みに耐えつつ周囲を確認するが周りは草原が広がるばかりで何もない。

 幻聴だろうかとアカムは思う。

 だが、その幻聴らしき声のおかげで思考を取り戻したアカムはとにかく地上に戻ろうと立とうとする。

 その際に左手の黒い球を一旦しまうため手の平を開くと黒い球が浮かび上がった。


「なっ!?」

『マスターを登録……完了。個体名アカム・デボルテがマスターに登録されました』


 驚くアカムをよそに平坦な声は勝手に話を進めていく。

 もはや何がなんだか分からぬアカムは呆然とするほかなかった。


『マスターの状態スキャンを開始……マスターに他の因子は無し、右腕部に大きな損傷確認』

「スキャン……? うわっなんだ!? ……何ともない……のか?」


 その声の言うよくわからない単語に首を傾げ、続いて発せられた謎の光に慌てるも何ともないことを確認してまた首を傾げるアカム。

 なにもかもわけが分からず混乱するばかりだったが、なんとなく害意を感じないからからか、はたまた頭が回っていないだけか、とにかく今のアカムに逃げるという選択肢は浮かんでこなかった。


『初回導入は右腕部を強制選択。変換を開始します』

「ッ!? これは!?」


 そう平坦な声が宣言すると黒い球が形を変えていく。どう見ても黒い球の体積以上のものに変形していくさまをみてアカムは驚くがそれ以上に変化した形状に目を見開く。

 それはまるで人の右腕のようだったからだ。


『変換完了。続いて接続を開始します』

「接続って……ッ!? なにをする気だ!?」


 腕の形をしたソレから突然光の束が射出され、アカムの身体に当たる。

 するとそれは光の輪となってアカムの身体の各部を固定し動けなくしてしまった。

 突如拘束されたアカムは慌てて逃げようとするがそれも叶わず腕の形をしたソレの肩部のような部分が自分の右肩へと近づいてくるのをみて声を荒げる。


『接続開始』

「っ!? ああああああああああああ!!!!!!?」


 何かが強引に右肩の肉を突き破る感覚がするとともに一部の骨が削られていく。

 それは叫ばずにはいられないほどの激痛でアカムは無意識に体を動かそうとするが、光の輪による拘束は強靭でびくともしない。

 ただただ絶叫をあげるしか今のアカムにはできなかった。


『接続完了しました。続いて第二段階へ移行。魔力炉……確認……接続します』

「ま、まて……うっ!?」


 接続が完了する頃には痛みもだいぶ和らぎ、また痛みによって思考が戻ってきたアカムはおぼろげながらも声が自らの腕の代わりになろうとしているのだとは理解し始めていた。

 だが、こちらの様子を一切考慮せずに進められるそれは苦痛以外の何物でもなく、魔力炉に接続などという聞き覚えはなくとも不穏な言葉を聞いたアカムはその声に待ってもらうように提言するが、無情にもその声を無視したソレから何かが伸びて体内を進んでいく。

 どうやら実体のあるものではないのか痛みは無かったが、確実に何かが体の中心、腹の方へと潜り進んでいる感覚がはっきりと感じられ、それがどうにもこうにもアカムには気持ち悪く感じられた。

 だが、気持ち悪いといっても背筋がゾワッとなって鳥肌が立つ程度のものでしかなくそのことにホッと安心するのだが、それも束の間のことだった。


『魔力炉接続完了――――素晴らしい出力です!』

「うぇ!? うぷ……オエェエエエェ……ッ!」


 平坦だった声が心なし喜んでいるような声で接続完了を告げると同時に自身の魔力が強制的に尋常ではない量を吸い取られる感覚に未だかつて味わったことのないほどの気持ち悪さを感じ、思わず吐いてしまう。

