18話 二人の出会い
※本日2話目
六年前の異界迷宮十五階層。
当時はまだ冒険者であったイルミアはその階層にいた。
年は十七と若い女性でありながらも力で敵を薙ぎ払う彼女の戦いは毎度毎度のことながら豪快の一言である。
ある程度の才能と力に恵まれていた彼女は順調に迷宮を攻略してこの階層までやってきていつも通りに魔物を狩っていた。
だが、順調に狩っていたところに現れたソレによってイルミアは窮地に立たされていた。
「ったく……なんなのよ、こいつは……」
息を荒げながら目の前のソレを睨みつつ、剣を向けて威嚇しているイルミアがそうぼやく。
目の前にいるのはオークと呼ばれる豚や猪のような顔をした人型の魔物だ。
通常のオークであれば例え三体同時にかかられてもイルミアには何とかできる自信があった。
だが、目の前のオークはたった一体であるが、通常のオークよりも大きく筋骨隆々としており、手には巨大な包丁にも見える大剣を持っていた。
相手を先に捕捉したのはイルミアだったのだが彼女は、自分の力であればいけると正面から向かっていったのだが、イルミアの攻撃は尽く防がれ、オークの攻撃は一撃、一撃が凄まじい威力のもので、それを何とか身体強化を駆使して躱していた彼女の精神と体力は激しく消耗していった。
肩を上下させながら苦々しい顔で睨むイルミアの前には、仕留めようと思えばいつでも仕留められるだろうにこちらを観察するように見ているオークの姿があってその姿にイルミアは怒りを感じる。
怒りを感じても目の前のオークに自分の攻撃が通じないことは痛いほど分かっている。
かといって、逃げようにも体力も魔力も失いすぎていてそれも不可能な状況で、イルミアは死を覚悟し始めていた。
それでも最後まで抗うと長剣を握る手に力を込めてぎりぎり残っている魔力を掻き集めて身体強化して踏み込む。
剣を振り、防がれて、オークの反撃を躱してまた剣を振る。
そのオークはまるで自らの力を計るかのように、繰り返される剣戟を続けていた。その気になれば即座にイルミアを殺すことができるというのに。
そのことにイルミアは悔しさを感じつつ渾身の力を込めて剣を振り下ろそうと深く踏み込もうとする。
だが、その一撃は踏み込もうとした足が動かなかったことで不発に終わる。
もはや自分の意思では言うことを効かないその足をちらりと見てイルミアは完全に諦め、腕をだらりとおろし、その場にボーっと立つ。
目の前のオークもそれを確認したのか、ゆっくりと手に持った剣を持ち上げる。
戦っている間ずっと感じていたことだったが目の前のオークは本能で殺しにかかってくるというよりも戦いそのものを楽しみ、こちらに一定の敬意を払っているように感じられた。
こうして自分にとどめを刺そうとするオークの目にもやはり嘲るような色は全く感じられず、不思議なことに殺されるというのに恨みや未練といった感情は湧き上がってこなかった。
別にもう死んでもいいと思ったわけではなく、当然生きたいとは思っているのだが、それでも仕方ないと思ってしまう自分もいることをイルミアは認識していた。
だから、死の淵に立ったせいか時間が引き延ばされゆっくりと動く目の前の光景をイルミアは目を見開いて見続けた。
そして、ついにオークの大剣が振り下ろされようとした時に、イルミアの身体は後ろへと引っ張られ、時間は元の速度を取り戻す。
「えっ?」
突然のことに思わず声を漏らすイルミアの目に入ってきたのは暗い赤髪の男の後ろ姿だった。
その男はイルミアを後ろに引き倒しつつ、オークの振り下ろす大剣を防ごうと手に持っていた何の変哲もない普通の長剣を横に構えていた。
当然のことながら分厚く重い大剣を筋骨隆々なオークが振り下ろしたものを防ぐにはその長剣は脆すぎて、一瞬甲高い金属音を立てて受け止めたかと思えば剣は砕けて大剣は振り切られた。
ただ、それによって一瞬男の身体が後ろに弾かれたからか、オークの大剣は男の左頬を斬るだけにとどまった。
「あんたは……」
「おう、悪いが横から邪魔するぞ。後、剣借りるわ」
未だ混乱の中、そのまま尻餅をついたイルミアが呟くが男は何でもないかのように軽い調子でそう言ってイルミアの剣を彼女の手から取り上げた。
そして男がオークへと向き直った姿を見たところでイルミアの魔力が底をつき、意識を失ってしまった。
イルミアが目を覚ましたのはそれから十分後のこと。
魔力がわずかではあるが回復したことで、何とか意識を保っていられるようになったのである。
そんな彼女の耳に入ってきたのは空気を切る音や地面を砕くといった戦闘音。
「そうだ! って……あの人は……?」
