15話 大破壊
翌日、アカムは朝早くに家をでて、武器屋に来ていた。
「よう、受け取りに来たが大丈夫か?」
「おはようございます。こちらに用意してあります。革の鞘も付けておきました。大鉈の方は一応背負えるようにしてありますが、迷宮に入られる前に転移部屋で抜いてそのまま部屋に置いておくことをおすすめします。背負った状態からすぐに抜けるようにはできていませんので」
無事、受け渡す準備はできていた様で、まとめて置かれていたそれらをアカムは手に持つ。
短剣の方は普通のものなのでそのままベルトの間に刺して固定していた。
店員の説明を聞き、大鉈に付けられた鞘を見れば鞘の片側が完全に開いていて、刃を覆うように被せた後に留め具で固定するようにできていた。
「こいつはありがたい。この大鉈を持って街中歩くのはあぶないからな」
アカムはそう言って、さっそく鞘に入った大鉈を背負う。
少し調整して不安定に揺れないようにし、問題がないことを確認したアカムはそのまま武器屋をでて迷宮へと向かった。
この日アカムがやってきたのは以前潜っていた階層よりも深い三十階層である。
周囲は木が密集している深い森となっているが、アカム立っている場所から前後にはアカムと同じ体格の人間が三人横に並んでも十分に動けるほどの広い道が伸びている。
迷宮では各階層の中心に次階層へ繋がる石版があり、次の階層に行くことができ、辿りついたことがある階層であれば転移部屋から転移することが可能である。
アカムは普段は二十四階層で狩りをしていたが、数が多い相手を避けたりしながら階層を進め三十階層までは進んでいたのである。
「さて、以前でも一対一なら問題はなかったが複数相手に対応できるかね」
『機械因子の力の前に障害などありえません』
「いくらこの腕が強くても他に意識が向いてるときに不意をうたれれば簡単に死んじまうっての」
手に持った大鉈を軽く振りながらつぶやいたアカムの言葉に即座にアイシスが言葉をかぶせてきた。
どうやら機械因子の力を過小評価されていると感じたようだった。だが、アカムはその言葉に苦笑しながらも絶対ではないと首を振る。
右腕以外は所詮生身なのだからアカムが対応できなければ死ぬことに変わりはないのだ。
気を引き締めつつ、アカムは森の中の道を歩き始めた。
『木が壁となった迷路のようなもののようですね。それにしては森の中に敵性反応を多く確認できますが』
「ああ、実際、森林迷路エリアって呼ばれてるからな。こうして道を歩いてると森の中から魔物が道に出てきたり奇襲仕掛けてきたりするんだ」
アイシスが周囲の様子を確認しながら疑問を口に出す。
そうして疑問を発言するのはデータを集め、解析するためだ。
暇つぶしにしていた会話からアイシスにとってはこの世界は異世界であるらしいことが判明していた。
アイシスがあらかじめ保持していたデータと、アカムから得られる情報や世界のあり方が明らかに自らの人格や機械因子が作られた世界とは違うものだったからだ。
それは異界迷宮が異世界と何かしらの理由によって繋がっていることの裏付けになり、迷宮を研究する学者が聞けば大盛り上がりするものであるがアカムにしてみればどうでもいい事である。
ともかく、ここが異世界であり、マスターであるアカムを補助するために必要な情報が不足している現状はアイシスにとって好ましいことではなく、一刻も早くその状態を脱するためにアイシスはこうして疑問を述べ、情報を収集しているのだった。
学習機能はともかく、意識的に必要な情報を考え集める様はとてもAIとは思えず話の切り出し方などにも人間味が溢れているが、それは今更なことであり、AIという概念をよくわかっていないアカムからすればそういうものだと納得しているのでそのことに疑問を持つものは誰もいない。
そんな感じに会話をしながら歩いていると左側の草陰から二体の狼が飛び出してきた。
当然、それは事前にアイシスによって知らされていたためにアカムは慌てることなく体全体を左側に捻り、右手に持つ大鉈で薙ぎ払う。
飛び掛かり空中にいたために二体の狼は躱すことができない――そもそも地上にいても反応できたのか疑問であるほどに速すぎるソレを受け、顔から胴にかけてバックリと両断されながら吹き飛ばされ木に叩きつけられた。
振るった大鉈は地面に刺すようにたたきつけたアカムは大鉈から手を離し、すぐに背後へと右手を向ける。
「方向は頼んだぞ」
『了解、ターゲットロック。射出』
右腕は肘の辺りから分離し、目の求まらぬ速さで反対側の草陰にいたソレの頭を掴んだ。
それからアカムは余裕を持って振り返りながらソレを持ち上げ、その正体を確認する。
