13話 潔癖
ウルグと別れたアカムは冒険者ギルドへと来ていた。
魔石を売るためという理由もあるがイルミアの様子を確認しようという目的のほうが大きい。
だから、ギルドの扉を開けて目に入ってきた状況にアカムは一瞬固まり、すぐに不機嫌そうな顔になる。
「なあ、いいだろ? 誰が亭主か知らねえけどさ、どうせ大したことない奴だろ? そんな男ほっとけよ。俺はこれから異界迷宮をどんどん攻略していく期待の逸材ってやつだぜ?」
そんな軽い口調でイルミアへ話しかけているせいぜい二十になったばかりに見える耳が長く尖っている森精種の男がいた。肌が褐色であることから近距離攻撃主体のダークエルフらしい。
どうやらまだ絡まれてから少ししか経っていないのかイルミアはただただ無視を決め込んでいるが、キレるのも時間の問題で後少しもすれば彼女の二つ名を、その身をもって男は知ることになるだろう。
だが、男がそれを知ることは無くその代わり「潔癖」の二つ名を味わうことになった。
「よう、面白いこと話してるじゃねえか」
「ああ? んだよテメッ――がはっ!?」
「あら、アカム。今日はまたかなり早いのね」
「ああ、まあな。っと話は後だな。ゴミ捨ててくる」
ダークエルフの男の後ろから声をかけ、かなりきつめに頭を掴んだ。もちろん右手である。
指が頭に食い込み、ともすればそのまま突き破りそうだがさすがに加減しているのかそんなことは無いようだ。
フルスペックを引き出すなら擬態を解く必要があるが擬態された状態であってもその腕は常人以上の力を秘めているのでアカムが本気になればギルドに赤い花が咲くことだろう。
頭を掴まれた痛みからか男は目を見開き大口を開けてぴくぴくと震えているようだが、それに動じることなくイルミアはアカムを見て、たちまち嬉しそうに表情を変えいつもよりもずっと早い迷宮からの帰還に疑問をもつ。
イルミアの声に軽く返事をしながらアカムは右手に持つモノを処理するために一旦ギルドの奥にある訓練場へ続く扉へと向かう。
「ああ、悪いが扉開けてくれるか?」
「へ、へい」
そして近くにいた冒険者に扉を開けてもらい訓練場へと出ると死なない程度に抑えつつけれども相当な勢いで男の顔面を地面へと叩きつけた。
「ぐあ!?」
「おら、大したことねえ男にいいようにされて悔しくないのか?」
たたきつけてすぐに引っ張り上げて顔をあげ、睨みながらアカムは男に話しかける。
そして返答する暇も与えぬままに再度たたきつける。
「やめ――がっ!?」
「あん? 俺の女にきたねえ面向けるばかりかきたねえ声も聞かせやがって」
再び顔をあげれば鼻から血を流し、涙を流した悲惨な顔になっていたがそれを見て不快そうに眉を顰めたアカムは再び顔を叩きつける。
「が――――……」
「この程度で気絶しといて期待の逸材? 笑わせる」
『マスターがお怒りです。起きなさい、クズが』
再度受けた一撃で気絶した男に吐き捨てるように言葉を投げつけるアカムだがその声はもちろん届いていない。
そんなマスターの怒りの言葉を聞かないなど言語道断と、こちらも怒りの響きを込めた小さい声でアイシスがそういえば、ぎりぎり問題がないレベルでの電気ショックを執行した。
「あががががが――!?」
「おお、なるほどな。目は一応覚めたな? よく聞け。今回はこれで許してやる。だが次はない。いいな?」
「あ、あ、い」
しばらく変な声をあげ痙攣していた男だが、どうやら目は覚ましたらしいと確認したアカムは腹に響くような低い声で、警告を飛ばす。
うまく声を出せないのか男は意味の分からぬ返事をするが、震え、涙を流しながら何度も頭を上下に振っているのでどうやら理解できたらしいと男の頭を離した。
そうして一応の許しを得た安堵からか男はそのまま地面に倒れ気を失うのだった。
アカムは男の襟元を掴み、訓練所に常設されている治療所へと引っ張り適当に放り込んでおいた。
当然のように男はボロボロの凄惨な姿であるのに対しアカムは返り血一つない小奇麗なままである。
「これ、頼むわ」
「あいよ。ったくどうせイルミア関係だろうけど、こっちの迷惑も考えて欲しいね」
「そういうなよ、クル婆」
その治療所にいた少し皺の深い白髪の女性が小言を零すが、それに対し少し申し訳なさそうにしながらも大して反省した様子をみせないアカムが返事をする。
