14話 魔法付呪品
飾られていたもの。
それは刃渡りがアカムの腕ほどあり、刃幅もかなり広く作られている片刃の大きなもので、先端には刃のある内側に鋭く尖ったクチバシのような突起のある大鉈であった。
特徴的なのはそのすべてが黒鋼でできていて、柄になる部分も何かで覆われているわけではなく、黒鋼が剥き出しであるところだろう。
「こちらをですか? 確かにあなたの体格なら問題ないでしょうがまず軽く試してみることをおすすめしますよ」
そういって店員は裏から人を読んで大鉈を二人がかりで降ろすとカウンターの上に置く。
もちろん柄は剥き出しのままである。
「これは個人で柄を変えるために剥き出しなんだろ? 仮にでもいいからつけてくれないか」
剥き出しのその部分はそれなりに幅はあるが結構薄いため、アカムは柄は後でつけるのだろうと判断してそう言うのだが店員は困った様子を見せながら首を振る。
「いえ、こちらの大鉈、いかなる手段を用いても柄を付けられなくて……」
「は? ……ああ、呪い付きか。」
呪い付きとは異界迷宮ではなく、他の七つの迷宮から得られる魔法効果のついた物の一種である。
異界迷宮は異界の物を手に入れられるのに対し、他の七つの迷宮からは何かしらの魔法効果がついた武器や防具などを手に入れることができるのだが、その中には良性の魔法効果ではなく悪性の魔法効果を持つ物もあり、悪性の魔法効果がついているものを呪い付きと呼ぶのだ。
呪い付きは悪性効果がついている分、レアな良性効果もついていることも多いため全く使えないわけではないのだがやはり扱いづらいものである。
「で、これの場合はどんな効果なんだ?」
「はい、悪性効果が《柄無し》、良性効果が《不壊》ですね」
「また微妙な悪性効果だけど《不壊》付きってなら他にも買いたいって人もいただろ?」
《不壊》。
読んで字の如く壊れないというレアな魔法効果の中ではそれなりに有名であり、その壊れないという特性から常に安心して使えることから人気が高いものである。
そのため、あれだけ目立つように飾られていたのに今までずっと買い手がいなかったらしいことにアカムは少し疑問を持った。
「確かにいましたが、重量武器ですからね。これを柄も無く剥き出しの黒鋼を持って振れば普通は酷いことになりますよ。中には鋼鉄の篭手とか分厚い革の手袋とかを身に着けて持とうとした人もいますが、弾かれて持つことができなかったんです。もしかしたら巨人種の方なら問題ないかもしれませんがこれはベーシス迷宮から出た物ですから、巨人種の方には持ち手が細すぎるという問題がありますしそもそも彼らは武器を使いませんからね。」
だが、その疑問も聞き慣れたもののようで店員は苦笑しながらも売れ残っている理由をスラスラと教えてくれた。
ベーシス迷宮とはそのまま人間種が集まった国にある迷宮のことで、これが獣人種の国であればビースト迷宮と、存在する種族国の名に合わせて呼ばれている。
それはただ、その種族国にあるからという理由だけでなく、そこから手に入れることができる武器や道具が、存在する地域の種族に合わせた物しかでないという理由もあった。
この世界で迷宮が神に与えられたものと信じられている所以の一つである。
「つまり、これも一応は人間種向けの武器ということか……まあ、異常な頑強の持ち主なんていう特異体が現れないとも限らないから間違ってはいないのか?」
そういって一応納得したように頷く。
「それで、どうします? 試してみますか? それともやめておきます?」
そう言う店員であるがその顔には今回もダメだろうなという心の声が浮き出るようであった。
それに対し返事をすることなく無言で、とりあえず右手で握ろうとするとまるで拒むかのようにバチバチと電撃が走るが機械因子になんらダメージを与えていないようなので、アカムはそれを無視して柄を掴んだ。
掴んだ時に一際強く電撃が走ったがそれでも離さずにいると先ほどまでの抵抗はなんだったのかと思うほど何の反応もなくなった。そのまま、軽く持ち上げてみるが、やはり問題なく掴んでいられる。
もしかしたらとアカムは一度大鉈をカウンターに置いてからもう一度掴もうとすればやはり弾こうと電撃が走るので悪性効果が無くなったわけではないらしいことも確認した。
もし無くなっていても悪性効果である故に不都合はないが、その時は良性効果も消えている可能性があったために内心アカムは冷や汗をかいていた。
《機械因子に異常なし》
「どうやら問題ないようだな。是非、これを売ってくれ」
「へ? 問題ない……ですか? あ、いえ、よ、よろしいので? 後から返金はできませんが……」
そしてアイシスからも問題がないと保証されたため、アカムはこれを買うことにした。
店員は、素手であるのに篭手を身に着けた人と同じ反応を見せた大鉈に驚き、そしてそれを無視して平然と掴んだアカムに驚いて呆然としていたがアカムの言葉にようやく我に返った。
どう見ても問題だらけでしたがと言いたそうにしながらも、売り時を逃すなとばかりに少し慌てながらも最後の確認をしてくる店員に苦笑しつつ、間違いないと頷きながら、いくらになるのかと尋ねればこれまた慌てたように紙に書いて支払金額を提示してきた。
「随分安いな? この大鉈も魔法付呪品だろうに」
「それだけ売れ残っているわけでして……」