 吸い取られた魔力はある理由からほぼタイムラグなく全回復されるのだが、だからこそアカムはしばらく魔力を吸い取られる苦しみを味わい続けた。

 やがて体がそれに慣れたのか嘔吐感も無くなり息を荒げながらも生活魔法で水を作ってごくごくと勢いよく飲んで何とか一息ついた。

 この間も最初の時と同じ勢いで吸い取られ続けているのだがもはやアカムに気持ちわるそうな様子は見えない。


『システムチェック開始……異常なし、エネルギー供給率……100%維持。動作チェック……マスター、腕を動かしてみてください』

「動かせつったって……うお!?」


 だいぶ落ち着いたところに何やら平坦な声が動かせと言っているのを聞いてアカムは眉を顰める。

 アカムにはその方法など分からないしそもそも自分の腕ではないのだから動かせるのかと疑問に思うばかりだった。

 それでもここまで来たら従うしかないだろうと腕を失う前のように右腕を動かそうとする。

 すると、相変わらず右腕の感覚はないのだが黒い金属のようなものでできた右腕が思った通りに動くのを確認して驚きの声をあげる。


『感覚器官に不具合を確認……修正完了』

「お? おお!」


 感覚がないというアカムの思いを読んだのか、平坦な声の主が感覚器官を修正するとアカムは再び驚きの声をあげる。

 まるで失う前の右腕の如くそこに右腕があるような感覚がはっきりと感じられるようになった。

 失った腕が戻ってきた。そう感じて嬉しくなったアカムは思わず頬を緩ませ嬉し涙を流す。


『動作チェック完了――全て異常なし。続いて第三段階へ移行……マスターの記憶を読取……当該システムに関する知識無し。基礎知識をインストールします』

「は? 待て、待て! もう十分だろ? 腕の代わりとしてはこれ以上望まねえ――――――ッ!!!!」


 声をあげるどころではない頭痛にアカムはその場でただただ硬直する。

 まったく知らない知識が強引に埋め込まれその負荷がアカムの脳をショート寸前のところまで痛めつけているのだ。

 アカムにとっては、それは十分にも一時間にも感じられることだったのだが実際には一分程度のことだった。


『インストール完了。第三段階のすべてを完了しました。ご質問は、マスター?』

「ハァ……ハァ……これ無理やりする必要があったか?」

『これといって特にございません。が、道具を使うならその使い方を知らなければならない。違いますか?』

「クソが」

『お褒めに与り光栄に思います』


 何をどうしたら褒めたことになるのかとアカムは別の意味で頭痛がするが気にしないことにした。

 もはや理解の範疇を超えていていちいち反応する気力もない。

 これ以上質問してもまた頭が痛くなりそうな気がして気が滅入るのだが、どうしても聞かねばならないことがあったためアカムは再度質問する。


「そういえばこの腕とかお前はなんなんだ」


『マスターの右腕となったこの機械の腕は魔導機械の技術の全てをつぎ込まれた「機械因子オートファクター」と呼ばれるもの。そして私はそれに搭載された補助のための擬似人格。ただのAIシステムです』


「オートファクター? エーアイシステム?」

『はい』


 アカムはエーアイシステムとやらの言う言葉を頭の中で反芻する。

 基礎知識を埋め込まれたとはいえ知っているのと理解しているのとは全く違う。そのため即座に理解はできなかったがしばらくして概ねのことを理解した。


「あーそのエーアイシステム……めんどくせえな。アイシスでいいか。とにかくこの機械の義手を扱うために必要なことはこれで終わったんだよな?」

『アイシス? それはなんでしょうか?』

「お前の名前だよ。エーアイシステムだから略してアイシス。その方が呼びやすい」

『アイシス……アイシス……了解しました。今から私はアイシスです』

「ああ、で、さっきの質問の答えは?」

『その質問に答える前にお聞きします。今知りたいことはそれで全てですか?』


 アカムはエーアイシステムなどと呼ぶのは長すぎて煩わしいと感じて適当な名をつけた。

 声は何のことか分からなかったようだが説明すればそれを理解して、その名を受け入れて、これから自らのことをアイシスと名乗ることにした。

 そしてアカムは質問というか確認を取ったのだがそれに対するアイシスの返答はそれで質問は終わりかというものだ。

 聞きたいことがないかといえばそうではないのだが、どれも今聞かなければならないことではなくそれならばさっさと終わらせて地上に帰りたいと考えその問いにアカムは肯定した。


『分かりました。では質問の答えですが……最終段階へ移行――メディカルチェック開始――機械因子オートファクターの性能に対して肉体に耐久性の問題有り――補完開始』

「ちょ、ま……あぁああああアアッ――!?!?」


 アイシスは無情にもまだ終わっていないことを行動によって示した。

 それを聞いたアカムは冷や汗をかきながらそれを中断させようとするがどうすることもできず体の内側から焼かれるような苦しみを味わう羽目になった。


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