17話 クズと子分
転移部屋に戻ってきたアカムは大鉈を鞘に仕舞い背中に背負って外へと出た。
腰に吊るされた魔石を入れるための袋はまだ満杯ではなく、半分ほどしか入っていないのは、三十一階層まで行ったはいいが疲れから探索を諦めたからだ。
そのため、転移部屋から出てきたときも太陽はほとんど真上にあって、真っ昼間であることを、時計を見るまでもなくアカムは理解した。
「あー、かなり疲れたと感じてたんだがまだ昼か……」
太陽が真上から刺すのを感じて思わずアカムはそう零す。それを認識したからか酷い空腹感も感じ始めて、腹はぐうぐうとなり始める。
とりあえず空腹を紛らわすためにアカムは腰に吊るされた、魔石ではなく別の物が入っている小袋から何か丸薬のようなものを取り出してガリガリと噛み砕いて呑み込む。
「相変わらずまずいな」
顔を顰めながらつぶやき、《ウォーター》で水を作ってがぶ飲みする。
アカムが先ほど呑み込んだものは冒険者の必需品でもある携帯食で、その名も超高濃度高圧縮栄養剤と呼ばれるもので一粒が指先ほどの大きさだが、その一粒で大体の冒険者の腹を満たし、十分なエネルギーを得られるというもので、昼を迷宮の中で過ごすことの多い冒険者にはとても役立つものである。
ただし、味はとてもおいしいと言えるものではない。むしろ当然のように不味い。糞不味い。文字通り糞みたいに不味いのである。
かといってそのまま呑み込むとうまく吸収されず無駄になるために噛み砕くことは必須となっているので冒険者の誰もが持っているが、皆、嫌々口にしているものである。
そんな便利で不味い丸薬を食べたアカムだが、彼はこの後昼飯を取ろうと考えている。アカムにとってはその便利な丸薬も一粒では全く足りず、普段なら十粒は食べる。それでも彼の腹が満たされるわけではないというのだからアカムの燃費は相当悪いと言えるだろう。
そんなわけでアカムはひとまずギルドへと向かう。
魔石を換金する目的もあるが、時間もちょうどいいのでイルミアを昼飯に誘おうという算段であった。
そしてギルドの扉を開けたアカムの視界に入ってきたのは困り顔をしているギルド受付の人たち、そしてゴミでも見るかのように冷たい目をしたイルミアと、その冷たい視線を浴びながら土下座している褐色肌の男の姿だった。
「なんだ……これ……?」
「っ! アカムの旦那ァ! 昨日はホンットーに申し訳ありませんした! このケルタス・ランドル、異界迷宮にきて舞い上がっちまって……ほんっとに恥ずかしいかぎりで……これはもう一生の恥と胸の奥に刻み付けやした! 自分、ほんと馬鹿で……ご迷惑おかけしてホントすんません! アカムの旦那のおかげで目ぇ覚めました! でもってこんな自分なんてぶっ殺されても文句言えねえってのにお許しくださった旦那のことマジカッケーって思いやす! 超尊敬します! 恥を承知でお願いしやす! 自分を、旦那の子分にしてくれませんか!」
アカムが漏らした言葉に土下座男はハッとした様子で、跪いたまま体を反転して、向き合うと地面に頭を擦り付けるように深々と謝罪したかと思えば、突然語りだし、子分にしてくれと頼み込んできた。
もはや人格が定まらず、話している傍から口調も変わっていくその姿にアカムは引いていた。
チラッとイルミアの方を見れば、彼女もわけがわからないようで困惑した様子を見せつつ降参とばかりに両手を軽く上げている。
そんな反応にため息を吐きつつ視線を土下座男に戻すとアカムは疲れたような声で呟く。
「……誰だお前」
「昨日、姉御に失礼な物言いをしてアカムの旦那に目を覚ましてもらったケルタス・ランドルっす! ああ、いえ! こんな自分にそんな大層な名前を名乗る資格なんてありやせんした! クズ……そうクズです! 自分のことはクズと呼んでいただければ!」
そういうことじゃねえ、と言いそうになるのをアカムは堪えた。
悪い意味で印象に残っていたこのダークエルフの男についてははっきり覚えている。問題は人格が昨日みたものとはまるっきり違う点だ。
何がどうなったらこんなふうに壊れるのかとこめかみに手を当ててもみほぐす。
《この男、気持ち悪いですね》
「っ……あー、ええと? ケルタス? だっけか」
「クズ、ッス」
アイシスの言葉に笑いそうになるのを堪え、話を進めるためにアカムが名前を呼べば、すかさず訂正を入れてくるケルタス。
その言葉に思わずアカムも数秒黙り込みケルタスを怪訝な目で見るがケルタスの目は絶対に譲れないと訴えていた。