アカムは安いと言ったが通常の武器よりは遥かに高いものである。だが、アカムは日ごろ迷宮に潜り幾度かは宝箱も見つけて大きく稼いでいる。そして酒を浴びるほど飲むなどして浪費することも無かったために、アカムはそれなりの大金を持っていた。
それでも所有額からすれば少なくない金額になるのだが、そのあたりは先行投資と割り切っており気にもしておらず、ただ純粋に他の魔法付呪品と比べての発言である。
だから迷いなくその金額に了承し、ギルドに預けてある金から引き出すための書類にサインして店員に渡し、同時に自らのギルドカードを取り出して相手に見せる。
これは間違いなく当人によって行われた取引であることを確認するためのもので、店員はそのギルドカードに記された名前に目を見開いて驚いていた。「潔癖」の所業はここ異界都市では有名な話であるから。
それでもすぐに表情を取り繕い、その実、冷や汗をかきながらも店員はてきぱきと手続きを済ませた。
「んじゃ、……明日の朝って開いてるか?」
「はい、六時には」
「なら明日の朝受け取りにくる。それまでに支払いの確認を頼む」
受け取る日時を決め、契約書の写しを受け取ってからアカムは店をでた。その顔はいい買い物をしたとばかりに少しにやけていたのだが、残念なことに通りがかった人たちはアカムの邪笑を見て悲鳴をあげそうになっていた。
自宅へと帰り、そこでアイシスと適当に会話しながらアカムが寛いでいるとイルミアが帰ってきた。
「ただいま、すぐに何か作るわね」
「おかえり、何か手伝うか?」
「いえ、大丈夫よ」
帰ってくるとすぐに料理を始めるイルミアに声をかけるが手伝いはいらないと頼もしい返事が返ってくる。
そもそも、手伝うといっても料理のできないアカムが手伝えることはせいぜい皿を運ぶぐらいしかないので当然の返事ではあった。
イルミアの料理が机に所狭しとばかりに並べられ、二人一緒に席に着いたところで夕食を食べ始める。
「そういえば今日、武器屋の人が来たけどあれだけの金額、一体何を買ったのよ?」
「ああ、大鉈と短剣をな」
「それだけ? ああ、どちらかが魔法付呪品なのね」
食事中にイルミアがふとそんなことを言った。どうやらアカムが寄った武器屋の人は引き出し手続きをする時にイルミアに手続きを申し込んだらしい。
アカムがその問いに正直に何を買ったのか伝えれば今度は首を傾げすぐに納得した様子を見せるイルミアだったが、同時に、そうなると今度は安すぎることに疑問を抱き、そのまま口に出す。
「でもだとすれば今度は安すぎじゃない?」
「大鉈のほうなんだが呪い付きだったんだ」
「……ちゃんと使えるやつなんでしょうね?」
疑問に返ってきた答えにイルミアは睨むようにアカムを見ながらそう尋ねる。背後からは黒いオーラを幻視するかのような迫力を秘めたイルミアの表情だったが、アカムはそれに全く動じない。
「当然。《柄無し》っていう悪性効果でな文字通り柄が剥き出しの黒鋼なんだよ。で、重量武器だから普通のやつが握ると手を痛めるって代物なんだけど俺の場合これだからな。傷つくはずもないだろ」
『当然です。魔導機械技術の全てをつぎ込まれた機械因子の前にあの程度一切の問題がありません』
「な? ちなみに良性効果は《不壊》だから武器を買い替えることはもうないかもしれんな」
「そう、それならいいわ」
アカムが説明し、アイシスがそれを保証すればイルミアも納得したようで黒いオーラはきれいさっぱり消え去った。
出費はそれなりに大きなものだったがイルミアも元冒険者であるために装備にお金を使うことに理解があったためにその武器が扱えるというのなら文句はなかった。
「にしてもあんたが重量武器に短剣ねえ……」
「やっぱ意外かね」
「まあね。……でも考えてみたら、普通あんたみたいな体格ならそれなりに重い武器を選ぶのがほとんどだし、ところを少し長めの長剣を扱ってた前の方がおかしかったのね」
まあ、重い武器にもかかわらず片手で扱うというのはおかしな話だけどと付け加え苦笑するイルミア。
今までが少し長めの長剣を扱っていたのに突然重たい武器を扱うということに違和感を覚えているようだったが、少し考えると前の方がおかしかったという結論に達したらしい。
アカムも前の剣は確かに自分の体格からすれば細長い物であったと自覚していたために苦笑しながらも反論することは無かった。
「まあ、重量武器っつってもこの腕の力はすげえからな。片手でも今まで以上の速さで振れるだろうな」
「へえ……想像以上ね」
「それにこんなこともできるしな」
そう言ってアカムは右腕の擬態を解除すると共に肘から分離させて部屋の中を自由に動かして見せる。
突然、切り離される右腕にイルミアはギョッとしたが、すぐに気を取り直して面白そうなものを見るように、空を飛ぶ腕を視線で追っていた。
「その場から動かずに色々取れて便利そうね」
普通の人にはあり得ない動作を見て、最初にでた感想がそんな言葉であることを考えればイルミアの肝のすわり方は相当なものである。
アカムとしてはもう少し驚いてくれた方が面白いのにと思う反面、こういうのを見せられてもほとんど動じずにいてくれるイルミアに安心していた。
それから腕を元に戻し、イルミアが作ってくれた料理を欠片も残さないとばかりに口の中へと放り込んでいく。
どこか嬉しそうに食べるアカムの姿を見ながら、イルミアも負けじと食べていく。
そのイルミアの顔にも嬉しそうな表情が浮かんでいた。