その音に何があったのかを思い出し、身体を起こしたイルミアは先ほどまで自分が戦っていたオークと戦いを繰り広げる暗い赤髪の男の姿があった。
オークの方は浅いものばかりではあるが体中に斬られた痕が見られるが男の方には左頬に大きく傷があること以外には傷を受けていないようだった。
オークの攻撃は全て躱されていて、隙をついて男が剣を振ってオークの身体を浅く斬っていったのだろう。
その動きはおそらく身体強化してのことだろうとイルミアは推測し、少し集中して男の様子を伺えばやはり身体強化を使っていることが分かる。それも回避する瞬間などではなく常時かけているようだった。
それを確認したイルミアは、このままいけば最終的にオークを倒すことができるかもしれないが、それよりも先に魔力が尽きてしまうのではないかと心配になり、少しでも加勢できればと立ち上がろうとする。
その時、男がチラリと視線をイルミアに向けるとニカッと明るい笑みを浮かべる。その表情には悲壮感もなにもなく安心感が感じられ、それを見たイルミアは思わず立ち上がるのをやめて座りこんでしまう。
その間にもオークは苛烈な攻撃を仕掛けているがそのすべてが男に掠ることも無く空振り、地面を打つ。
相変わらず男は身体強化を常時発動したままでオークの攻撃を躱し、代わりにオークの身体に傷を増やす。
そんな戦いが二十分も続いたところで最後にはオークの体力が尽きたのか、膝をつく。イルミアはその間呆然とオークと男の戦闘を見守るばかりだった。
「……終わりか」
「……」
男は膝をついたオークを見て、剣を向けながらもそう呟くが、オークは何も語らない。だが、その顔にはどこか満足したような笑みが浮かんでいた。
それを確認した男は構えを解いてゆっくりとオークに近づいていく。
普通に考えれば自殺行為であるが、目の前まで近づいてもオークは動かない。
ただ肩を上下させながら男を見上げるようにしてみるばかりだった。
男はゆったりとした動作で剣を振り上げていく。それは気を失う前にイルミアの前で行ったオークの行動とひどく似ているものだった。
違うのはイルミアの時は男が介入して助けられたが、オークの場合には何の介入も無かったということだろう。
「楽しかったぜ」
男が最後にそう言って流れるような剣捌きで横一閃に剣を振り、オークの首を斬り飛ばす。
オークの身体は消えていき、そして最後には通常の魔石よりも一回りも二回りも大きいものが転がっていた。
それを拾った男が呆然としていたイルミアのもとまで歩いてくると再び明るい笑顔を浮かべて話しかけてくる。
「よう、獲物奪って悪かったな。剣も勝手に借りちまったしな」
「え……? あ、いや……おかげで助かったわ。ありがとう……」
さっきのことなど大したことではなく、悪いことをしたとばかりに本当に申し訳なさそうな様子で男がそう言って長剣を返してくるが、呆然としていたイルミアはその言葉を聞いて慌ててその言葉に首を振り、礼の言葉を述べる。
ならよかったと男はまた笑って手を差し出してきた。
「立てるか?」
「あ、ありがと……」
男の手を握ると引っ張り上げられてふらつきながらも立ったイルミアは礼を言いながら男の姿を改めて確認する。
頬の傷以外にはどこも傷ついた様子はなく、あれほどの戦闘を終えたにもかかわらずその姿は小奇麗なものだった。
「あんた……名前は?」
「ああ、俺はアカムだ。アカム・デボルテ。そっちは?」
「私はイルミアよ。今回は本当に助かったわ。ありがとう」
イルミアが男の名を尋ねればすぐに男はすぐに答え、聞き返す。
それにイルミアも自分の名前を告げると共に再度礼を言った。
「気にするなよ。たまたま通りがかっただけだしな」
そんなイルミアにアカムは笑ってそう言って肩を竦めた。
釣られてイルミアも笑みを浮かべればそれを見たアカムが驚いたように目を見開く。
「おお、イルミアはあれだな。笑うとすっげえ美人なんだな」
「び……」
突然アカムにそういわれたイルミアは言葉を詰まらせ頬を赤く染める。
イルミア自信頬が熱くなっていることを自覚し、自分の柄でもない反応に戸惑いつつ、胸に湧き上がる想いに気づく。
イルミアが胸中で様々な想いを巡らせている中、アカムはイルミアの手を引き、帰還石版のところまで連れていき、二人ともども地上へと帰還した。
それから、二人はちょくちょく一緒に夕食を取るなどして一緒にいることが多くなっていった。
そして、一年後。
二人は結婚し、アカムはそのまま冒険者として、イルミアはギルド職員として働き始めていた。
どちらから想いを告げたのかは二人だけが知ることである。