「……クズ、俺は子分などいらんし欲しいと思ってもお前は無い。絶対に」
「そんっ……! そうですか……当然っすよね……」
「まあ、その態度に免じて昨日のことは許してやる。精々、他の人の迷惑にならんよう真面目にやるんだな」
「っ! おお、旦那のありがたい言葉、自分確かに覚えました! 旦那の示してくれた道を自分は迷わず進みやす!」
仕方なく、希望通りに呼び、子分などいらんとはっきり言えば、しょんぼりした様子で肩を落とす。
それはともかくもはやアカムの中からケルタスに対する悪印象はどこかへと吹っ飛んでいたので、色々許すことにした。悪印象はなくなったが、今度は激しく気持ち悪いなと感じて絶対に関わりたくないという思いが芽生えていたが。
「それでは、本当にすいませんっした! 自分はこの辺で失礼しやっす! そして贖罪のため自分の力の全てを尽くして街の人たちの手助けをしてきやす!」
最後に、もう一度深々と地面に頭突きして謝罪してから立ち上がるとギルドから出ていき、街中へと走り去っていった。
「……俺は別に悪くねえよな?」
その背中を気持ち悪いものを見るような目で見つつも、アカムはギルドの中にいた人にそう確認すれば皆、首を縦に振っていた。
それから大きくため息を吐くとアカムはイルミアのところまで行き、魔石を並べる。
「今日は魔石少ないのね……三十階層?」
「まあな。ああ、早めに帰ってきたのは危なかったからとかじゃなくて、なんか疲れたからで、戦闘そのものは楽なもんだったぞ。何のせいで疲れたのかはまあ、察してくれ」
魔石を鑑定してそれが三十階層のものであろうと分かったためか眉を顰めてイルミアがアカムを見るが、アカムは肩をすくめながら危険はなかったのだと説明する。
早かったのはただ疲れていたから、と右腕を軽く小突きながらアカムがそういえばイルミアのなるほどと納得したようで表情を緩める。
「問題がないのならいいのよ。……っと価額はこんなもんね。いつも通り預けておくわ」
「おうおう、んでさそろそろイルミアも昼休憩だろ? どっか一緒に食べに行かないか?」
「そうね……行きましょう。十分程待ってちょうだい」
問題がないと分かればすぐに買い取り価額をみせ、いつも通りギルドへの預金として処理をするイルミアに、アカムは本来ギルドに来た目的を果たそうとイルミアを食事に誘う。
その誘いにイルミアはチラッと仕事仲間の方を見れば行って来いとばかりに親指をあげて笑っているのを確認して、了承する。
それからぴったり十分後、イルミアも昼休憩に入ったので二人そろってギルドから出ていった。
まだ昼休憩でないか、先に昼休憩を取っていたなどでギルドの受付に経ったまま、その二人の背中を見て相変わらず仲が良いなと苦笑を浮かべていた。
それぞれ「潔癖」と「鉄拳」という二つ名で知られている二人で、あまり詳しくは知らない住人からは畏怖される存在だが、仕事柄彼らの人柄を知る機会の多いギルド職員達からすれば二人は仲睦まじい夫婦であり、微笑ましい人たちである。
せめて糖度をもう少し控えて欲しいと思うのはギルドの職員全員の願いであったが、その願いが成就されることはまずないだろう。
ギルドを出たアカムとイルミアは揃って近場の食堂へと足を運んでいた。
ギルドの近くということで荒くれ者の冒険者も利用することが多いこともあって、二人の二つ名に無駄に怯えられることのない数少ない店の一つである。
その店で二人は山盛りに並べられた料理を食べながら話し込んでいた。
「魔力が空っぽか……私も昔あったけどそりゃあきついわね」
「だろ? 俺の場合魔力が無くなるなんてこと自体ほぼ有り得なかったわけで、耐性がほとんどねえからな」
「まあ、普通は空になった時点で気絶するものだからそんな吐き気は味わったことはないけど」
話の内容は当然、今日迷宮で起きたことについてである。
そして魔力を空っぽにされた話をすればイルミアも、そりゃあきついと同情する。
だが、さらに付け加えられた情報にアカムは固まる。
「え? 気絶すんのか?」
「ええ、少なくとも私は気絶したでしょう?」
「したでしょう……ってまるで俺も見たことがあるみたいに……ってあのときか?」
「そ、あの時よ」
アカムが確認を取れば間違いないとイルミアは頷いた。
二人が言うあの時というのは六年前、イルミアがまだ冒険者で二人がまだ夫婦ではなく知り合いですらなかった時の話。
二人が初めて出会った時の話である。
なんだこいつって書いてる途中ずっと思ってました。