「フォレストモンキーか。大方こちらが油断して魔石回収中に襲うつもりだったんだろうな」
「キィー!?」
それはアカムの腰ほどの大きさの枯葉のような体毛の猿であった。それなりに小柄であるが力持ちで握られでもしたらそのまま握りつぶされてしまうほどのものだ。
そして何より狡猾で賢く、相手が油断するまでじっと動かず油断した瞬間奇襲してくるそれなりに厄介な相手である。
「前はひどい目にあったが分かっていればどうってことない相手だったな」
『奇襲については今後問題になることはほとんどないでしょう』
「ほとんどなんだな」
『私の索敵能力を上回る隠密能力を持つ魔物がいないとも限りません。油断と慢心は死につながります。とはいえその可能性は万に一つ有るか無いかでしょう』
「キィ! キィ! キィ!」
呑気にそんな会話をしている二人だが、その間もフォレストモンキーは脱出しようと足掻き、甲高い鳴き声をあげていた。その鳴き声は毎回同じぐらいの音で、何度も何度も一定の間隔で鳴き声を上げ続けている。
『……マスター。トドメを刺してください。敵性反応……フォレストモンキーが八体ほど集まってきています』
「げっ、アイツの鳴き声はそれか!」
周りから敵が集まっているというアイシスの言葉に、顔を顰め、すぐさま掴んでいたフォレストモンキーの頭を握りつぶす。
それから右腕を戻しすぐさま大鉈を拾いあげ、声を荒げた。
「前と後ろどっちが多い!?」
『すべて前方からです』
「んじゃこっちか!」
アイシスに猿が来る方向を聞き、その反対方向へとアカムは走り出した。
それから少しして後ろの方から木が大きく揺れる音が多く聞こえてきて、すぐそこまで来ていることが分かった。
逃げ切ることはできないと地面を滑りながら振り向くとアカムとは少し離れた道上に四体の猿が降りてきた。
なぜ、と疑問に思うまでもなくその猿たちは一様に腕を振りかぶる。
「げっ!?」
それを見て咄嗟に横へ避けたアカムだったがそのうちの一つを右腕に受けた。
投げられたのはただの石だったが、感じた衝撃は相当なもので、アカムは後方に数歩分弾き飛ばされた。もし右腕でなければ骨は砕けていただろう。
だが、一応凌いだと思うのも束の間、左右の草陰から石が放り込まれ、四体の猿がそれを掴むのを目にする。
「他の四体は補充係か!」
どうやら延々と投げられることになると悟ったアカムは正拳突きのように真っ直ぐ右腕を前に伸ばした。
そして、手首から先をこれでもかと言うほど高速で回転させる。当然手には大鉈が握られているために大鉈も高速で回転する。
あまりにも速いせいで回っている大鉈は時折黒い影が見える程度にしか認識できず、それにより引き起こされた風圧は周囲の砂塵を激しく吹き飛ばし、猿共が投げる石も粉々に砕いて弾き飛ばした。
それどころか足元の地面が横一線に抉れ、左右の木々もボロボロに砕かれていく
その様子にフォレストモンキーも石を投げるのも忘れて固まっていた。
「なんだこりゃ!?」
アカムとしてはそれで石を防御できればと思いからの行動だったのだがその思わぬ結果に激しく動揺する。
『なるほど……さすがマスター、面白い思い付きですね。回転率さらに上昇、推進装置――起動。前腕部分離、射出します』
「うっぷ……なんか急に気持ち悪く……ってかこれ絶対やばいんじゃ……」
『発射』
アイシスがその行動で起きたことを観察し、それを補助するために動く。
それにより回転はさらに速くなり、周囲への被害は広がっていく。
同時にアカムは突然異常な気持ち悪さを感じながらも目の前の光景に冷や汗を流し、絶対碌でもないことになると直感したアカムは苦言を零すのだが、アイシスは構わず、高速で回転させながら前腕部を射出する。
それは馬が走る程度の速さで、腕と回転する大鉈が轟音をあげながら前方へ進んでいくと、それに沿って地面が、木々が、抉られ、砕かれ、粉々になっていく。
その砂塵でもはやアカムからは向こう側の様子など見えなかったが、ある程度までソレが進んだ時に砂塵が赤く染まった。
赤く染まってからもそのまま腕は進んで結局50m程、破壊の限りを尽くした辺りでようやくその動作は止まったのだが、その結果は酷いものである。
地面は深く抉れ、砕けた木などがなだれ込んでいて、道は10mぐらいの広さに拡げられている。
「は、はは……これはやべえだろ……」
動きを止めた腕がそのまま戻ってきて元通りに繋がるが、そのことに一切反応を見せず、ただ目の前の惨状にアカムは気持ち悪かったのも忘れて顔を引き攣らせ、呆然と呟いた。
※実際にこのようなことをすればあなたの身体の方が粉微塵になるのでよい子は絶対に真似しないでください。