彼女は森精種の女性で今しがた治療所に放り込まれた男と同じ種族である。ただし、男が褐色肌のダークエルフであるのに対し、こちらは透き通るような白い肌をしている。一般に白い肌をしているものをエルフ、褐色肌の者をダークエルフと呼び、エルフは遠距離から魔法と弓で、ダークエルフは近距離攻撃が主体で魔法も身体強化ばかりを使うので便宜上そう分けられているのだ。
そんな彼女のフルネームはクロル・エンヴィールという。
年はギルドマスターであるエルマンドよりもはるかに上の834歳で長命種であるエルフであってもかなりの歳である。
それでも皺が少し深い程度の老化具合であることはさすがであった。
そんな彼女は、優れた回復魔術師として治療所に常駐しているために、治療を受けたことのある冒険者からは親しみを込めてクル婆と呼ばれている。
ちなみに、ここ訓練場は冒険者であればだれでも利用ができ、場合によれば先輩冒険者からの指導を受けられることもあるためそれなりに利用者がいる。
にもかかわらずアカムがここを利用せず迷宮で義手の訓練をしたのは機械の義手というのがあまりにも目立つからだった。
加えてアカムは心から実戦に勝る訓練は無いと思っているためにもともと訓練所の利用率は低いというのもあった。
訓練所からギルドへと戻り今度こそイルミアのもとまで歩いていくととりあえず魔石を売却する。
「はいっと、今日は浅めの階層にいってたのね」
「まあな。最初は慎重にやらねえといかんからな」
「それで剣を失くしてるんじゃ世話無いわね」
鑑定結果からアカムが浅い階層へ潜っていたことにイルミアが気づき、アカムも軽く説明を入れる。
だが、アカムの剣が無くなっていることを目ざとく気づいたイルミアがそのことを指摘すると痛いところを付かれたと苦笑してしまう。
「まあ、敵にやられたわけじゃなくて力が強すぎたんだ」
「なるほどね……どうやら大丈夫そうね」
アカムが右腕を触りながらそういえば、剣が壊れた理由をイルミアも察したらしく頷くとともに、義手――アイシスの力が十分に役立ってくれるようだと安心していた。
「さて、もう行くわ。あんまり邪魔するのもあれだしな」
「そうね。今日はまだ勤務時間も残っているし、またね」
イルミアが少し安心した様子に気づいたアカムもまた一安心して、今日はもうギルドから出ることにする。
イルミアもその言葉に残念そうにしながらも同じように別れの挨拶を交わした。
ギルドを出たアカムはそのまま適当に選んだ武器屋へと来ていた。
適当に選んだとはいっても店頭に出ていた武器をいくつか見て質が良いことを確かめてであるが。
「ふーむ。盾はやっぱり中型のものでいいか? いや、もっと小型でも……いっそ短剣とかもありか?」
武器屋にきたアカムはいくつか盾が飾られているところを見て悩んでいる。
両手で武器を扱えば機械因子の力に左腕が耐えられないために左手だけで扱える何かが必要だった。
幸いにも攻撃力は右腕だけで十分と言い切れるほどのものがあることは分かっているので、やはり防御を固める方向でいくべきかとは考えているのだが、そのために扱うものは何がいいのかで悩んでいた。
とにかく重厚ででかい盾というのはアカムの気に入るところではないので一般的な中型のものか、もっと受け流しに特化した小盾にするか、はたまた防御にも使えるばかりか小回りの利く攻撃手段にもなる短剣辺りの三択になるのだろうが、どれも扱ったことがない。
「これは……?」
そうして色々見て回っているとふと目に留まるものがあった。
それは篭手のようなもので、指の先から肩までを覆うように外側を金属で覆われていて、手の甲に当たる部分からは三本の刃が伸びてまるで爪のようになっている。
見た目には強そうにも見えるが取り回しが面倒そうで、転がった拍子に自らを切ってしまいそうなものだ。
「まあ、武器っちゃ武器だけど、どちらかと言えば防具じゃないか? というかこれ、刃が引っかかったら厄介だしそうでなくとも折れそうだな」
一人そう呟くと何も見なかったように他のものを見て、結局、これといって特徴のない短剣を選んだ。
強いて言えば、通常よりも刃幅が広く、刃渡りも少し長めであることぐらいのものだ。
支払いのためにアカムがカウンターへと向かうとカウンターの後ろの壁に飾られている武器が目につく。
「これとそこに飾られてる奴も売ってくれないか?」
それをみたアカムはほとんど反射的にそれを買いたいと口に出していた。